冬の独白
わたしだ
冬の独白
もう三晩も眠るとすぐに聖夜がやってくる。予報ではどうやら雪らしいのだが、ホワイトクリスマスとなれば何年ぶりのことかと思う。
寒空にそれでも太陽はあたたかくいて、この日向ぼっこも乙なものだ。
日本海側では曇りの続き、太平洋まで行けば乾燥がひどいものらしいが、山間のここらは大きく関係はない。こうやって縁側にてボロい木椅子に腰掛けていれば、眠気に誘われる位には過ごしやすい。――まあ、厚着も無ければ寒くてたまらないのだが――。
空を眺めて、日を浴びて、それだけしているといつの間にか昼を迎え、食事を終えたと思えば朱色の光が窓辺に差し込んでくる。
ここ数年、そんな生活しかしていない。 老後の楽しみを食いつくしている。
まだ三十路にも至っていないというのに…。
春の陽気と草花を愛で、夏の夜に涼み、秋の紅葉の下で頁をめくり、冬の寒さに年の終わりを覚える。
――いとをかし。
この趣を、この歳で味わおうとするなど甚だ可笑しな話だ。
こういうのは、もっと苦労して働いて、キリキリ舞いになって、それでようやくその重荷から解き放たれた時にふっと湧き出てくるもののはずなのに。
かくいう私はというと、何も苦労もせず、手のひらにマメの一つもない――、せいぜいあるのはスマホのおかげの猫背と小指の曲がりくらいのもの。
最近はそれすらも薄れて、窓から返る姿は痩せこけた何者かもわからない人。
私は、私がこんな者だったのかと毎日思う。
崩れ去った日常は、ただ平らに続いた。もう積み上げることもないだろう。
あの鳶が空高く頭上で円を描いているのは、私を獲って食べるためだろうか。食べに来るなら早くするといい。私はお前より、この足下をゆく蟻の方に同情できる。――まあ、どちらかといえば私はキリギリスなのだが――。
食われることに抵抗はない。寧ろ食べて欲しいくらいだ。
私の意識のあるままに、見るも無惨に、吾が肉をついばんで、目玉をくりぬいて、内臓を引き摺り出して――、寒空の下に晒し上げてくれ。
…と、私がそんなことを考えながら見上げていれば、鳶は円を外れて向こうの山へと飛んでいった。
彼らは狙う獲物すら選べるらしい。
全く思い通りにいかないものだと、ため息がてら窓に映る私を見る。やはりそこにいる私は、私でない気がしてならない。
こけた頬も、シワの目立つ肌も、皮だけの指も、眠そうなままの目も――。この何ら覇気の無い風貌が、どうも綺麗すぎる。これは、明らか私ではない。
では、何なら私なのだろうか。
十三階段を上り、白昼、大勢の観客に囲まれて――、そんな劇的なのは私ではない。
そう、私の本来の姿はきっと――、
誰にも知られず、見るにも耐えぬ姿でこの庭にて臓物をぶちまけ、蟻にすら食われぬまま、土にも帰ることもない残骸。
それが本来の姿。正しくそれが私だ。
だから、私はこの窓に映る私が私でないように思えるのだ。
どの生物よりも下等で、どの物質よりも役に立たぬ、ただし、有るだけで害をなすほどでもない、ただ少し邪魔なだけの存在…。
日が雲に隠れ私は軽く身震いをした。
そんな折に、ふわりふわりと白いものが舞ってきた。
雪かと思ったが、ユキンコだった。
いくつも飛んでいる中、一匹捕まえてみた。それで掌に乗ったそいつを眺めた。
逃げられるはずなのに、ユキンコは逃げなかった。私が檻に閉じ込めているわけでもないのに、こちらに目を合わせることもなくじっとしていた。
こいつは何をしているのだろうと思っていたら、ユキンコの乗る僅かな部分だけ温もりを感じた。 どうしてかこいつがいると、本来の私の姿でさえ綺麗に思えてしまうのだった。
冬の独白 わたしだ @I_am_me
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