付き合わない同盟

渡貫とゐち

第1話


「人前でイチャイチャするなんて、あー恥ずかしい……あれが人類の癌だと思うのよ」


「ほんとにね」


 ファストフード店にて。

 贅沢に四人席を使い、呟くふたりが向き合いながら。


 ――男女のカップル……否、男女の友達一組が、ずずずとジュースを飲んでいた。


 女子の方がストローをがじがじと噛んでいる。

 ……癖なのだろうか……なんにせよ行儀が悪い。

 もしも彼女が、カップル的な意味での『彼女』だったら、この行動にガッカリしていたかもしれない……。


 しかし友人関係なので、「次に会うことはもうないだろう」と切り捨てることができる。

 これが友人関係の良いところだ。


「イチャイチャするなら結婚すればいいのに。ねー、及川おいかわくん」


「そうだね、宮前みやまえさん」


 ――ふたりは入学式の後、彼(彼女)から同じ(陰キャの)匂いがするなあ、と吸い寄せられ、おそるおそる交わした軽い雑談から意気投合し、今に至っていた。


 つまり、ついさっき出会ったばかりの初対面だったのだが……、気づけばこうして一緒に食事をするほどに仲良くなっている。


 と言ったが……本人たちは否定するだろう。

「意見が合っただけで仲良しではない」と訂正するはずだ。……が、同じことを同じタイミングで言いそうなので、やっぱり仲良しじゃないかと周りは思うわけだ。


 付き合っちゃえば?

 と、周りは盛り上げようとするだろうけど……ふたりにとっては一番嫌いな言葉だった。


 付き合えば? ならまだ分かる。

 ちゃえば、ってなんだよ。


「――友達か、結婚か、だと思うんだよね……。付き合うって、意味ある? 無駄じゃない?」


「うん。付き合うって、結婚の劣化版だと思うんだよ……、友達の上位互換ではないところがポイントだね」


「うんうんっ、よく分かってるねー、及川くん」

「褒めてもなにも出ないよ」


「出してー」


 甘えた声を出されたら、なにも出さないわけにもいかなかった。

 及川は自分の分を買うついでに、彼女の分も買ってくることにする……カップアイスだ。


 少ないお小遣いでやりくりしているので、かなり痛い出費ではあるが……まあ、彼女のためならば、と思えば財布の紐が緩んでくる。


 ふたつのカップアイスを持って席へ戻る。

 彼女に渡すと、彼女も同じタイミングで紙ナプキンを取ってきてくれていたようだ。


「それじゃあ釣り合わないけどね」

「うっさい。素直にお礼を言いなさいよ。……アイス、ありがとー」

「どういたしまして。ナプキンも、ありがと」


 シンプルなバニラアイスだった。

 手のひらサイズのそれを食べながら、


「カップルは嫌い。付き合えば? なんて言ってくる陽キャも嫌い」

「同意」


「付き合ったからなんなのよ。カップルになれば相手の嫌な部分が見えてくるし、相手に好かれようとして苦しくなるし、嫌われたくないからひとつひとつの行動を気にして不安になるし、良いことなんてひとつもないじゃん!」


 と言えば、知り合いからは『イチャイチャできるじゃん』と言われたことがある。


 もちろん、それもメリットだろうけど……宮前は反論する。



『それ、友達のままでもできるじゃん』

『できないでしょ』

『できるよ。友達なんでしょ?』


『相手が女の子と男の子じゃ、やっぱり違うわよ?』


『男女は関係ないのっ、相手が男子だろうとイチャイチャすればいい! 付き合ってからするイチャイチャよりは気が楽だし!!』


 だって嫌われるかもしれない、とか考えない。

 だから気が済むまでできる。

 ……向こうが嫌がればそこで終わる話だし、友達だから肩に力も入らず、気負わずイチャイチャできる。……ほら、カップルでなくともできるじゃん??


「だね。よーく分かるよ、宮前さん。付き合ってからすることって、別に友達同士でもできるんだよね。なぜかみんな、付き合う前はできないと思っているらしいけど」


「っ、んふふー、だよねーっ」


 なら間接キスはできるのか? と聞かれたら?

 友達同士だからできるだろう。


 なら、キスは? それはできない――とふたりは口を揃えるだろう。


 付き合う前だからできないのではなく――友達同士でも別にできるだろう。だからこれは、単純な好みの問題だ。

 普通に考えて、友達であっても口と口を触れさせ合うのって、その……、相手が誰であろうと、汚いよねえ?


「まあ、正直結婚したとしても躊躇するけど……」


「それはそう。関係性が変わったところで汚いものが綺麗になるわけじゃないもん」


 汚いものを『汚い』とは認識しなくなった時、初めてその先へ行けるのかもしれない。

 ふたりにとっては、かなり遠い話になるだろうけど……。




 及川くんと宮前さんの友人関係は、それから三年続いた――あと一ヵ月もすれば卒業式だった。気温は零度に近く、体を震わせながら登校日となった――でも、熱い。


 体が、冬だということを忘れさせるように、熱かった。


「で。みやまえ。あいつに告白しないの?」

「…………しない」


「なんだっけ……? 『付き合わない同盟』を結んでいるから? だよな? 前にそう言ってたじゃん」


「そうよ……そうなのよ……」


「なんだよ……めっちゃ後悔してるじゃん。その、同盟? を解除して、告白すれば、及川のやつだって受け入れてくれるでしょ。だって三年間、あんたらずっと仲良かったじゃん。修学旅行中にふたりで抜け出すって相談された時は、やっとくっついたかと思ったのに……。結局、進展ないままか。いつまで友達でいるつもり?」


「そんなの一生でしょ」

「結婚しなさいよ」

「したいんだけどもーっ!!」


 と、宮前からの好意の矢印は分かりやすかった。

 しかし、入学式の後、ファストフード店で結んだ『付き合わない同盟』――これが邪魔をしている。


 付き合わないことで意気投合し、今後も付き合わないことを約束し、親密になったのだ。

 三年間、付き合うことはない、という安心の元、ふたりは仲良く過ごすことができた。


 喧嘩もなかったし、意見がぶつかり合っても「そういう考え方もあるよね」と流すことができた……。付き合わない同盟『ありき』の関係性だった。


 でも、いつからか……本気の恋をしていた。

 たぶんこれが恋なのだ……。


 だって学校でずっと話して、家へ帰ればリモート通話。まるで一緒に住んでいるみたいに四六時中一緒だった。こんなの惚れるに決まってるじゃん!


 ロマンチックな一幕はなかった。

 ピンチがなければドラマもなく、積み重ねた、繰り返されるような楽しい毎日があったからこそ、これを失いたくないと思ってしまった……。


 ずっと友達なら、これまでがまた繰り返されるだろうから……このままいけば今の関係が切れることはない、けど……けど!


 求めてしまったのだ。


 宮前が――及川を。

 もっと、もっと、深い関係になりたいと。


 それこそ、付き合うをすっ飛ばして結婚したいと思うようになった。

 でも……、付き合わない同盟を解除してプロポーズをすれば……失望されるのでは?

 嫌われるかもしれない……?


 関係が終わる日。

 そんな末路が、頭をよぎった。


 付き合わない。だって友達で全部できるでしょ、と言い続けてきた三年間だった。

 お互い、絶対に好きにならないし、付き合うことも結婚することもないよねー、と頷き合ってきたのだ。

 それを否定するようにプロポーズするのは、裏切りと同じだろう……。

 それを、彼は許してくれるだろうか。


「こ、こわいよぉ……」


「結局、あんたがこき下ろしたその他大勢の恋愛馬鹿と同じ道を辿ってるけど……。あーもう、鬱陶しいからしがみつかないで。いいから告白してこいっ、あんたなら、屍になっても及川を追いかけることくらい分かってるんだから。あんなに相性が良い男、今後出会うわけないでしょ」


 運命の人だろう。


 お互いに――。

 つくづく思う。似た者同士で、相性抜群のふたりだと。





 馬鹿な友人ふたりを持つ女子生徒……黒川くろかわは溜息を吐きながら。


「なんでまったく同じ相談をわたしにするかね……。全部のピースがわたしの中でハマって絵になっちゃったじゃんかよぉ!!」


 一足先に見てしまった友人のウェディングドレス姿に――ひとりできゃーと興奮する。


 まったく、さっさとくっつけ、こじらせカップル。


「あの、ね……黒川さま……。及川くんに告白するから、あの、一緒に……」


「は? 行かないからね?」

「ちょっ、黒川さまーっ!?」


「そこまで面倒見れるかい。わたしはあんたらのロマンチックなシーンにまでは付き合わない。絶対に『付き合わない同盟』を結ぶからね!」





 ・・・おわり

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