大っ嫌いなクリスマス
浅見カフカ
第1話
ジングルベルが鳴り響く中を、つまらなそうに歩く男の子が居ました。
名前はショーン。
通りには笑顔ではしゃぐ子供達。
背中を丸める憂鬱な帰り道。
自宅のドアの前に立つと、ポケットの鍵を探りました。
真っ暗な部屋。
明かりを点けると、テーブルには一人分の食事とケーキがひとつ。
そして『行って来ます』と書き置き。
また独りぼっち。
パパもママもイヴの夜は居ません。
何も手を着けずに二階の部屋へ。
毛布にくるまりました。
明日になればまた普通の日。
眠れば朝には皆が揃う。
目を閉じると、涙が零れました。
やがてこらえきれない嗚咽が込み上げます。
更に毛布を被りました。
誰も聞くことのない泣き声でしたが、何処にも漏らしたくはありませんでした。
「クリスマスなんて大嫌いだ」
何度も呟きました。
丸まり、膝を抱えながら。
いつの間にか眠っていました。
夜はその色を増して、蒼い闇を濃く拡げます。
それは突然。
窓ガラスが割れたのです。
ショーンは飛び上がりました。
部屋には細かい破片が散らばり、カーテンは風を孕んではためいていました。
蒼月の僅かな明かり。
転がる何かが浮かび上がりました。
部屋の明かりに手を伸ばしました。
スイッチに手が触れた時でした。
「やめろ!」
鋭く低い声が、荒い息遣いと共に聞こえました。
指が弾かれたように、スイッチから離れます。
同時に、何かが立ち上がりました。
そのシルエットは——
白いボアの付いた赤い服。
赤い帽子とブーツ。
彼はサンタクロースでした。
立ち上がった直後、片膝をついて崩れました。
息は一層荒く、様子が明らかにおかしい。
「大丈夫?」
ショーンは思わず駆け寄りました。
身体を支えようと触れた手が滑りました。
赤黒いそれは、明らかに彼の命の危機を告げていました。
「救急車!」
慌てて立ち上がるショーンの肩を、誰かが掴みました。
振り向くと、またサンタクロース。
でも今度は赤のハイヒールに、ボア付きのミニスカート。
「大丈夫よ、ショーン」
声はママでした。
隣りにはパパ。
ショーンは困惑しながら交互に見ました。
「ふたりともなんて格好で何してるんだよ!?」
「見ての通りだが」
パパは当然の様に言いました。
ママも平然とした表情。
「そうだ、あの人は?早く病院に!!」
慌てるショーンにパパは言います。
「大丈夫。サンタは死なない」
「子供達がサンタクロースを信じている限りね」
ママはそう言って微笑みました。
「ったく、油断したぜ」
倒れていたサンタが、脇腹をさすりながら言いました。
怪我の跡どころか、服すらも元に戻っていました。
「息子にサンタが両親だって知られてしまったよ」
パパは伏し目がちに首を振りました。
「こうやって大人になるのね。少し寂しいわ」
サンタの正体は両親だと、友達から聞かされていました。
でも本物のサンタが両親というのは話が違う。
「それにしても今年は手強い」
「連中のスノーモービル、まるで疾風だった」
ヒューイは苦々しい表情を浮かべました。
パパは顎に手を当て難しい表情。
そしてママに耳打ちをしました。
ママは小さく頷くと割れた窓から飛び出しました。
ショーンは驚いて窓へ駆け寄りました。
空飛ぶトナカイのソリが滑り出て、ママを受け止めました。
ソリは星屑のような
「はは」
ショーンの乾いた笑い声。
理解の範疇を超えていました。
ヒューイがサンタの袋の中から、何かを取り出しました。
ショーンに向かって、その握り締めた拳を差し出しました。
そしてゆっくりと手を開きました。
手のひらには無数の小さな光。
天空の星々を掴みとったような煌めき。
あまりの美しさに言葉を飲みました。
ヒューイは拳を握り、再び開きました。
そこには光は無く、スリングがひとつありました。
「それで、何をするの?」
ヒューイはポケットからキャラメルをひとつ取り出しました。
ゴムを引き手を離すと、キャラメルは勢い良く壁に当たりました。
「それで戦うの?」
「そうだよ」
「武器を作ればいいじゃないか」
呆れ気味に言いました。
「それはダメだよ」
その表情は悲しそうでした。
「ヤツラ予想以上に速いぞ」
パパが破れた窓の向こうを睨みました。
西の空には星とは違う輝き。
「ショーンはどうする?」
ヒューイが尋ねました。
「子供を巻込む訳にはいかないだろう」
「きっと黒サンタにはバレた」
ヒューイは深く頭を下げました。
「だが、サンタでもない者をソリに乗せる事は出来ない」
「サンタなら——」
ヒューイはそう呟いてパパを見ました。
パパは何かを考えていました。
ショーンに目をやると、小さく頷きました。
「十二歳でサンタになった奴が居ない訳じゃないしな」
パパはショーンの目線の高さに背をかがめると、両肩に手を掛けてジッと目を見ました。
「世界中の子供達が大切だ。でもその中で、誰よりも大切なのはキミだ。最低なサンタだ。それでもキミが大切なんだ」
静かに語りました。
ショーンはなんだか照れてしまいましたが、パパの目をしっかりと見返しました。
「どうすればいいの?」
「戦うんだ、一緒に」
「ヒューイ、息子を頼む。俺は先に合流する」
去り際に指をパチンと鳴らしました。
「それが似合えば一人前だ」
振り返らずに言ったパパの言葉。
ショーンはいつの間にか、サンタの服を着ている事に気付きました。
四頭のトナカイが牽くソリは冬の空を切り裂くような速度で駆け抜けました。
「慣れておけよ」
ヒューイは優しく笑いました。
しばらく走ると確かに余裕が出てきました。
サンタの袋の中身が気になるくらいに。
口を縛る紐を解き覗き込むと、沢山の光の粒がありました。
ショーンはさっきのヒューイのようにキラキラを掴み取ると、ギュッと握ってパッと開きました。
手のひらには光の粒がキラキラしているだけでした。
「心に念じるんだよ。その光は夢なんだ。子供達が願う、サンタへの夢の欠片なんだ」
「夢の欠片?」
「魔法を使えるのは夢を忘れない子供達なんだ。サンタじゃないのさ」
ヒューイは話を続けます。
「サンタは、夢のささやかなお手伝いをするだけ。この袋いっぱいの夢を運ぶんだ」
ヒューイはとても嬉しそうでした。
その刹那でした。
地鳴りの様な音と共にソリが激しく揺れました。
ふたりは必死でソリや手綱に掴まりました。
黒サンタからの攻撃でした。
空を駆けるスノーモービルはトナカイのソリを圧倒しました。
その速さはとても逃げられるものではありません。
黒サンタ達は編隊を組み襲いかかります。
その手には銃が握られていました。
ヒューイは戦う事を決意しました。
「舵は俺がとる。キミは奴等を撃落とせ!」
「どうやって!?」
「スリング!イメージするんだ!」
ヒューイは叫びました。
ショーンは袋に手を入れました。
光は僅かに暖かく、この状況にあってなんだか落ち着きました。
深呼吸をすると頭にスリングを浮かべました。
袋からゆっくりと手を引き抜きました。
光の粒子が零れました。
キラキラと輝きながら夜空を流れました。
(夢の欠片が星に変わってゆく)
目で追いながら、イメージを形に変えました。
手のひらにはスリングがありました。
大人の背丈はあるスリングでした。
「うわわ!」
ショーンは慌てました。
「大丈夫。袋の中から出した物は片手で持てるよ」
ヒューイは肩を揺すりながら言いました。
「ホントだ!」
ショーンはスリングを床に立てると、左手で支えました。
イメージしたボールをセットしました。
勢い良く放たれたボールは、黒サンタに直撃しました。
弾けたボールはキラキラに戻って、周りに降り注ぎました。
キラキラに触れた黒サンタ達の衣装が、見慣れたサンタカラーへと変わっていきます。
元黒サンタ達は、我に帰ると指笛を鳴らしました。
すると、ソリを曳いたトナカイがそれぞれの主の元へ駆けてきました。
トナカイ達はとても嬉しそうにいななきました。
「ヒューイ、アレは?」
「サンタの魂を取り戻したんだよ」
顔も知らない仲間達でしたが、その帰還にヒューイは笑顔でした。
「来るぞ!」
一転、表情が変わりました。
見回すと四方から黒サンタ達が迫っていました。
数え切れないものでした。
ショーンは袋に手を入れました。
スリングなんかでは間に合わない。
新たな道具を思い浮かべました。
握り締めた光を解放するように手を開き始めました。
右手に熱と悪寒が走りました。
焼け付く様な痛み。
泡立つ肌。
胸の中にはモヤのような物が湧き上がってきました。
その直後です。
気怠さが快感を連れてきました。
意思とは関係無く笑みがこぼれます。
口の端を歪めただけの笑みでした。
開かれた手のひらには、鈍色の光を放つ機関銃がありました。
夜に溶け込むような黒がねの先を一団に向けます。
ためらいはありません。
指先に僅かに力を込めました。
「さぁて、カモ撃ちの時間だ」
そう低く呟いた刹那、渇いた破裂音が連続して響きました。
掃射された黒サンタ達は、まるで崩れる波のように倒れていきました。
「踊れ、踊れ!」
そう言うと、再び引き金を引き絞りました。
連続した射出音のリズムに合わせるような踊り。
いくつもの銃弾を浴びた黒サンタ達は、奇妙な動きをしながら崩れていきました。
ヒューイが異変に気付いた時には黒サンタは潰走を始めていました。
その背中に銃弾を浴びせ掛けるショーン。
ヒューイは駆け寄ると、機関銃を蹴り上げました。
機関銃はその姿を光の粒子に変えながら、キラキラと夜空に流れていきました。
途端にショーンの表情から険が消えてゆきました。
数回瞬きを繰り返すとヒューイを見上げました。
「ダメだよ。僕らが作り出す玩具の源は子供達の夢なのだから」
ヒューイは優しく諭すように続けます。
「子供達の夢を人殺しの道具に変えてしまったサンタ達。その成れの果てが黒サンタなんだ」
そう言うと悲しそうに頭を振りました。
「でも」
ショーンは尋ねました。
「どうして僕は黒サンタにならなかったの?」
「それは、キミが一人前のサンタじゃないからさ」
「サンタはね、トナカイと契約して初めて一人前のサンタになるんだ」
そう続けるとトナカイに目をやりました。
ショーンにはトナカイが優しく笑ったように見えました。
「だから僕は黒サンタにならなかったんだ」
「ただし、見習いサンタの命には限りがあるんだ」
ホッとした表情のショーンに告げました。
「サンタはサンタである限り死なない。それは言ったね?」
「うん」
ショーンは大きく頷きました。
「人として老いて寿命は全うするのだけれど、サンタとしては永遠なんだ。けれども見習いサンタは違う」
ヒューイはしゃがみ込んでショーンの両肩に手を掛けました。
そして、少し怖い顔をしました。
「ショーン、見習いサンタは命を身体以外の何処かに宿す。けれどもその場所が何処かはサンタに任命したサンタにしか分からないんだ」
真剣な忠告にショーンは唾を飲み込みました。
その時でした。
辺りが闇に包まれました。
そしてサイレンに似た轟音。
「伏せろ!」
ヒューイはそう叫ぶとソリを走らせました。
ショーンは慌ててソリに這いつくばりました。
「なんてこったい!」
全速力でソリを疾走させます。
「何が来てるの?」
少しだけ顔を上げて空を見ました。
「ヘルベルト級空母だ」
視線の先——
禍々しい迄の大きさの機体が月を背に飛んでいました。
「戦わないの?」
「無理だ、奴の搭載する戦闘艇の数は千二百機。秒で蜂の巣だよ」
高度を下げて距離を取り始めました。
「逃げるが勝ちってね」
ヒューイは振り向いて片目をつむりました。
「無理みたい」
ショーンは首を振りました。
トナカイの鼻先に戦闘艇が居ました。
「あ……」
ふたりは固まったまま立ちすくんでいました。
戦闘艇の二門の銃身が鈍色の光を放っていました。
下卑た笑いを浮かべた黒サンタが、トリガーを弄んでいました。
絶対的な優越。
「助かりてぇか?」
黒サンタはからかう様に尋ねると、ポケットから取り出したウィスキーをあおりました。
口の端から零れた滴を手で拭うと、喉の奥で笑いました。
ショーンは、黒サンタの言葉に何度も頷きました。
黒サンタは必死の姿を見て表情を変えました。
溜め息をついて頭の後ろを掻くと、舌打ちをしました。
「子供じゃねぇか、仕方ねぇな」
精一杯優しく笑って見せました。
その笑顔にショーンが安堵の表情を浮かべた時でした。
「ひゃっひゃっひゃ!見逃すワケねぇだろ!!!」
表情が一転。
目を剥いて醜く歪めた顔で笑いました。
指先がトリガーに触れました。
身動きの出来ないショーンにヒューイが覆い被さりました。
この至近距離。
肉体など弾丸の盾にはならない事を知りながら、それでも本能がそうさせました。
ショーンはソリの床に押し倒されながら轟音を聞いていました。
やがて音が止むと、ヒューイの陰から顔を出して黒サンタの方を見ました。
そこには黒サンタの姿は無く、戦闘艇の残骸が転がっていました。
「待たせたな」
頭上の声に視線を向けると、それはパパでした。
ヒューイもその場に座り込みました。
「助かったぁ」
ふたり同時に口をついた言葉でした。
「さて、感動の再会を喜びたいのだが急がなくてはならない」
パパは極めて深刻な表情です。
「どういうこと?」
「逃げるぞ!」
パパは身を翻すとソリに乗り込みました。
四頭立ての立派なソリでした。
ヒューイもソリを出しました。
「逃げるパパの背中はカッコ悪いかい?」
ヒューイは、黙り込むショーンに意地悪な質問をしました。
ショーンは更に黙ると、深く考え込んでしまいました。
黙り込むショーンの頬に何かが触れました。
それは破片でした。
ふと周りを見渡すと、大小様々な物が浮遊していました。
そのひとつを手にして凝視すると、鉄の破片でした。
「これは?」
「戦闘艇小隊の残骸だよ」
ヒューイが答えました。
「パパが単身で殲滅したんだ。キミを助ける為に」
ショーンは無言で破片を握り締めました。
前を駆けるパパのソリは、よく見るとボロボロでした。
無数の傷や銃創がまだ新しく、戦闘の激しさを物語っていました。
「パパ」
無意識に呟いていました。
次の瞬間——
ヒュンと短い風切りの音が、熱を持って頬をかすめました。
反射的に頬に手を当てると、指先にオイルのようなぬめる感触を覚えました。
それは血でした。
慌ててヒューイに叫びました。
「敵襲だ!ヒューイ、後ろ!」
ヒューイはショーンの声に答える事なく手綱を握っています。
「ヒューイ?」
呼び掛けた刹那、ヒューイが崩れ落ちました。
「ヒューイ!」
駆け寄ると手綱が手首に絡まった状態で、宙吊りのヒューイが居ました。
赤いサンタの服の背中が黒く染まっていました。
引き揚げようと何度も力を込めましたが、全く持ち上がりませんでした。
乾いた破裂音が幾つも聞こえました。
「手綱を切れ」
ヒューイの喘ぐような声。
「ダメだよ」
「俺達は死なない、切れ」
「部屋に飛び込んだヒューイは、苦しそうだった」
「治ったろ。死なないんだ」
「痛みの苦しさは変わらないだろ!」
絶望的な引き揚げに渾身の力を込めました。
「死なない事を理由に仲間を見捨てたら、そんな僕はサンタじゃない!」
叫びました。
「待ってる子供達も居るだろ!」
更なる叫びに、ヒューイの体が軽くなりました。
ヒューイの片手がソリの縁を掴んでいました。
「諦めた大人じゃ夢を語れないものな」
そう言うとヒューイは笑ってみせました。
再びヒューイを引き揚げようとしたショーンの目の前に、真紅の巨大な艦が現れました。
本当に突然でした。
これだけの大艦の接近に全く気付きませんでした。
旋回する巨大な砲門。
獣の咆哮のような音をたてて砲身が仰角を変えます。
轟音が響きました。
夜空は瞬間、碧く染まりました。
閃光は頭上を超えてゆきました。
振り返ると黒煙をあげる、漆黒の戦艦。
左翼を失い、航行は不能に見えました。
両艦はショーンを挟み睨み合うように停止していました。
真紅の戦艦から声が聞こえます。
『当該宙域での戦闘の終結を宣言する、全ての黒サンタは武装解除せよ!』
「ママ!」
ママの声にショーンは思わず叫びました。
「ヒューイ、知ってたの?」
「あぁ。一番怖いサンタだ」
ヒューイはおどけて笑いました。
「でも良かった。これで終わるんだね」
「あぁ、ショーン。ツイてたな」
そう言った直後でした。
「あぁ。本当にツイてる」
下卑た声と同時に、ショーンの喉元に冷たい感触がありました。
アーミーナイフ。
その磨きあげられた刃には、薄笑いを浮かべた黒サンタが映っていました。
「形勢逆転だ、司令官殿。御子息は見習いのようだが」
黒サンタは喉の奥を鳴らすように笑うと一言続けました。
「どうする?」
選択肢を用意しない問い掛けでした。
夜空に静寂が流れます。
黒サンタは顔を正面に見据えながら、視線をショーンの身の回りに移しました。
そう。
ショーンの命の依り代を探しているのです。
傍に居るヒューイも向けられた砲門も、手出しは出来ません。
誰も、依り代が何かを知らないのですから。
やがて母艦を失った黒サンタの戦闘艇が集まりました。
投降をしなかった十数機の生き残りです。
数十門の機銃がショーンとその周囲を射程におさめていました。
一斉に放てばどれかは依り代です。
やはり選択肢は残されてはいませんでした。
「どうするよ?司令官殿——いや、お母様?」
その言葉に一斉に下卑た笑いがおきました。
「クリスマスが終わっちゃう。撃って!!」
ショーンは叫びました。
「クリスマスは楽しいって、子供達に教えてあげ」
最後まで言い終える前に、左顎に鈍い痛みが走りました。
黒サンタの拳が下顎を突き上げました。
同時に喉元にも鋭い痛み。
殴られた衝撃でナイフに首が触れていました。
膝から下、脚がカタカタと震えました。
「怖いか?死ぬのはもっと怖ぇぞ。ほら、ママに頼みな『助けて下さい』って」
黒サンタが耳元で低く言いました。
『繰り返す——』
ママの声が再び流れました。
『全ての戦闘行為を停止せよ!この宙域での雌雄は決した。これ以上は無益である』
「うるせぇ!」
黒サンタが声を荒げました。
「今、オマエは命令出来る立場じゃねえ!決定権は俺にある。ガキの命乞いをしやがれ!」
最後を言い終えると同時にショーンの足元、ソリに穴が空きました。
戦艦の機銃から一発。
正確に放たれたものでした。
『我々の優位は変わらない。私は停戦を命令している。若しくは蒸発を望むか』
怒気を孕んだ声でした。
そうです。
サンタはその
躰が蒸発してしまってはすべてが消えてしまうのです。
『どうする?』
冷やかな声で放たれた問い掛けは選択肢、いや、慈悲すら残されていない一言でした。
「今更——今更、生きて何になる」
黒サンタは口の中で呟くと、苛立ちをあらわにしてショーンの袋を蹴りあげました。
次の瞬間、ショーンはその場にうずくまりました。
その様子に黒サンタの口が歪みました。
「見つけたぞ、袋だ!ぶっ放せ!」
その声を合図に戦闘艇の砲門から閃光が放たれました。
黒サンタは宙へダイブしました。
ショーンはうずくまったままです。
ヒューイも呆然と立ちすくんでいました。
戦闘艇の砲門といえど、直撃を受ければ蒸発は必至でした。
蒼白い閃光が袋に迫る瞬間、影が横切りました。
その刹那です。
袋がヒューイの前に転がりました。
ふたりはその影を見詰めました。
蒼白い閃光に飲み込まれる影は——
確かにパパでした。
閃光はほんの瞬きの出来事でした。
そこには主を失くしたトナカイと、ソリだけが残っていました。
「うわぁぁ!」
ショーンは喉が張り裂けるほどに叫ぶと、パパのソリに飛び乗りました。
そしてそのまま戦闘艇の集団へ駆けました。
「下がれショーン!」
ヒューイが叫びます。
袋はヒューイが持っていました。
ショーンは今、丸腰なのです。
戦闘艇にソリを激突させて飛び移ると、黒サンタのひとりを叩き落としました。
強奪した戦闘艇のトリガーを引き絞り、敵の中心で全弾を放ちました。
黒サンタ達は一機、また一機と墜ちてゆきました。
そしてすべてを撃ち尽くしたショーンの前に、アーミーナイフの黒サンタが立ちはだかりました。
「残弾と敵の数は数えておくもんだ」
黒サンタがトリガーに指を掛けた瞬間、ショーンは出力を全開に突進しました。
「弾ならまだあるだろ、ここに」
静かな呟きでした。
一気に間合いを詰められた黒サンタは、成す術も無く戦闘艇の直撃を受けました。
巨大な火球がふたつの戦闘艇を包みました。
その様子を見ながら落下をするショーンを、パパのトナカイが受け止めました。
爆煙を眺めながら長い夜の終わりを感じていました。
「やったな、ショーン」
ヒューイがソリを並走させて労いました。
笑顔のヒューイに、素直に応える事が出来ませんでした。
そうです。
パパが消えたのですから。
「そのトナカイの名はラグナ。ショーン、今日からキミが主だ」
ヒューイはそう告げるとソリを走らせました。
「ショーン、プレゼントを配るまでは夜は終わらない。感傷に浸るのは朝日を浴びてからだ。キミも一人前のサンタになったのだから!」
ヒューイの姿が遠い空の彼方へ消えてゆきました。
やがて空の端が白く輝き始めました。
蒼から碧へと変わる時間。
ショーンはようやく最後の家に到着しました。
この家は小さな女の子。
寝室へ向かうと、フェルトの端を毛糸で縫った不格好な靴下が一足枕元にありました。
ショーンはそれにプレゼントを入れようと手に持つと、一枚のカードが落ちました。
拾いあげると、それはサンタへのメッセージでした。
『ありがとう、サンタさん。外は寒いからこの靴下をプレゼント!』
ショーンは靴下を抱き締めると最後の家をあとにしました。
家路を急ぐソリの上。
フェルトを貼り合わせただけの隙間だらけの靴下を履きました。
暖かい筈が無いその靴下。
なのに胸の奥が熱くて熱くて仕方ありませんでした。
拭っても涙で見えない景色。
「ちっくしょう。クリスマスなんて、だいっきらいだ」
ショーンはそう呟きました。
目が醒めればベッドの上。
一瞬、長い夢を見ていたような気がしましたが、椅子の上にはフェルトの靴下がありました。
下の階からはトーストの焼ける匂いがします。
ショーンは階段を降りながらママと何を話せばいいか考えていました。
パパの居ないこれからの事を。
「おはよう、ママ」
ショーンはこの言葉以外を見つけられませんでした。
「おはよう、ショーン。ハムエッグ、焼けたわよ。コーヒー、用意して」
いつもと変わらないママでした。
ショーンはコーヒーを注いだカップをふたつテーブルに並べました。
するとママは小さな声で「みっつ並べて」と言いました。
背中を向けたままの肩は小さく震えていました。
「いつまでも三人だから」
ママの声は消え入りそうでした。
パパのカップにコーヒーを注ぐと、いつもの席に並べました。
「パパ、いつまでも家族だよね」
そう呟くと朝陽の差し込むパパの席を見詰めました。
また、涙がひとつ零れました。
ショーンはそれを拭わずにその場に佇んでいました。
「ママぁ、トイレの紙が買い置き無くなったよ」
背中から間の抜けた言葉が聞こえました。
振り向けばパパでした。
ショーンはひたすら瞬きを繰り返すだけでした。
「パ……パ?」
ようやく出た言葉がそれでした。
ママの肩が震えていたのは、笑いをこらえていたのだとショーンは悟りました。
「でも蒸発したよね?」
ショーンは事実確認するように尋ねました。
「したよ。一瞬だったな」
パパはあっさり答えました。
「どうして?」
首をかしげるショーンにママが言いました。
「パパは袋を依り代に決めて見習いに降格したの。そしてラグナの主にあなたを指名したのよ。そしてショーンはサンタになった」
「パパは蒸発したから、その先はヒューイが気付く事を信じたんだ。袋を持って逃げてくれたんだろ?」
「そんなの一瞬でも遅れたら自分が死んじゃうじゃないか!」
ショーンは驚くあまりに声をはりあげました。
「我が子の命を守る為に惜しむものはこの世に無い」
パパは優しい顔でショーンの頭をクシャクシャっと撫でました。
ショーンはパパを見上げましたが、あふれる涙にその姿を見上げる事が出来ませんでした。
「ひとりで過ごすクリスマスが、イブに居ないパパとママが嫌いだった」
嗚咽まじりに話しました。
「いいんだ。話す事が出来なかったのだから、そう思うのも仕方がないのだよ」
「どんなプレゼントを貰っても嬉しくなかったんだ。ボクはひとりぼっちだと思っていたから」
頭を撫でるパパの手が一瞬止まりました。
泣きじゃくるショーンの頭越し、パパとママは視線を交わしました。
ママも一瞬目を丸くして、スグに首を振りました。
「あのなショーン。こんな時になんだが、パパとママな」
歯切れの悪い話し方でした。
「今年のプレゼントを忘れていた」
ショーンの嗚咽が止まりました。
そしてパパとママのふたりを交互に見直すと深くため息。
再び大きく息を吸い込むと叫びました。
「クリスマスなんて、だいっきらいだぁ!」
そう叫んだショーンの顔はとても楽しそうでした。
大っ嫌いなクリスマス 浅見カフカ @Asami_Kafka
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