50センチのキズナ

早食い デトックス

50センチのキズナ〜走れブラインドランナー〜古賀コン10


「これが命づなだ」


真っ黄色の50センチの輪っが一つ。


伴走時、障害を持つランナーと伴走者を繋ぐものは"きずな"と呼ばれる一本のロープだ。右足の半月板を壊して、陸上選手をあきらめた僕の第二の人生。


「ひざに爆弾をかかえたマコトと、目の見えねぇ俺。どっちが障害者かわからねーな」

ーーーー目が見えなくても、見えるもんだってあるんだぜ。


「うん。かっちゃんは口が悪いけれど、僕はかっちゃんを信じてる」

ーーーー僕を知らない世界に連れてって。


12月の代々木公園の金色の鮮やかな落ち葉をガサガサと踏みながら、小柄な僕は長身の幼馴染と二人で『きずな』をもって肩を並べながら歩いていた。

前方にも女性伴走者とランナーが歩いている。


「かっちゃん。伴走を僕にもできるかも」


目に染みそうな蛍光オレンジのタンクトップには『伴走』と黒い文字で書かれた伴走専用のビブスを着用。


「まこと。てめぇみたいなヘタレに伴走なんてできねーよ!いまやってるのは伴歩だ!」


俺である高木まことは、幼馴染の鎌田カツヤと、代々木ブラインドランナーズの講習会に来ていた。


「かっちゃん。伴走者に対して口が悪すぎるわよ。命を預けてるんだから」


サークル代表のピンク色のウェアの優子さんが、呆れ顔で注意をする。このブラインドマラソンのサークルでは代々木公園で毎月数回、視覚障害者に、健常者が伴走をするイベントが行われているのだ。


「優子さん。軽口ぐらい良くない?俺は走ることなら、健常者より得意よ。まぁ、見てなって。まこと、できるか?」


「うん。かっちゃん。走れるよ」


ぐっと、犬を引っ張るリードみたいに黄色いキズナが引き絞られる。僕はすっと目線をかっちゃんの口と首に注目。呼吸をするリズムを即座に合わせる。


「まこと。俺がリードしてやる。ゆっくりと右足から走るぞ」


かっちゃんは全盲で見えていない。けれど、僕たちは生まれてから二十一歳まで、ずっとお隣り同士だ。


「かっちゃん。お手柔らかにね」

「まこと、当たり前だ。童貞は童貞らしくしてろ」


前方を走る優子さんから注意が飛ぶ。

「こら、モラルは守った会話をしてください!」


俺がフッと笑うと、かっちゃんは敏感な耳で即座に俺の歩幅に自分の歩幅を合わせてしまう。

息遣いだけで感覚を合わせる彼は天才てきだ。


「どうだ、歩幅に合ってるか?」

「うん。ばっちり」


サクサクと、僕たち二人は銀杏の落ち葉の絨毯を疾走する。


「下ネタはかっちゃん、らしいなぁ」

「こんなの下ネタに入んねーよ。飛ばせるか?」

「うん。スピードだせるよ」


僕の右足は怪我が完治しても未だに痛む。それでもかっちゃんといると不思議と痛むことはない。


「走るの気持ちいい!」

「そうだろ!目指せ、パラリンピック!」


カッちゃんの明るい声が、冬の乾燥した風にのる。1ヶ月前。僕は走るのを諦められなかった。僕がひきこもる部屋に、白杖をもって現れたのはかっちゃんだった。


「俺がお前をリードしてやるよ、新しい世界を見に行かね?」


それが、かっちゃんが僕をブラインドマラソンに誘った決めゼリフだ。

「見えない、世界をみせてやるよ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

50センチのキズナ 早食い デトックス @hayagui8376

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ