STAGE:?
1
一週間が経過した。
ある人物からの呼び出しを受け、銀四郎は制服姿で――――一軒のラーメン店に足を踏み入れる。
フロアは貸し切りの状態だ。スペースをカウンター席が占めるタイプで、テーブル席は存在しない。
そこに二人の男性が並んで座り……ズルズルとラーメンをむさぼっている。
彼らは振り返らない。とりあえず座れということだろう。
帰りたくなる気持ちを抑えて、右隣に腰かけた。すると今度は厨房側から……店の黒い制服を着て、頭にバンダナを巻いた、厳格な顔つきの男性が出てきた。
じっとこちらを見ている。どうやら注文しなければならないようだ。
「……八極タンメン一つ、普通で」
彼は無愛想にうなずき、お冷のコップと水差しを置いて厨房に戻った。
さっそく注いで、のどを潤していると……左の男が話しかけてきた。
「ここの八極って激辛だろ。食えるのか?」
「好物です。そんなことより、なんであんたがいるんだ――――高崎さん」
だらしないスーツ姿に跳ね放題のくせ毛、死んだ魚の目も以前と変わらない。
彼は味噌ラーメンを淡々とすすっている。辛いものはダメらしい。
「おかしいと思わなかったか? 『紅桜』による暴走とはいえ、お前の父は最悪の凶悪犯だ。監視を緩くするはずがない。もちろん、
「泳がせていたってことか。でも、どうして?」
「もっと決定的な情報が必要だった。何か一つ……奴らが事件を起こしてくれれば、それでよかった」
「だから、発生をわざと見過ごした?」
「ああ」
「ふざけるな。あの人は『事変』を起こそうとしていた」
空気が、張り詰めてくる。
銀四郎が睨んでも、高崎は平然としたまま食事を続ける。
やはりただの刑事ではない。彼はエージェントと同じ属性の人間。
「『公安』か。ロータリーで副來が倒れた時、俺を真っ先に取り押さえた連中だ」
「あの日は近くで待機していた。お前のやり方には恐れ入ったよ。警官による事故という形で処理されちまった」
もし、拳銃や他の武器を使っていた場合……自分の未来はなかった。
といっても、完全犯罪ではない。ローファーを調べれば済む話だ。
「できなかったのは、どこかからの『圧力』か? さすがに『八咫烏』は違うだろ。病院に運ばれた副來は意識不明、いまだ生死の境をさまよっている。しきたりは適用されない」
「お前は『千理の瞳』、『八咫烏』、『公安』……すべての手を逃れたわけだ。お父さんも喜んでいるだろうよ」
「はぐらかすな、俺一人の力じゃない。答えろ、どこの圧力だ?」
「『遠山家』さ」
「え?」
そこで、ゴトンと――――目の前に激辛の八極タンメンが置かれる。
ちょうど、高崎も完食して席を立った。
「これ以上は話せない、そろそろ失礼するよ。今後の監視はきちんとしたものになる。くれぐれも、抜け出そうなどと思わないように。それと、もう一つ」
「なんだよ?」
高崎はこちらに顔を寄せ、こっそり耳打ちしてきた。
「この話は他言無用だ。実は俺たち『公安』も、八咫烏みたいなエージェントを育てる計画を進めている」
「勘弁してくれよ……」
「ところがだ。市ヶ谷の辺りも似たことを考えている。おそらく争いは激しくなるだろう。でも、お前がいてくれたら――――」
「断る」
「かわいい子も用意し――――」
「くどい」
はいはい、と彼は離れ……支払いを済ませる。
店を出ようとする背中を、銀四郎は呼び止めた。最後に聞きたいことがあったのだ。
「高崎さん、あんた自身は『公安』の正義をどう思っている?」
「俺は、組織の方針に従うだけ。個人が掲げる正義の無力さは、お前も痛感しただろ」
「たしかに俺たちは失敗したけど、後悔はしていない。副來のことを知っていながら、何もしなかった連中とは違う」
「……いずれわかるさ。大人になれば、な」
高崎は寂しげに言い残し、引き戸をガラガラと開けた。
2
銀四郎はタンメンをすすりながら、もう一人の男――――『金鵄』に話しかけた。
「あんたも、ここが好きなんだな」
「君のことは調査済みだからね。共通の好物があって、うれしいよ」
こちらもスーツ姿で、おなじみの
意地でも見せたくないのか、口元のみを解放していた。
「俺はまったく。それで、本当の用件は? 高崎さんはついでだろ」
「ようやく事後処理が終わった。報告が気になるはずだ」
「……アリスたちは?」
「大丈夫だよ。ちゃんと成果を挙げた以上、処分は免れた。今も『窓際』で頑張っているよ」
「左遷の扱いってことか」
彼女たちは疲れていた。第一線で心と体をすり減らすより、マシなのかもしれない。
金鵄はどんぶりを持ち上げ、激辛スープをゴクゴクと豪快に飲みつつ……話を続ける。
「この一週間で、君の『紅桜』も落ち着いてきたようだね」
「公安が早めに引いてくれたおかげで、すぐに治療を受けることができたんだ」
とはいえ、完全に消えたわけではない。
まだ右腕に残っている。つまり、春祭りの時と同じ状態に戻ったのだ。
しかし、戻らない者もいる。
「副來さん……」
「とんでもない女性だ。君の蹴った弾に撃たれてもなお、彼女は『死』の瀬戸際で『生』を保っている。しきたりは成立せず、君を組織に迎えることができない。残念でならないよ」
「その割には、あまりガッカリしていないように見えるぞ」
「ああ、代わりに君の恐ろしさを知ることができた」
ゴトン、とどんぶりを置いた顔の見えない男は……ニヤリと、不吉な笑みを浮かべる。
「君はカラスたちの傷ついた翼を癒し、再び飛べる力を与えた」
「俺は励ましただけだ。アリスたちは自力で立ち直った」
「他にもある。教団のマーガという男……アレの下手人は君だろう」
「――――」
「なのに、彼女たちは自分がやったと主張して譲らない。まあ証拠はないから、真実は闇の中だけどね」
空っぽになった金鵄のどんぶりを、店の男が静かに回収する。
銀四郎は機械のように食事を続けていた。
「……何が、言いたいんだ?」
「カラスを癒し、味方につけるカリスマはまさしく――――『金鵄』の素質だ」
「バカバカしい」
「おかしな話じゃない。かつて『八咫烏』が『三羽烏』と呼ばれていた頃……組織を敵に回して、生き残った者がいる」
すでに聞いた。遠山景元、金四郎との関わりだ。
「だが、それは……本当の名を手に入れるための『試練』だった」
「え?」
「彼はみごと合格した。そして『
そこで、ゴトンと――――金鵄の前に、二杯目の激辛タンメンが置かれた。
しかも八極のさらに上、マグマのように赤黒い究極である。男はフーッ、フーッ、と息を荒げながら麵をすすり……怪しい提案を持ちかけた。
「
「ごちそうさまでした」
自分のタンメンを完食して席を立ち、支払いもすばやく済ませる。
金鵄はしつこく勧誘してきた。
「八咫烏の『金鵄』に就けば、いいことずくめだよ。お気に入りのエージェントを集めた、ハーレムだって――――」
「くどい!」
付き合っていられない。背を向けて、引き戸の前に向かう。
ガラガラと開け、出ようとした時だった。
「君は『銃眼』で光を捉えるたびに、動いてしまう。どのみち、戦いから逃れることはできないよ」
「…………」
百も承知だ。無視して、その場を後にした。
3
店を出て、雑多な喧騒に包まれた繁華街を歩いていく。
今日は五月の中旬、昼下がり。長いこと入院していたせいか、陽射しが少しきつい。
気温も徐々に高くなりつつある。リハビリも兼ねて、体を慣らしておきたかった。
公安の監視はもちろん……周囲からも、じろじろと遠慮のない視線を向けられる。
副來との一部始終はネット上に拡散されていたが、誰もがパニックに陥った警官の射撃だと誤認している。
まさか弾を蹴ったなどとは夢にも思わないだろう。とはいえ、疑う者も多い。
紅桜は写っていない。公安がすぐに身柄を押さえたことで、カメラの目を免れたのだ。
現状はグレーだった。今までとそんなに変わらない。銀四郎は構わず進み続ける。
バスやタクシーが並ぶ、大きめのロータリーを通り……駅に入った。
世間の紅桜に対する偏見は、改善の一途をたどっている。送迎も必要ないと判断された。
改札を抜けて、ホームで電車を待つ。学校は明日からだ。灰色の日常に戻る時が来た。
ところが、その瞬間――――ガタンゴトンッ! と何のアナウンスもないまま、普通電車がやってくる。
「ん?」
掲示板にも載っていないソレは、このホームに止まった。
どの車両の窓ガラスもマジックミラー張りで、内部がまったく見えない。
引き戸も閉ざされていたが……銀四郎の前だけ、自動的に開く。
迷いはなかった。周りが戸惑う中――――まっすぐに踏みこんだ。
あっ、と公安の一人が声を上げる。自分が乗りこむと、引き戸は閉まり……再び走りだす。
そして、明るい笑顔で迎えてくれたのは――――真紅のツインテール少女、アリスである。
「久しぶりだな、シロウ」
「ああ、こんな形で会えるとは……って、その格好は?」
いつもと違う服装だ。清楚な白ブラウスにワインレッドのベストを着て、黒のロングスカートを履いている。
まるで、喫茶店の制服。いや、それ以前にここが……喫茶店そのものだった。
座席やつり革は除かれ、向かいのスペース半分をカウンター席と固定されたスツール、もう半分を横に伸びた畳の座敷と座卓のセットが占める。
こちら側には、二人用のテーブル席がいくつか床に取り付けてあった。窓にもカーテンがついている。
アリスが楽しげにくるくる回りながら、説明を始めた。
「戦利品の『ガンライナー』を、私たち『窓際』の部署に改装したのだ。まずは、ゆとりある雰囲気の喫茶店を作った」
「な、なるほど……」
うわの空だった。彼女の華やかな制服姿に見惚れてしまっていた。
アリスは視線に気づかず、意気揚々と語り続ける。
「もちろん、武装も怠っていない。ところで、シロウ――――『
現実的な話題で、はっと我に返った。
「え、あ、おう。電車がブレーキをかけた際に発生する電力を、走るためのエネルギーとしてチャージするんだよな?」
「そうだ。おかげで停電に陥った場合も、蓄電したエネルギーで動くことができる。だが、私たちは一味違う」
「え?」
「このガンライナーはな――――チャージした電力で、レールガンを撃つことも可能なのだ!」
「ゆとりある雰囲気は⁉」
「さて、シロウはお客様……記念すべき第一号だ。明日に備えて、英気を養っておくといい」
文句はあっさりスルーされ、カウンター席へと誘われる。
公安の方がマシだったのではないか。漠然とした不安を抱きつつ、スツールに腰かけた。
アリスが反対側に立つ。彼女の周りには食器棚やコーヒーメーカーが置いてある。
「何が飲みたい?」
「おすすめは?」
「カフェラテだ」
激辛タンメンを食べたばかりの胃にちょうどいい。
「じゃあ、それでよろしく」
よし、と彼女はエスプレッソとミルクの準備を始めた。
おなじみの香ばしい匂いに浸りながら、辺りを見回す。
「貞乃たちはいないのか?」
「別の車両で準備中だ。さっきも言ったが、シロウが最初のお客様。みんな、気合を入れているぞ」
「そいつは楽しみだな。ちょっと怖いけど」
ふと、自分が当たり障りのない会話で逃げていることに気づく。
あの件について聞かなければならない。銀四郎は覚悟を決めて切り出した。
「アリス、どうして俺を庇ったんだ?」
「お前を守りたかったのだ……私だけじゃない、みんなの総意だった」
「俺は、卑怯な人間だ。先生を救えなかったし、今も周りを欺いて生きている。こんな俺を守っても――――」
「シロウ。なぜ、この店を始めたと思う?」
「何かの任務じゃないのか?」
赤い少女はゆっくりと首を横に振る。
「私自身が、やりたかったことだ。誰かがやらなくてはならないこと、じゃない」
「……まぶしいな。俺には、やりたいことがない」
「これから探していけばいい。そして、いつか聞かせてほしい。貸し借りはこれでナシにしよう……約束だ」
アリスが小指を差し出す。銀四郎も同じように伸ばし、そっと絡ませる。
やがて、一杯のカフェラテが目の前に置かれた。
ほかほかと湯気を立てる表面に、ミルクを使った白いラテアートが施してある。
「桜、か」
「春は過ぎてしまったが、季節は巡る。紅色じゃない本物にも……また出会える」
「その時は、みんなで花見?」
「悪くない提案だ」
ふふ、と二人で笑い合う。
そろそろ、いただくことにした。アートを崩さないよう慎重に口をつける。
「……おいしい」
「ありがとう」
エスプレッソの濃厚な味わいと、ミルクのまろやかさが絶妙にマッチしていた。
ブラックはまだ飲めそうにない。受け入れがたい現実のように苦いからだ。
いつかは飲み下せる日がやってくるのか。それもまだ、わからない。
ガタンコトンッ! と車内が揺れ、ドタバタと隣の車両が騒がしくなってきた。
「あいつらかな?」
「間違いない。来るぞ、シロウ」
ガラガラと、車両をつなぐ通路の引き戸が開いた。
そこから青い和服を着た貞乃、メイド服の姫子、セーラー服の江野、とバラバラな三人が現れて……最後にブレザー制服の茂木がひょっこり出てきた。
まさしく烏合の衆。アリスと視線を交わして、一緒に――――思いっきり笑った。
銃GUN ―八咫烏VS千理の瞳VS紅き遠山桜― シナワリ @TKYAAA
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