彼女が好きなのは

きゅうりプリン(友松ヨル)

ひなた

鈴木柚莉。

クラスの中心ってタイプじゃないけど、笑うとえくぼが出て、それが反則級に可愛い。


最近、駅前のファミレスでバイトを始めたらしい。

それを聞いた瞬間、胸の奥がじわっと熱くなった。制服姿なんて想像するだけでダメだ。絶対かわいいに決まってる。


だけど、俺がわざわざ店に行ったなんてバレたら、“ストーカーっぽい”なんて思われるかもしれない。

ただ会いたいだけなのに、そんな風に見られたら耐えられない。


その不安を友人の竜也に漏らしたら、返ってきた言葉が最悪だった。


「じゃあ女装して行けば?」

「バカ言うなよ!」

「バレなきゃいいんだろ?姉貴の服貸してやるって」


気づけば俺は竜也の部屋でメイクをされていた。なんでこいつ、こんなに手慣れてるんだ。


ばっちりとしたメイク、栗色のウィッグ、フリフリの服。鏡に映ったのは、知らない“誰か”。

「……ほんとに、これ俺?」

思ったより普通に女子で、自分で自分に引いた。


「いけるって!俺、全然アリだわ……」「キショいこと言うな!」


そのまま逃げる間もなくファミレスへ行かされた。


ドアを開けた瞬間、心臓が跳ねる。

柚莉がいる。

こっちを見たけど、特に驚く様子はない。……ほんとうにバレてない。


「こちらの席へどうぞ〜」

案内する柚莉は、制服よりバイト服のほうが似合ってて、ちょっと大人っぽい。

「お飲み物、どうされますか?」

普通に注文聞かれただけなのに、女装のせいでやたらドキッとしてしまう。馬鹿みたいだ。

声を極力出さずにメニューを指し示し、コーヒーを頼む。


——その時だった。


店の奥で怒鳴り声。

酔った男がテーブルを叩き、柚莉が慌てて向かっていく。


嫌な予感しかしなかった。

案の定、男は柚莉に絡みはじめた。

「ちょっと来いよ」

腕を掴まれた瞬間、頭の中のどこかがブチッと切れた。

気づけば、俺は立ち上がっていた。

「やめてください。その人困ってます」

声はギリ女子に聞こえる高さ。男は鼻で笑ったが、俺は言い切った。

「これ以上やるなら、警察呼びます」


手は汗で冷たいのに、不思議と足は震えてなかった。

男は舌打ちして、店から出ていく。


ほっと息を吐いた瞬間。


「……ありがとう。本当に」

柚莉が、泣きそうな目でこっちを見ていた。

普段強気な子なのに、今は少し震えている。


声を出したらバレるかも。

だから、俺はただ静かに頷いた。


コーヒーを飲んでいると、柚莉がそっと近づいてきた。

「お名前、聞いてもいいですか?」

心臓が変な音を立てた。


「……ひ、日向です」

反射的に、苗字だけを言う。嘘ではないから……と自分に言い訳する。


「ひなたさん、さっきは本当に助かりました。これサービスです」

頬が少し赤くて、目が揺れている。


差し出されたプリンを受け取った瞬間、胸の奥がぎゅっと締めつけられた。


“俺”じゃなく、女の子の“ひなた”として向けられた好意。嬉しいのに、苦しい。


帰り道、服の袖をぎゅっと握りしめた。

夕暮れの風がひゅっと吹いて、ウィッグが揺れる。

さっきの柚莉の微笑みが、頭から離れない……。

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彼女が好きなのは きゅうりプリン(友松ヨル) @petunia2525

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