名もなき男の影殺し
A子舐め舐め夢芝居
名もなき男の影殺し
誰だって幸せになるためにできることをやるもんだ。俺も不器用なりにやれることをやってきた。それをお前らにも教えてやる。
俺は昔から何もうまくできなくておふくろの頭を抱えさせていた。勉強はできないし運動もできねえ。道を覚えるのも苦手でおつかいもまともにできなかった。そういう能力の低さを補うような愛嬌もない。それどころか物心ついたときから顔はあばただらけで同い年のガキどもにからかわれていた。親父はすぐにうっかりで物を壊しちまう息子への愛情を早々に失くしちまって、なんでこんなのが生まれてきたんだってこぼしていた。そんなの俺が聞きたかった。
中学のとき俺は軽音楽部にはいってドラムを始めた。本当はギターをやりたかったが、俺は指先がとにかく不器用なんでドラムを選んだ。そんな妥協から始めたがそれなりに楽しんでいたんだ。バンドの奴らは俺の要領の悪さをよく笑ってきたが、それは小さいころ俺の顔を馬鹿にしていじめてきた奴らとは違った。ちゃんと仲間扱いしたうえでのいじりだった。
だが三年生になったとき状況は変わった。俺の弟が同じ部活に入ってきやがったんだ。弟の優太はツラも性格もよくて、なんでも上手いことこなしちまう奴だった。俺とは何もかも違った。そんな弟が同じ部活に入ってきて俺と同じドラムを始めたんだ。兄さんと同じドラムがいいってな。出来のいい兄弟を持つ奴ならこれがどんなに最悪か分かるだろ?俺が一年かけてものにした曲も奴は三か月で叩けるようになっちまう。俺たちのバンドがまばらにしか埋まっていない観客席の前で最後の卒業ライブをやった翌週、弟のバンドは地方のコンテストでグランプリを獲った。俺は部活引退後、ドラムをすっぱりやめることにした。
中学卒業後、俺は近所の名前さえ書けりゃ誰でも入れる高校に通って小説を書くようになった。優太は市内の進学校に入学して受験勉強に打ち込んでいた。どういうわけか優太は高校で軽音楽部と文芸部を兼部した。俺は書いた小説を優太以外には見せなかった。自分でも分かるくらいひどい出来だった。優太にだって見せたくはなかったが、あいつは俺が小説を書いているって知るとしつこく見せろとせがんできたから仕方なく読ませていた。それも長くは続かなかった。優太が高校二年生のとき小さな文芸賞を受賞して俺は何も書けなくなっちまった。
俺は映画ライターになってなんとか自分の食い扶持を稼げる程度にはなった。これだけは俺の人生で唯一良かったことだ。好きなことを仕事にできるなんて。優太は芸能事務所にスカウトされて俳優になった。俺はライター業で知り合った香澄と同棲を始めた。専門こそ違えど香澄も映画好きでよく二人でビデオと酒を買い込んで朝までサメ映画を観たりした。たまに俺たちの家に優太を招いて三人で食事することもあった。それがよくなかった。ある日、優太が真剣な顔して呼び出してきたかと思ったら香澄に交際を申し込まれたと言ってきた。兄さんを傷つけるような女なんて大嫌いだと追い返してやったよ。そう言ってあいつは苦々しく笑った。俺の気持ちなんてちっとも分かっちゃいねえ。ただ自分の正しさに酔いしれているだけの笑み。俺は捨てられる前に香澄を捨てた。そして事故に見せかけて優太を階段から突き落とした。奴は自分の足では歩けなくなり、俳優の仕事も続けられなくなった。いい気味だった。それなのに奴は今度は映画ライターを始めると言い出した。これを奪われるのだけは耐えられなかった。
「なんなんだ!なんで俺の邪魔をする!?」
「邪魔なんてしていないよ…」
「してるだろ!いつもいつも俺の真似ばっかりしやがって!」
「兄さんが嫌な思いをしているのならごめん」
「なんで映画ライターなんだ。他に仕事なんていくらでもあるだろうが!」
「だってぼくにもできそうだから」
こんなことを言う奴を生かしておいちゃいけない。俺はそう決めた。だってそうだろ。奴は兄貴であるこの俺を、俺の生き方を馬鹿にした。舐めやがって。
俺は珍しく上手くやった。誰も他殺だなんて疑わなかった。おふくろ以外は。おふくろがどうやって証拠を手に入れて俺を通報したのか今でも分からずじまいだ。
俺は幸せになるためにできることをやった。今だって誰かとつながるためにこれを書いている。そうでもしないと俺は世界でたった一人だ。会いに来てくれそうな奴は俺が殺しちまったから。
名もなき男の影殺し A子舐め舐め夢芝居 @Eco_namename_yumeshibai
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