無限未来

日高 章

無限未来

【テーマ:ぼくにもできそう】


【タイトル:無限未来】



 ショーはパソコンの前に向き合い、タイトルを打ち込み続ける。〈Mugennmirai〉〈無限未来〉。お茶も珈琲も炭酸水も用意し忘れ、朝の寝起きの状態でパソコンに向かい合うことを、今決めたのだ。理由は見えない。だけど、今のぼくならできそうだ、そう思った。


    ■


 🚬換気扇前という名の喫煙所で電子タバコの煙をくゆらせると、その隙間にゆらゆらと過去が映し出された。


 幼いころ、ショーは宇宙に行きたかった。車の整備士になりたかった。漫画家になりたかった。でもそのどれもやり方や道順を示した地図の情報がない閉ざされた世界にいたので、結果としてその夢はどこかに置き去りになっていった。専門学校、という単語すら知らなかった。そんな夢のような場所があるのであれば、進路は変わっていたかもしれない。

「将来の夢はなんですか?」

 たぶん、そういう時代だった。夢を持つことが正しい、夢を追っていればいつか叶う。そういう教え方をする時代だった。でも今になって思うのはそれもまた誰かの一つの答えだったのかもしれない。なにかを続けることのほうが、今ではよほど難しい。そう思う。


 🚬タバコの煙を換気扇に向けたところ、電源を入れていないことに気がついた。だからショーは弱のボタンを押して、換気扇を点ける。煙の隙間は、さらに映像を見せた。


 昔、夢をよく見た。砂漠の中のど真ん中、岩と岩の間に顔を挟まれて、干からびるまで夢が醒めない。ときにはリセットされ、また砂漠の中の炎天下、汗をかく間も、あがくことすら忘れて、ただひたすらに岩と岩の間の奥に続くざらついた景色を眺め続けている。身動き一つとれず、向こう側のカゲロウがオアシスを見せてはどこか知らない国の映像をユーチューブで見るみたいに眺めた。


 🚬そろそろ、電子タバコの能動的〈約〉三分間が終わる。パソコンに向き合わなければ。


 好きなものは洋服。仕事も洋服販売のアパレル店員だ。その日一日の生き方を決める、身に着けるもの。生活の一部になるもの。それから好きなものはダンスと物語。自己表現。運動に対する極度のコンプレックスの裏返し。コミュニケーションの一つ。


 💻端的に自分の原動力を探っていたものの、お茶を持ってくるのを忘れた。しかし取りに戻るのは、やめた。


 はじまりは、たぶん、そう、コンプレックスだ。ショーがまだ小学校三年生のころ作成した絵本がはじまりで、意図していない部分が褒められたりした。しかし母だけは、担任の先生だけは違った。中学校にはいったショーはある種のイジメに遭っていたが、感覚的に理解していなかったために純粋になぜみんな遠ざかってゆくのだろうと思った。真面目に国語の授業を受けては、一人だけ特別扱いをされた。国語の成績だけはよくなっていったものだから、物語を描いてみたところ、大きく心を揺さぶるではないか! これだ、はじめてこっそり見たアニメもワンピースのバギーがバラバラになる〈バラバラフェスティバル〉だった。こんなに絵が動いて、話が進んで、釘付けになることなんてあるのか! それからアニメ、ドラマをこっそり観てはその人物たちの視点になった。ある日は広告代理店のコピーライターを真似して、仕事なんてものは知らないのに仕事について考えた。

 高校生になったときにはアルバイトを始めてみて、仕事というものとお金というものを手にした。初めて自由になれた気がした、し、実際本当に自由になった。ガラケーを契約、自分で支払い、一人で旅行に行った。そのころには母もある団体に対する執着を手放していたから、本当に自由になったのだ。


💻少し、お茶を取りに行こうと思う。少し待っていてほしい。


(閑話休題:音楽が流れ続けている)


 二十歳になったことには沖縄に移住していた。ずっと運動部に所属しなかったために、運動に対する極度な抵抗と憧れが入り乱れていた。だから、変わりたいなら今しかない。そう決心してダンススクールに通った。でもお金はなかったから、ファッションには気をつかっていたつもりでもなかなかに難しかった。

 しかしふとしたキッカケと縁から、地ビールのCMに出演することとなった。ダンスなんてそう簡単に上手くなれないし、努力は平気で人を裏切る。チャンスだった。四苦八苦しながらも振り付けを覚え、撮影当日を迎える。ニ十回は同じ振り付けを砂浜で踊ったと思う。靴に砂が入る。足をとられる。練習通りにはいかない。後で知ったのだが、合成のために複数個所で同じ振り付けを踊っていたのだ。

 撮影は素直に楽しかった。ギャラも出るしロケ弁も美味しい。

 それからフェイスブックで友人たちから「テレビで見たよ! 出てたよね!」とメッセージが届いて、はじめて一歩を踏み出したことがよかったと思えたりした。


 それから活動をダンスに切り替えた。しかし、忘れられないものがあった。物語だ。

 物語にいつも心動かされ、助けられ、生かされてきた。

 だから、今度は自分が誰かの心を動かして、誰かの想い出に寄り添えるなら、なんて素敵なのだろうと思う。

 でも今更はじめたところで、遅いのかもしれない。

 そういう言い訳が、頭の中でぐるぐると何日も巡る。ループする。

 しかし、



 夢の中で彼が、小さな頃の自分が言ったのだ。



 ぼくにもできそう。ぼくにだって、できる。できないことなんて、ないはずだ。




 だからなんと言われようとも。




 あの日のぼく自身に胸をはるため、ショーは今、筆を執っている。

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