第50話 いつも言っているのは自分のくせに
そんな会話から数十分。
天乃さんが見つけた穴場に到着した時には安蘭樹さんがいなくなっていた。
「ど、どうしよう……」
「電話繋がらない」
「別に一人で帰れるでしょ」
「そうかもしれないけど、でも悠優ちゃんは私達のこと探すよ。もし途中で変な人に会ったりしたら……。どうしよう、私がちゃんと確認しながら進まなかったせいだ」
安蘭樹さんは、ね。確かに私はラッキーとばかりに帰るけど。
「花恋手いつ離したの?」
「私は最初から握ってない。だから安蘭樹さんが勝手に離したんでしょ」
「いつ離れたか覚えてない?」
「ただでさえ人混みで暑いのにそんなの気にしてるわけないでしょ」
「そ、そうだよね」
天乃さんが余裕をなくしていることにかなりの新鮮味を感じる。
まあ、氷冬さんもずっと電話掛けている事からかなり心配しているんだろうな。
私が淡白すぎるのかもしれないけど、元はと言えば無理矢理連れてこられたお祭り。本来私は無関係の事だし──
「二人はここで待ってて。私、悠優ちゃんを探してくる!」
走って離れようとする天乃さんの腕を掴んで引き止める。
安蘭樹さんが消えたのに私は無関係。でも、天乃さんを行かせた事によってさらに増えるかもしれない問題を見過ごすのはいただけない。
本当に何かあったら困るし。
「私が行くよ」
「で、でも──」
「自分の顔見てみなよ。変人に絡まれたいわけ? ナンパ断るのも下手なくせに。どう考えても、顔が分からない私が適任でしょ」
「でも、花恋ちゃんも迷ったら。それに、変な人に絡まれたら──」
「私方向音痴じゃないし、いざとなれば躊躇なく人殴れるし。せっかく私が珍しくやってあげるって言ってるんだから大人しく任せればいいじゃん」
天乃さんからは浮かない顔と言葉しか出てこなかった。
こんなことやっている時間が一番無駄だというのに。
「花恋も責任感じてるから行きたいんだよ」
私悪くないのに責任感じてたまるか。
もし仮に何かあって、それこそ警察沙汰とかになって時間取られるのが嫌なだけだし。
決して心配だとか責任を感じてなどではない。
「憶測で語らないでもらえる」
「じゃあどうして行きたいの?」
「行きたいじゃなくて適任って言ってるの。とにかく私が行くから。あんたら二人とも大人しくしといてよ」
「……分かった。花恋ちゃんお願い。でも、一つだけ約束してほしい。悠優ちゃんが見つからなくても、花火が上がるまでにはここに戻ってきてほしい」
「はいはい。じゃ」
安蘭樹さんのせいで私は再び人混みの中に戻る羽目になった。
集合はかなり早めに設定していたから、花火が上がるまでは二時間ほど余裕がある。
別に特に何かするわけでもないのに何故こんな早くに集まったのか甚だ疑問でしかない。
「なんだ、あるじゃん」
特に酷い人混みの波に従って歩いていると、屋台の出ているメイン通りに出た。
今時花火大会でこれほどまでにちゃんと屋台があるのかとギャップを感じる。
よくニュースで取り上げられる花火大会には屋台なんてない。
おそらく出したら通行の妨げにも程があるから出したくても出せないのだろう。
だって、他の花火大会に人を取られているであろうここですら、屋台通りは息をするのもやっとなのだから。
「はぁ……」
早く安蘭樹さんを見つけてここからおさらばしたいのに、視界の悪さと人の壁がそうさせてくれない。
「なぁ、さっきめっちゃ可愛い子いたよな」
「な! まじ声掛ければよかったわ〜」
安蘭樹さん……であるとは限らないか。
これだけ人がいるんだ、可愛い子の十人や二十人いたっておかしくはない。
いちいち気を取られる必要はない。進めばいい。
「ワンチャンホテルいけんじゃね?」
「先輩祭りでナンパ成功したらしい」
「可愛い子の浴衣ってまじいいよな」
「さっきめっちゃ可愛い子の写真撮ったわ」
おかしくはないけど……。
「俺らで一人囲めばいけんじゃね?」
安蘭樹さんは関係ないという保証もない。
「なんでいなくなるの、ほんとに」
ああ、嫌だ。本当に嫌だ。
「一時間……。どこいるの、本当に」
あんたに何かあったらこっちまで迷惑するんだから。
ほんとに、あんな危機感なさそうなチビ巨乳のくせに勝手に手離しやがって。
自分がいつも離すなって言ってるくせに、勝手にいなくなって。
「ああ、もう、見えないじゃん」
怒りのままに視界を開き、出せる最大のスピードで人の合間を縫う。
縫って、縫って、縫って、ようやく一息ついた。
「お姉ちゃんありがとう! ばいばい!」
「ばいば〜い」
運営のテントの下で憎たらしい笑顔を浮かべて小さな男の子に手を振っている。
それを見て、言い表せない気持ちが全身を巡った。
抜けそうな力をどうにか引き締めて、安蘭樹さんに向かって歩く。
「見つけた」
花の道しるべ 輝 静 @S_Kagayaki
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