幕間 アリステラの記憶

 小さい頃、

 私はよく、屋敷の奥にある図書館の前で立ち止まっていた。


 暗くて、静かで、少し怖い場所。

 でも――そこには、お兄様がいた。


 扉を押すと、紙と埃の匂いがする。

 高い書棚の隙間、窓際の席。

 お兄様はいつもそこにいて、魔導書も持たずに本を読んでいた。


 声をかけると、必ず一度、こちらを見る。

 ちゃんと、私を見る。

 それが、嬉しかった。


「今日は何を読んでるの?」

「愚かな戦の記録だ」


 それだけで、不思議と安心した。

 この人は、世界を冷静に見ている。

 強さや立場ではない、別の基準で。


 私は魔法が得意で、褒められて、

 でも何かに迷うと、必ずお兄様に聞いた。


 答えはいつも正しく、無駄がなく、失敗しない。

 私は従えばよかった。

 考えなくてよかった。


 その代わり、

 胸を張って、強がって、

「できる令嬢」を演じるようになった。


 ――お兄様が、そうしていたから。


 ある日、ふと思った。

 私は一度も、

「お兄様は、どうしたいの?」

 と、聞いたことがない。


 でもその時は、

 それが問題だとも思わなかった。


 この人は、

 迷わない人だと信じていたから。

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攻略本を拾った悪役令嬢の兄は、智謀で妹の破滅ルートを潰す 雪沢 凛 @Yukisawa

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