スカイラインにのって
アオヤ
第1話
今日は7月7日、七夕だ。
いつもの年なら梅雨真っ只中。
ジメジメとしてどんよりした雨霞に覆われ「ここはスチームオーブンの中か?」って思えるくらい蒸し暑い時期だ。
でも今年は…
『東海、関東地方は梅雨明けしたとみられます』
ニュースでは毎年続く異常気象を当たり前の事の様に告げている。いつもの年だっら7月20日くらいが梅雨明けなのに…
今年は織り姫と彦星のイチャイチャがみんなに見られてしまいそうだ。
朝、スコールの様な通り雨が降ったと思ったら今は明るくなってきた。
地面に出来た水たまりには白い雲が流れていく。
最初は大きな塊だった雲も小さく千切れている。
流れる雲の量がだんだん減ってきた。
そして地面にも小さな空が出来上がった。
水たまりの蒼い色は水の色だろうか?
それとも空の色?
水たまりを見つめながらそんな事を考えていたら、定規で引いた様な白い線が足下に一本伸びてきた。
私は慌てて空を見上げる。
『スカイライン』
思わず私の口から言葉が溢れた。
ひこうき雲と言わずにスカイライン。
よく父が言っていた。
もちろん父が乗っていた車もだ。
この車を買ったキッカケも今日みたいなひこうき雲が引かれた空を見上げて私が言った一言からだった。
「ねぇパパ、ほら飛行機雲だよ」
そしたら父は「あれはね、スカイラインって言うんだよ」って教えてくれた。
「ねえパパ、私もいつかアレに乗りたいね」なんて子供のたわ言に「分かった、乗せてあげるよ」って父は私と指切りをした。
それから2ヶ月位して父は新車を買った。
「これはスカイラインって言うんだぞ。どうだ空みたいな色しているだろう?」
私は飛行機に乗りたかったのに父は何を勘違いしたのかスカイラインという車を買ってきた。
「ねぇこれ… 全然、空っぽくないよ」って私が言ったら…
2週間後スカイラインは海の様な深い青に塗替えられた。
そしてボディの真ん中に一本の白いストライプが…
私にはそんな父の行動が理解できなかった。
父はこの車が好きだった。
私もよく隣に乗せられてドライブに連れまわされた。
でも、父の車はエンジンの音がウルサイし、時々急加速するから景色を楽しむ余裕も無かった。
山なんか行ったら大変だ。
『ハンドルを握ると人が変わる』
そう呼ばれる人が居るけど…
父は正にそんな人だった。
父と山を走っている間は、ずっと遊園地のジェットコースターに乗ってるみたいな気分だ。
カーブを曲がる度に遊園地のコーヒーカップみたいにくるくる回ったと思ったらいきなりシートに押し付けられる。
ちょっとした段差にもお尻が突き上げられる。
車という乗り物は普通は前に動くモノだと思うがなぜか時々横に動いた。
父はその度にニヤニヤしながらハンドルをカクカク動かした。
私は色々な意味で気持ち悪かった。
父がアクセルを踏む度スカイラインのエンジン音は木霊の様に山々に響いていく。
切り通しの崖みたいな場所ではこの車が本当にスカイラインに成ってしまうんじゃないかとハラハラした事も一度や二度じゃ無かった。
父が山を走る時は嵐の海を小舟で渡るみたいだ。
目的地の山の上の甘味処に着く頃には私は酔ってヘロヘロになっている事が殆どだ。
せっかくベツバラ用にに用意してあったチョコパフェを目の前にして手を出すことができない悔しさを何度あじわった事か?
「もう父さんとドライブなんか二度と行かない」
そうキッパリ宣言してやった。
父は凄くガッカリしていたがそれから山へは独りで行くようになった。
いつの間にか父と私のドライブほ海だけになっていく。
海辺の海岸線を走るスカイラインは山を走る時は違って退屈そうだ。
でも私には海風と潮の香りとスカイラインのくぐもった叫びがなんだか心地よかった。
私の頭上では雲一つ無い空をスカイラインが切り分けている。
やがてソレは海風に煽られて波しぶきみたいに変わっていく。
せっかくのスカイラインが空でも地上でもパッとしない様に感じた。
でも私はというと美味し海の幸を頂き、ベツバラに甘いモノを収める事が出来て満足している。
「やっぱりドライブは海でしょ」
私の言葉は父には残念な言葉に聞こえたかもしれない。
それから父とスカイラインで色々な海岸線を走った。
海辺の道をまったりと船の様に潮風を浴びながら走るスカイラインにいつしか私は夢中になっている。
そして、いつの間にか父はスカイラインで山には行かなくなった。
山に行かなくなったスカイラインはマフラーやサスペンション、シートが標準仕様に戻されていく。
ドライブするのが以前よりも快適になって、私は嬉しかったけど父はどうなんだろう?
好きな事が出来なくて退屈じゃないのかな?
父にそれとなく聞いてみると「いいんだ。彩が喜ぶ姿が見られればそれでいい」なんて私だったら恥ずかしくて言えない様な言葉を返された。
そんな楽しい夏休みも終盤にさしかかり秋の気配が近づいた頃…
父が突然倒れた。
病院での診察の結果、父はすい臓がんだった。
私の夏休みが終わる頃、父は入院生活となった。
そして間もなく、父が生きるか死ぬかの病気との闘いの日々が始まる。
手術ですい臓を摘出しそれから抗がん剤による闘病生活が始まった。
あの頼もしかった父がどんどん痩せていく。
父はもともと頭頂部が薄かった。
昔はハゲとかカッパとか悪口言っても平気だったけど・・・
頭頂部の事を言ったらなんだか父が居なくなりそうな気がして・・・
今は私が作ったニットの帽子をそっと被せてあげている。
病室で横たわっている父を見ているとあのジェットコースターの様なドライブが懐かしくさえ思えてくる。
窓から見える病院の駐車場には父が乗ってきたスカイラインが埃を被ったまま置かれていて主をずっと待っているみたいだ。
父にはもう一度スカイラインのコックピットに座り、カッコいい姿を見せて欲しかった。
でも父は日を追う事に弱っていく。
私には食べる事も出来ない父の背中をさすってあげる事しか出来なかった。
ある時、父がポツリと呟いた。
「彩ごめんな。飛行機に乗せてあげる事は出来そうもないや」
「約束の事、分かってたんだ?」
「あぁ~ 本当は分かってたんだ。いつでも約束なんて果たせると思ってた。でも、もうダメみたいだ。ごめんな」
私は涙が父の背中に落ちそうになるのを必死で堪えた。
「パパは約束守ったよ。スカイラインで沢山の思いでつくってくれた。だから今度は自分のやりたい事を叶える為に元気になってよ」
「分かった。ありがとう彩」
父が少し落ち着いてきたので私は父を仰向けに寝かせた。
「パパまたね。また明日来るからね」
私は後ろ髪を引かれる想いで自宅に帰ったが翌日父の容態は急変し昨日の会話が父との最後の会話になってしまった。
父の形見になってしまったスカイライン。
暫く母が乗っていた。
でも、月日の流れと共にガレージに置かれる事が増えていく。
なんだかスカイラインが寂しそうに見えた。
そして父が亡くなって3年目の秋がやって来る。
私も18歳になった。
今日は雲一つ無い秋晴れだ。
あの時の様にその秋晴れを切り分けるスカイラインが引かれる。
私はそのスカイラインを観ながらボォーと考えている。
卒業旅行に飛行機で旅をするか?
それとも免許をとってスカイラインで旅をするか?
悲しいかな、予算的にどちらか一つしか選べない。
そんな時父の事を思い出した。
飛行機は何時でも乗れる。
取り敢えず私の脚を確保する為に免許を取ろう。
父が遺してくれたスカイラインが私の事を待っている。
スカイラインにのって アオヤ @aoyashou
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