万年Eランクのおっさん冒険者が謎のスキル『ジェ◯ソン・ステ◯サム』へ覚醒し、髪の毛と引き換えに最強となった件。
真黒三太
本編
容赦なき力で殴られた時というのは、痛みよりも衝撃よりもまず、熱を感じるもの……。
この日、万年Eランク冒険者として知られるフランクは、石畳の地面に後頭部を打ち付けながら、その事実を学ぶこととなった。
「ぐう……お……」
殴られた箇所――左頬を抑えながら、うめく。
まるで、焼きゴテを押し付けられたかのような圧倒的熱量を感じる。
だが、やがて感覚は正常なものとなり……。
左頬をやっとこで掴まれたかのような、絶大な痛みが襲いかかってきた。
同時に、口の中で液体が溢れる感覚。
あまりに強く殴りつけられたため、フランクの歯で口中の肉が切れ、おびただしく出血したのだ。
「なあなあなあなあなあ?
フランクさんよお?
オレの言ってること、難しかったかあ?
「ぐお……」
さらりとした長髪が持ち上げられ、頭皮が引っ張り上げられる。
そうすることで視界に入ってきたのは、フランクに拳を見舞った人物……。
Bランク冒険者のギュストだ。
「ちょっと、オレの荷物をあっちの国まで運んでくれりゃあ、それでいいんだ。
街道を行けばいいから、テメエみたいな雑魚でも、心配はいらねえ。
その上、報酬もキッチリ払うって言ってるんだからよお。受けねえ理由はねえよなあ?」
冒険者というよりは、山賊。
風呂という概念すら知らなそうな汚い顔で、ギュストが迫ってくる。
その息の臭さときたら、下水掃除でもした方がマシと思えた。
そして、周囲に満ちるのは静寂。
つい先ほどまで、辺境都市に存在するこの酒場じみた冒険者ギルドは、喧騒で包まれていたはずだ。
なのに、誰もが時を止めたかのように口を閉ざし、目も反らしている。
まるで、フランクに対するこの暴力を、存在しないものにしようとしているかのようであった。
いや、実際そうなのだ。
唯一、看板娘であり、受付嬢でもあるカティのみが、気の毒そうな視線を向けてくれている。
長い金髪と豊満な胸を揺らす子猫めいた愛らしさの娘……。
幼い頃から知っている彼女に、そんな顔をさせてしまう自分が、フランクは情けなかった。
だからせめて、正しいことをしているのである。
「さっきも言ったが、お断りだ。
ルールに反する」
「ああ? ルールだあ?」
フランクの言葉に、ギュストが首をかしげてみせた。
「そうだ、ルールだ。
後ろ暗いところのない依頼なら、ギルドを通せ」
「なるほど、ルールかあ」
「ああ、ルールだ」
「「はははははははははは」」
お互い、間近で視線を交わしながら笑い合う。
しかし、次の瞬間、フランクの頭は固い床へと打ちつけられたのである。
「ぐっ」
「バカにしやがって!
ハンサム顔だけが取り柄のどクズが!」
言い捨てたギュストが、ズカズカとその場を立ち去っていく。
この男が、どんな代物を運ばせようとしていたのかは、分からない。
だが、どうにか根負けさせられたようだった。
「フランクさん!」
カティが、悲痛さすら感じられる声でフランクの下へと駆け寄り、水で絞った布切れを頬に当ててくる。
それだけで、フランクには救いとなったが……。
「……馬鹿だよな」
耳に届いたのは、そんな誰かのささやき声。
「うちのギルドで、一番腕っこきのギュストに逆らうなんて」
「それも、20年冒険者やっててずっとEランクのおっさんがよ」
「大体、なんでまだ冒険者やってんだ?」
「こなせる依頼なんて、薬草採集くらいだろうによ」
ヒソヒソとした声の数々……。
それは、ギュストの拳よりも鋭くフランクを打ち据えた。
「フランクさん……」
「……大丈夫だ」
だから、カティの手を振り払って立ち上がったのだ。
「……薬草採集、今日もやってくるよ」
それだけ言い残し、ギルドを後にする。
まるで、見えない何かでがんじがらめにされているような……。
どうしようもない閉塞感だけが、存在した。
--
それが破られたのは、まさに、近場の森で薬草採集をしていた最中だったのである。
『規定の経験を積みました。
あなただけのユニークスキルを授けます』
「――っ!?
これは、冒険神の声か!?」
冒険者ならば、誰もが知っている常識。
一定の経験を積んだ冒険者は、冒険神に認められ、スキルを授かる。
そのスキルを駆使し、様々な……多くは命がけの冒険をこなしていくのだ。
だが、唯一フランクのみは、それを授かっていなかったが……。
そうだ。
遅咲きだっただけのこと。
今こそ、フランクは自分のスキルを――。
「ぐうおおおおおっ!?」
悲鳴を上げながら、うずくまる。
全身の肉が、血管が、沸騰したかのよう。
筋肉が密度と量を増して膨らみ上がり、隆起しているのだ。
だが、変化はそれだけではない。
「髪が……!」
手入れを欠かさないでいた髪が、ごっそりと抜け落ちていた。
「す、ステータスを……!」
頭の中で念じ、冒険者ならば誰もが閲覧できる自分の能力――ステータスを視界に映す。
そこに表示されていたのは、到底自分のものと思えない圧倒的な高ステータス……。
そして、たった今授かったばかりの固有スキル名であったのだが……。
「固有スキル――ジェ◯ソン・ステ◯サム。
……どうして、文字が化けているんだ?」
この長さが定番であるかのように生えてきた無精髭を、ジョリリと撫でながらつぶやく。
答える者はいない。
ただ、確信だけがあった。
ジェ◯ソン・ステ◯サムこそは、人類最強を意味する名!
フランクは今、究極のパワーを手にしたのだ!
ならば、すべきことは……。
--
「なあ、オイ?
お前なら、分かってくれるよなあ?
フランクのバカみたいに、断ったりはしねえよなあ?」
「え、ええっと……」
半ば酒場じみた辺境都市の冒険者ギルド……。
ギュストから馴れ馴れしく肩を組まれたその若者は、助けを求めるように周囲へ視線を走らせた。
彼は田舎から出てきたばかりのDランク冒険者であり、世間というものをあまり知らない。
それでも、これが何かヤバい仕事であるというのは、フランクがかたくなに断ったのを見れば、明らかである。
「なあ、頼むよお?」
気持ちの悪い猫なで声を発しながら、ギュストがビール入りのジョッキをすすめてきた。
どう考えても、受けるべきではない。
しかし、断れば、このジョッキで殴りつけられることになるのは、明らかだ。
「は――」
だから、仕方なくその言葉を発しようとしたのだが……。
「――ギュスト!
そこまでだ。
そいつを離してやれ」
それを遮るような言葉が、ギルド入口のスイングドアから発されたのだ。
「ああん……?」
怪訝な声を漏らすギュストのみならず、ギルド中の視線が入口へと集まった。
「フランク……さん?」
そして、思わずつぶやいたカティだけではなく、全員が疑念の眼差しを向けたのである。
整い過ぎるくらいに整った顔立ちと青い瞳は、間違いなくフランクのもの。
しかし、あれだけ丁寧に手入れしていた長髪は、文字通り根から失われ消失していた。
だが、それでも、みじめさやみっともなさは感じられない。
むしろ、無精髭と相まって、獰猛な狩猟動物めいた迫力を彼に付与していたのである。
それだけでも大きな変化だが、何より大きいのは、肉体の違い。
万年Eランクゆえ、中古の皮装備すら買えぬ彼は、薄いシャツとつぎはぎだらけのズボン姿であるわけだが、そのために筋肉美がハッキリと見てとれた。
美しく均整の取れた肉体は、腕利きの彫刻家が手がけた青銅像のようだ。
この肉体こそ究極の武器と言って相違なく、お情け程度に腰へ下げている鋳造の小剣などは、もはや不要であると思える。
「ギュスト、もう一度言うぞ。
そいつを離してやれ。
それから、もう汚い仕事はやめとくんだな。
今なら、まだ引き返せるだろうよ」
薬草が詰まっているのだろう皮袋をカウンターに放ったフランクが、そう言いながらこちらへと歩んできた。
その堂に入った姿は、ギュストをたじろかせるに十分なものであり……。
おかげで、哀れな若者はその場から離れることができたのである。
「おめえ……。
本当に、フランクか?」
「ああ、そうだ。
自分でも、変わりように驚いてる」
そう言ってギュストの隣に肘をついたフランクが、先ほどまで若者に勧められていたジョッキを手に取り、一気に飲み干す。
その豪快さと豪胆さは、明らかに先までのフランクではない。
「何があったか知らねえが……。
指図しようってのか?
テメエが、オレに?」
「ああ、そうだ」
そう言ったフランクが、ニッと笑ってみせた。
つられて、ギュストも口の端を吊り上げる。
「「はははははははははは」」
二人揃って笑うのは、あの時と同じ。
違うのは、フランクが這いつくばっておらず、もはや存在しない髪も掴まれていないこと。
彼らの立場は、今や対等。
いや、フランクが圧しているように思えた。
だが、そんな状況をよしとするギュストではない。
「――ざけんじゃねえ!」
ジョッキを投げ捨てた彼は、叫びながらフランクの両袖に掴みかかったのである。
以前のフランクなら、そのまま投げ飛ばされたに違いない。
「ふん……」
だが、今の彼に浮かぶのは余裕の――笑み。
フランクは両の袖口を掴まれたまま、落ち着き払った様子で立ち上がり、腰を引いたのだ。
そうすると、薄いシャツがするりと脱げる。
結果、露わとなるのは、妖艶な美しさすらかもす上半身の筋肉……。
しかも、あまりに色気たっぷりな胸毛までがさらけ出されており、カティの眼差しが吸い寄せられていた。
「うおおっ!」
一方、思いがけぬ展開に混乱しているのが、ギュスト。
彼の思い描いていた未来では、すでに、フランクを投げ飛ばしているはずだった。
だが、実際はその勢いを見事に殺され、安物のシャツを引っ張り合う形となっている。
この状況に頭が回らず、袖口を掴んだままでいたのが、この男の限界ということだろう。
「――シッ!」
フランクは、鋭い吐息と共にシャツを引っ張り上げ、ギュストの体を自分のもとに引き寄せたのだ。
「――エアッ!」
それと同時に放つのが、垂直跳躍しながらの回し蹴り。
あまりに流麗な蹴りはギュストの側頭部へ的確に打ち込まれ、醜いBランク冒険者の顔面をカウンターへ叩きつける。
カウンターの天板から顔が跳ね返った時点で、ギュストの意識は吹き飛んでおり、そのまま床へと倒れ伏していった。
「ふん」
鼻息を鳴らしたフランクが、取り戻したシャツを着込む。
せっかくの筋肉が隠れてしまったことへ、無念の吐息を漏らすのはカティである。
「カティ、明日までに新しい依頼を見繕ってくれ。
危険で、楽しいやつだ」
カウンターに肘をついたフランクが、看板娘にそう呼びかけた。
その声色に、かつての気弱さは微塵もない。
確固たる自信と、そしてたくましさがあふれるのみだ。
「……うん! 喜んで!」
だから、カティは笑顔でそう答え……。
その夜、フランクに抱かれたことは説明するまでもない。
--
その日、辺境都市の冒険者ギルドを訪れた男もまた、一見して冒険者と分かる男である。
ただし、生半可なそれではない。
見ただけで、超一級のそれと分かる勇士なのだ。
やや軽装な皮鎧を装着しているが、分厚く隆起した筋肉の強靭さは、鋼の鎧に匹敵するだろう。
あまりに胴体がたくましすぎて、やや小さくも感じられる頭は綺麗に剃り上げられており、代わりに、豊かな髭が口周りを覆っていた。
腰に下げている長剣もまた、この男にふさわしい厚みを備えた逸品。
総じて、屈強という言葉を形にしたような戦士なのだ。
「近頃、評判の冒険者を探している!」
このギルドへ初めて顔を出した男が、臆することなく言い放つ。
その声に秘められた圧力は、空気を震わせるかのよう。
「聞いた話だと、そいつは禿の色男で、気取った発音の共通語を話すいけ好かない野郎らしい!」
――ざわり。
……ざわめきと共に、皆の視線が一点へ集まる。
カウンターで蒸留酒を舐めていたのは、見るからに上等そうな漆黒の皮装束をまとった戦士。
今や、Aランクにまで昇格したフランクであった。
破竹の勢いで昇格している彼を、明らかに挑発した言動。
「……昼間から騒がしい野郎がきたもんだ」
それに対し、フランクはにやりと笑ってみせる。
――面白くなりそうだ。
その態度が、言外にそう語っていた。
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