生物室

鷓綟 万園

生物室

高校の卒業式の日の、夕暮れ時の話である。


この日卒業式を終えた私は、学校にある全ての教室を回って、思い出に浸っていた。今思えば、何故こんな面倒なことをしていたのか、よく分からないが、とにかくその日は、懐かしい気持ちで学校中を歩き回っていた。


夕焼けが窓から廊下を赤く照らし始めた頃、私は生物室への長い廊下へと差し掛かっていた。ほとんどの生徒は既に帰ってしまっていて、三階は不気味なほど静かだった。


生物室まであと三メートルという所で、私は身体を動かせなくなってしまった。立ったまま金縛りにあったのだ。


誰か人が来る様子もなかったため、どうしようかと途方に暮れていた時だった。ふいに、視界に何かが映った。


生物室から何かが出てきている。


青白い足のようなものがゆっくりと生物室から出ていた。次第に身体も見えてきた。


それには頭も、腕も無いように見えた。最初は見間違いだと思ったが、否が応にもそうだと確信せざるを得なかった。それはゆっくりとこっちに向かって来ていたからだ。


近づけば近づくほど、その気味の悪さがまざまざと感じられた。


頭も腕も無く、生気も感じないが、間違いなく人間の身体だった。自分の過剰に高鳴る心音と全身の悪寒でどうにかなりそうだった。


それは緩慢な動きでこちらに向かって来て、そしてそのまま横を通り過ぎていった。


私はしばらく動けなかったが、ふっと糸が切れて、それから一目散に逃げ出した。まだ教室を回り切れていなかったが、そんなことはもはや問題ではなかった。


それからしばらく経った今でも、この話は知り合いの誰にもしていない。自分の母校の評判に傷を付けたくはなかったからだ。


だが時折、なぜだか無性に、あの生物室に行きたくなる。

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生物室 鷓綟 万園 @SukasukaPonta

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