悲しい過去のラスボスバトル

ちびまるフォイ

ラスボスとの一幕

「ついに、ここまでたどり着いた……!!」


中に入ると、これまでとは明らかに違う

妙に落ち着いた強者のオーラを感じた。


「よく来たな」


「出し惜しみはしない。最初からフルパワーだ!!」


「フルパワー?」


「俺は、悲しい過去を暴露すると強くなる!! いくぞ!!」


男はカンペを取り出した!


「俺は小さい頃、村が襲われて家族すべてを失った!!」


「な、なに!?」


「うおーーー!! 悲しい過去が!! 俺に力をくれる!!!」


体中に悲しい過去由来のパワーが満ちるのを感じる。

いつだって悲しい過去は自分に力を与えてくれる。


「悲しい過去はそれだけかな?」


「そんなわけないだろう。俺がここまでたどり着いたからには

 もっともっと悲しい過去がある!」


「なんだって……」


「そして! 俺は唯一の生き残りとして孤児院に預けられ

 誰も友達のいない孤独な幼少期を過ごした!!

 さらに! この能力が疎まれイジメさえうけた!!!」


「!!」


「はああーー!! これが!! 俺のパワーアップだーー!!」


子供の頃の悲しい過去を暴露したことで、

相手より自分のほうが悲しい人生を送っているとマウントが取れる。

それが自分の力となっている。


「さあ、どうだ! これ以上の悲しい過去があるか!?」


「まさかそんな境遇が自分だけだとでも?」


「な、なんだと!?」


「実は私も幼い頃、事故で家族を失った……」


「ぐっ!? なんて悲しい過去なんだ!」


「そのうえ、何年も監禁されてまともな子供時代を過ごせなかった」


「な、なにーー!! 俺より微妙に悲しい過去じゃないか!!!」


「そう。悲しい過去をもつのはあなただけじゃない」


「まさか貴様も……悲しい過去でパワーアップするタイプだとは……!!」


男は動揺した。

悲しい過去でパワーアップできるのは世界で自分だけ。

そう過信していたのがこの最終決戦で打ち砕かれた。


「お互いに悲しい過去の、悲しいレベルは同じくらいというわけか……」


「そのようだ」


「だが!! 悲しい過去は俺だけじゃない!!

 さらに、仲良くなった友達の悲しい過去もある!!!」


「どういうこと!?」


「俺の友達は、実は暗殺一家で生まれて

 その成長過程で自らの手で両親を殺める必要がある。

 そして、その後は自分の寿命を制限する呪いにもかけられている!」


「か、悲しい過去だ!!」


「そう! そんな悲しい過去を持つ友達がいるから、

 俺はきっとあんたよりも微妙に悲しい人生を送ってるんだ!!

 うおおーー! 力が!! みなぎってきた!!」


一度は悲しい過去で負けそうになったパワーが、

友達をひきあいに出したことで生まれた悲しい過去により

ふたたび相手より大幅なパワーアップが行われる。


「ぐっ……なんて悲しい過去なんだ……!!」


「それに俺の好きな人は、実は人工的に製造された殲滅ロボ。

 人間を殺すために生まれたけれど、お互いに好き同士だ!!」


「悲劇すぎるっ……!!」


「さらに、実家のペットの柴犬は!!

 河川敷に捨てられた挙げ句、不良に暴行されて

 抵抗して噛みついたことで保健所で殺されそうになった!!」


「ペットまで悲しい過去が!?」


「お前にわかるか!! 自分だけの悲しい過去でなく、

 俺の人脈を通して流れ込んでくる悲しい過去パワーが!!」


「類は友を呼ぶ……というわけかっ……!」


「こんな狭い場所でひとりでいるお前には

 自分の悲しい過去をしがんでるしかできないが!

 俺は! 多くの人と関わって悲しい過去をはぐくんできたんだーー!!」


男は悲しい過去によるパワーアップで勝利を確信した。

しかし、相手はなぜか笑っている。


「なぜ笑っている……!? 何がおかしい!?」


「本当にそれは悲しい過去なのか、と思ってね」


「どういうことだ! ちゃんと悲しいぞ!!」


「本当にそうかな。実は悲しい出来事があったとき

 これが悲しい過去としてパワーアップの種になると

 心のどこかでは喜んでいたのではないか?」


「そ、そんなことは……!?」


「否定できるかな。自分を悲劇の中に閉じ込めて。

 そこでパワーアップできる自分に酔っているのでは?」


「断じてちがう!! 俺は……俺は……!!」


どこかで悲劇のヒーローとして強くなる自分を求めていた。

努力する工程をスキップして、悲しい過去を貯めるだけで強くなる。

その安易で短絡的なパワーアップが好きなんじゃないか。


自分の信じていた力の根源がゆさぶられる。


「お前になにがわかる!」


「これでも人を見る目はあるほうでね」


「……もうお前に話すことはない!! これでおしまいだ!!」


「そ、それは!?」


「俺に片思いをしてくれている幼馴染(故)の手作りおまもりだ!!」


「何をする気だ!!」


「これを……ぶちやぶる!!!」


大事そうにしていたはずの手作りのおまもりを、

なんとその手でやぶってボロボロにしてしまった。


よほど大事でかけがえのないものだったのだろう。

男は大粒の涙を流した。


「これが演技に見えるか!? 悲しい過去を求めているように見えるか!?」


「いや……」


「俺の悲しい過去は本物だ!!

 大事なお守りが失われた今、俺は最高にパワーアップしている!!」


男の抱えている悲しい過去のすべてを暴露しきった。

これ以上ないほどの悲しい過去で、男は無敵の状態となった。


「よくわかった。あなたは間違いなく、悲しい過去を持つ人だ」


「そうだろう!! 俺の勝ちだ!!!」





「話してくれてありがとう。では次の患者さんどうぞ」



カウンセラーは男を退室させて次の患者を迎え入れた。

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