数百年の恋は三か月で幕を閉じる

モンブラン博士

第1話 報われない両想い

李は真っ赤な激辛麻婆豆腐と炒飯を完食してから、大きなため息を吐きだした。

大好物を食べても心は晴れない。大好きなカイザーと別れた心の傷は深い。

何百年も片想いを続けたのに、たった三か月で別れを切り出すことになるとは。

告白し想いが実った瞬間は人生でこれ以上の幸せはないと思ったほどだった。

手を繋いで歩き、映画を観たり美味しいものを食べたりとデートを満喫する。

最愛の人を自分だけがひとり占めしている優越感がたまらなかった。

李とカイザーのカップル誕生にはスター流格闘術の皆が祝福してくれた。

なのに李は皆の期待を裏切ってしまった。

カイザーは何も悪くない。問題は李自身にあった。

デートを重ねる間にカイザーは優しさで付き合っているだけではないかという疑念が生まれてしまったのだ。一度生まれた疑念を振り払うことはできず、本人に訊ねたところ疑惑は真実に変わる。


「君の気持ちにこたえたかった。君を疑わせてしまってすまない」


深々と頭を下げるカイザーに李は唇を噛み締めた。

大好きな人に頭を下げさせている自分の無力さが辛かった。

カイザーは自分の想いを可能な限り応えようと全力を尽くしてくれたのに。

義理でも同情でも、デートをしてくれた事実は変わりがないのに。

李はずっとカイザーと一緒に悪と戦ってきた。

頼りになる師はいつしか憧れになり、やがて恋心へと変化を遂げたと思っていた。

けれど憧れは憧れのままで、本当の意味で彼の気持ちに寄り添えていなかったのではないか。

自分の想いを一方的に押し付けて恋愛をしたつもりになっていたのではないか。

カイザーと別れ、李はひとり自宅で思案に暮れた。

どれほど考えても後悔が噴き出してくる。

枕に顔を埋めて泣き続けた。

どれぐらい経過しただろう。

ふと、鏡を見る。

映し出された李の顔は目の下が腫れ、三つ編みは解けてグシャグシャになっている。


「酷いな……」


乾いた笑いが李の口から漏れた。


「こんな顔じゃ、みんなに会うこともできないや」


顔を洗ってエプロンを着て、すこしでも元気を出そうと好物を作って食べてみたが、そう簡単に気分は晴れない。

気分を回復させるには、問題の本質に向き合うべきだと考えた李はカイザーに会うことにした。



平日の昼過ぎ。時間帯もあって公園の人気は少ない。一基のベンチに腰かけてカイザーを待っていると、彼はいつもと変わらぬ白いコックコート姿で現れた。

後ろに束ねた金髪が風でなびき、キラキラと輝いている。

カイザー=ブレッドは李の隣に腰かけた。屈強な巨体。名前に違わぬ威厳溢れる姿が、今日はどこか小さく見える。

李は唾を飲み込んでから言葉を紡いだ。


「カイザーさん。ごめんなさい」

「なぜ君が謝る?」

「僕があなたの気持ちを踏みにじってしまったからです。あなたは僕に寄り添おうとしてくれたのに、僕は自分のことばかり考えてしまって。ごめんなさい」

「いや、私が悪いのだ。君がこれほど愛してくれているというのに、私は君の気持ちに応えることができない」

「あなたは何も悪くありません」

「李、君は本当にいい子だ。私には勿体ないと思えるほどに」

「ありがとうございます」

「恋に応えることができぬ私より、君には他の男を愛してほしいのだ」

「そうします」


決意の声は自分で思ったよりもかすれていた。

憧れ続けた人の約束。願い。

これだけは守らなければならない。


「今日はありがとうございました」

「こちらこそ、ありがとう」


誠実で深みのあるカイザーの声が大好きだ。

李はベンチから立ち上がってカイザーの顔を見る。

視線が合う。


「カイザーさん。恋人でなくなっても、僕たちは仲間です。あなたの危機には必ず助けに行きます」

「私も同じ気持ちだ」

「これからも一緒に、スター流格闘術の仲間として、地球の平和を守りましょう」

「当然だ」


李とカイザーは突き出した拳を軽く合わせた。

ふたりの瞳には涙が光っていた。

李は振り返ることなく歩き出した。新しい恋に出会えることを信じて。


おしまい。

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