地上の一等星

@maiti1787

見上げる世界、眩しい光

「はぁ……」

 とある教室、私は大きくため息をつき、窓の外を眺めていた。

「どうしたの、そんなつまんなそうな顔して」

 前の席に座っている〝みっちゃん〝が振り返って私の方に話しかけて来た。

「アイデアが湧かない? はは〜ん、それはスランプってやつだー」

 私は趣味で文章を書いている、物書き……の端くれの端くれだ。何も取り柄も無くて、誰の役にも立てない。せめて自分の気持ちを表現する為に字を書いているんだ。

 友達のみっちゃんは不思議な子。自分を理想家とか言ったり、突然カッコつけた言い方をしたりする、厳しく形容するなら人の寄りつかない変人だ。

「みっちゃん、なにかアイデアが湧くものとかない?」

「私は自分を側から見れば特異的な印象を抱く様な人物だと自負している……けど、今の私を見て何も浮かばないなら諦めなよ」

 みっちゃんの言動はすっごく変、でもその感じが私は癖になって、何かアイデアになる気がして、友達でいるんだ。

「そっか、どうしよっかな〜」

「あっ……」

 私は諦めて外を見ていると、急にみっちゃんが声を上げた。そして思い立った様に私に言って来た。

「ねぇ、今夜ヒマ? 出かけたいとこがある」

「何を突然、どこに行くの?」

「アイデアが湧く……かもしれないところ」

 みっちゃんはクスッと笑う、幸いにも私の親は帰りがかなり遅い。

「どこに集合する?」

 アイデア湧くと言われて、確証も無いのに食いつく、学校の前で待っててと言われた。

 体感時間は、その会話を境に急激に加速した、みっちゃんの言葉が気になって学校なんか一瞬で終わった。


 ※ ※ ※ ※ ※


 程なくして、夜の校門で私は待っていた。

「お待たせ、乗って」

 みっちゃんが自転車に乗ってやって来た。自転車には乗ってこなかった、そもそもそんな家が遠く無いから。仕方なく相乗りした。

「さぁ! 走れ! ロシナンテ〜!」

 自分の自転車に妙な名前を付けてる様だ、みっちゃんは力一杯サドルを漕ぎはじめた。こうして、一夜の旅が始まった。

「みっちゃん、こんな道で帰ってるんだ」

「んーそんなとこ」

 夜の街、そこら中に灯りが満ちていた。スーパーの明かりに、信号機、昼に遜色ない明るさだった、眠らない街並みをひたすらに駆け抜けて行く。

「眩しく無い?」

 みっちゃんは変な質問をしてきた、ただ街中を走っていて、確かに街は明るいが、眩しいほどでは無い、そんな灯りがない様な所に住んでる田舎者だと思われていたのか。

「ぜんぜん眩しく無いよ、一体何が眩しいの?」

「この景色……」

 そう言って、信号待ちの間、空を眺めていた。

 いつもの事だが、みっちゃんは、何を言っているのか分からない時がある。

 私達はどんどん進んでいく。しばらく行ってから、山の方へ入って行く。徐々に景色が暗くなって、人の手が入っていない自然へ、頼りない自転車のライトだけが唯一の光源だった。

「ついた」

 みっちゃんが自転車を止めて、私も降りた。辺りを見回して見ても、何も無い。

「みっちゃん! ここ、何にも無いじゃん!」

「ここじゃ無い、うえ

 そう言って、みっちゃんが上を指差しているのが薄暗い中かろうじて見えた。言われた通り上を見上げてみると、その意図に気付いた。

「……!」

 満天の星だ、今まで何故気づかなかったんだろう。闇の中に浮かぶ星々が私達を見下ろしていた。その美しさに、私は心奪われた。

「綺麗……」

 私は興奮に満ちている。この喜びを持ってすれば、原稿用紙に書き殴った文章だって、如何なるコンクールも入賞出来そうだ。

 この気持ちを忘れない様に、忘れなくない一心で、ポケットに手をかける、この素晴らしき光景を写真に納め、永遠に覚えておきたかったから。

「待って」

 みっちゃんが私を止めた、「運命に身を任せる」なんて受動的な事を言っていたのに、何か強い指示をするのは珍しい。

「人の見た目って鏡じゃなくて、写真に映った姿が最も本物に忠実な姿なんだって」

 だから何、折角感動しているのに、なんで要らない話を始めるんだ。説教された時の様に、胸の奥が嫌な感じに揺れる。それでも止める事もなく話を続けてきた。

「じゃあさ、見たものを最も美化する物ってなんだと思う?」

 私は手を止めた、みっちゃんの方を振り返り、聞く。

「分からない……」

「ウチらの目だよ、この世で最も都合良く、美しく物事を見れるレンズ。きっと星たちの真実の姿を写しても星屑が浮いてるだけだよ」

 私はスマホのカメラを空に翳して見る、黒い無の中にゴミの様な点があるだけだった。

「それでも撮っておいた方が……あっ……!」

 それでも、と私はシャッターを切った。すると辺りが一瞬、鋭い光に包まれた。

 シャッター音が鳴って光は消える、フラッシュはオフにしてたと思ったのに。写真はまともに映らなかった、仕方なくもう一度空を見上げた。

「あれ?」

 目を擦って、もう一度空を見る。最初に見た時より、星の輝きが弱く感じた、二度目で感動が薄れたからなどでは無い。一度眩しさに目が慣れてしまえば、本当に色褪せて感じてしまうのだ。

「ね、眩しいでしょ」

 みっちゃんの言動が少しだけ、やっと理解出来た。あの質問は、こう言う事を意味していたんだ。

「ねぇ、時間を知りたい時と、現在地を知りたい時、どうする?」

 みっちゃんの不思議な質問が再びやってくる、でも今度は何かの意味があると信じて答えてみる。

「スマホを見るかな、地図アプリだってあるし……」

「古の人々は、星を道標とし、時を知って来たんだ。地上の一等星は、余りにも眩し過ぎる、それは宇宙そらの輝きを忘れさせる程に……さぁ、帰ろう、くぐもってしまった明かりを見る程ウチらは暇じゃないでしょ?」

 そう言って私はまたみっちゃんの自転車の後ろに乗る、いざ走り出そうと言う時、口を突いて出た。

「みっちゃん、カメラなんて出してごめん……! 忠告さえ聞いてれば、まだ星を綺麗なままで見れて……」

 私の謝罪を全て言い終わる前に、みっちゃんは言った。

「色々言ってるけど、結局、此処に来た事は無駄だった?」

「えぇ、そんな、最高だったよ! すごく良い経験になったし、最高の景色も見れたし」

「じゃあ謝罪なんて要らないよ」

 みっちゃんは柔らかく笑った。そして自転車を漕ぎ始め帰路に着く時、独り言なのか、私に向けてか分からない言葉を言っていた。

「星を眺める事を辞めないなら、その目が曇ろうと手を伸ばして、己がエルドラド、即ち約束の地を目指すことが出来る、欲しがり夢想するそれはいつかは手に入るよ」

 みっちゃんが何を言ってるのかは分からなかった。でも私の執筆のアイデアは浮かんでくれたし、またこの場所には来たいと思えたんだ。

 そして私達は帰路に着く。地上の一等星達を眺めながら。

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