おいしくたべてごちそうさま!

@ymg014

第1話


キーンコーンカーンコーン。

「はい、今日はここまで〜」

「腹減ったー!」

「はやく、購買行こ!!」


チャイムが鳴ったのと同時、いやその少し前から筆箱にペンを入れて机の上を片付け始める者、鞄の中からお弁当箱を取り出そうとガサゴソする者、お財布を準備する者など…昼休み前の授業は最後の10分ほどは集中力が切れている者も多い。

でもそこを注意は出来ず。

何故なら私もだからな…と、教卓の上に並べた教材を片付けながら小さなため息を吐く。


お腹すいたな〜今日は月曜日で朝はバタバタしてしまって、何もお昼ごはんを準備出来ていない。

コンビニに寄ってくる時間もなかった。

この学校の子たち、購買大好きだから職員室戻ってから行くと売り切れが多いんだよな〜

今年度から仕出し弁当制度廃止になったのが悔やまれる…

「学食行くか…」

生徒たちに混ざっての学食は少し苦手なのだが仕方がない。

朝寝坊した自分が悪いのだ。

安いしありがたいし。


片付け終えた教材を両手に持ち顔を上げると、購買や学食に行った生徒たちが半分、あとの半分はお弁当持参で既に食べ始めていた。

この、お弁当食べてます!っていう香りに食欲をこれでもかと刺激されてしまい、一刻も早く職員室へ戻ろうと早歩きを2、3歩し始めた時。


『ぱキュッ!』

教室では聴きなれない音がして右後ろに振り向いた。

たぶん、缶詰の蓋を開ける音。

誰かお弁当に缶詰を持ってきてるのか?まぁ、ダメではないと思うけど、念のため確認しとこうか…

音の方向、缶詰を触っているであろう人物を探して視線を左右に動かしてみると。

いた。


季節は5月に差し掛かろうとしているところ。つまり、入学してからまだ1ヶ月も経っていない。教員からしても、まだまだ生徒の顔と名前は一致していない。ましてやこのクラスの担任は私ではない。なのに私は彼の名前をフルネームで言えるし、漢字も間違わずに書くことができる。


そう、彼は有名人なのだ。

あくまで教員の中で…なのだが。


ここは公立の商業高校である。偏差値は良く見積もって50前半。生徒のほとんどは公立中学の出身者である…が。


彼は某有名私立大学附属の幼稚園からエスカレーターで中学まで進み、高校はこの商業高校を何故か受験している。

名門校の授業についていけなくなったのか?

と下世話な推理をした教員もいたが、そんなことはなかった。

入試はトップどころか満点。

4月に入ってからここまでの各教科の小テストなども勿論満点。


では何故こんなところへ…?

人間関係が上手くいかなかったのか?

いじめられていたのか?

私立に通わせられる財力が保護者からなくなったのか?

職員室では結論はまだ出ていない。


よし、私が、確かめよう!

この4月から異動になり、いまいち、まだ、職員室の雰囲気になじめていない私の印象アップ!コミュニケーションのために!


「笹垣内(ささがいと)くん…ちょっと、いいかな」


読みにくい漢字も一発で覚えてしまうぐらい、彼は話題の人物なのだ。職員室では。


「あ、はい」


缶詰に向けられた視線が私に向けられた。


まつ毛が長くキリっとした眉毛にシャープな顎に綺麗な肌…これはモテそうだ。授業で遠目からしか見ていなかったからわからなかったけど、近くで見てみると美男子ぶりが際立っている。

職員室では彼の『経歴』しか話題になっていないけど、生徒たちの間では、彼は『見た目』で話題になっている、もしくはこれからなるのかもしれない…などと、教師らしからぬことを考えていると。


「あの…すみません、なんでしょうか…?」

「あ!ごめんね、えっと、あー…缶詰、それ、缶詰だよね?」

彼に話しかけられて我にかえり、慌てて言葉を発した。国語教師らしからぬ、単語を並べただけの文章ともいえないものだった。


「あ、缶詰っていけなかったでしょうか?」

律儀にも席から立ち上がった彼のキリッとした眉毛は少しばかり下がっていた。

「あ、ちがうのちがうの、大丈夫だから、ね?座って?缶詰は大丈夫だと思うよ?ただ、個人的に少し気になっちゃって…」


すごく申し訳ない気分になって、慌てて彼を椅子に促し、白状した。

個人的に気になったという、なんとも下世話な理由なのだ。


「そうでしたか、よかったです。缶詰の持ち込みが駄目なのかと思ってしまいました。あ、ゴミはきちんと自宅へ持ち帰って処分します。」

椅子に座った彼はニコニコして言った。

言葉遣いといい、ゴミを持ち帰ることといい、おそらく育ちが良い…やはり、なぜ、こんな高校へ。


そう思って彼の机の上に目を向けると、缶詰の他に黒い魔法瓶タイプの円筒の容器と…

「スライスチーズ?」


保冷剤の入ったジッパー袋の中にはスライスチーズが2枚。ジッパー袋はあともう一つあった。そちらには保冷剤は入っていない。


「はい、これはとろける方のチーズです。」

彼がまたニコニコしながら教えてくれる。

缶詰は鯖の水煮缶だった。

鯖の缶詰とチーズは合うと思うけど…どうやって食べるのかしら、お弁当なのよね?彼にとっては。などと、ぐるぐる考えてしまって立ち去るタイミングを逃してしまった。


「そうだ。あの、先生。今から作るので、よかったら味見してもらえませんか?」

ニコニコ笑顔の彼から思いもよらぬ発言が飛び出し、私の口は半開き、目は全開となって停止している間に、彼は手際よく2つめの缶詰を開けた。

「缶詰一つだと足りないかもと思ってもう一つ持ってきてたんです。よかった!」


2回目の『ぱキュッ!』。

保冷剤の入っていないジッパー袋からなにやら小さな袋を取り出して封を開け、缶詰にそれぞれ中身を絞っていく。

「ケチャップ…?」

「ケチャップに見えますよね。でもこれ、トマトペーストです!原材料はトマトだけで、調味料などは一切使われていないものです」

「そうなんだ…」

会話をしながらテキパキ、ゴミはあらかじめ用意しているビニール袋へ入れている。

そしてまた別の袋からシリコン状の小さなスプーンを取り出し、トマトペーストとやらと鯖缶を混ぜている。

気づけばお弁当組の生徒たちも遠慮がちにそれぞれの席から注目していた。


「かき混ぜ終わったら、これを入れます!」

「…じゃがいもフレーク?」

彼が取り出したパッケージに書かれている文字をそのまま読み上げる。これまた初めて見た商品だった。

「はい、これも原材料はじゃがいもだけで、商品名そのままですね。じゃがいもをフレーク状にしたものです。で、これを、汁気のあるものに入れると…」


周りから見ている子たちにも聞こえるように、見えるように配慮しながら、また違うスプーンを取り出してフレークをそれぞれの缶に入れていくと。

「あ!溶けてる!」

「そうなんです、鯖缶の水気があったと思うんですけど、それにフレークが溶けていくんです。」

彼の言葉通り、じゃがいもフレークは水気にすぐに反応して姿形は消え失せ、代わりに鯖缶とトマトペーストをかき混ぜたものは『もったり』していった。


「鯖缶とトマペーとじゃがいもを合わせ終わったら、次はこっちです!」

彼はそう言いながら、机の端に置かれていた黒い円筒の容器の蓋を開ける。すると…

「わ!白いご飯!しかも湯気!」

彼と私の会話を他の子たちが聞いているから、声量は控えめに、遠慮しよう…とちょっと前には思っていたのだけど、抑えられなかった。

だって、教室ではなかなか見ない湯気とツヤツヤの白米だったから。


「これ、朝に家を出る前にレンジで温めてきました。それから、移動中に炊けてしまうんです。保温効果もあって、この通りアッツアツのご飯が食べられるんですよ!なので…」

喋りながらスライスチーズ…いや、とろける方のチーズのビニール紙をペリペリ音を立てながら剥がしていく。

そして、これは彼に説明をされなくてもわかってしまった。

「ご飯に、載せるのね!?」

「その通りです!大正解です先生!」

褒められた…しかも大正解。嬉しい。

ビニール紙から取り出したチーズを2枚、ホカホカのご飯の上に丁寧に彼は載せていく。

「そして…これを、載せます」

そう言いながら鯖缶を2つとも、少し溶け始めているチーズの上に容赦なく載せていく。


「2缶だと溢れそうだな…」

そう言いながら、これらの食材一式が入っていたのであろう保冷バッグから紙皿を取り出して取り分けてくれた。


「先生、味見お願いします!」

「あ、ありがとう…」

生徒の昼食を教師がもらってしまうなんて…校則の罰則事項に書いてあったらどうしよう。教員の規定にもあったかしら。

などと頭では考えているのだけれど、かわいいプリントの絵が描いてある小さな丼型の紙皿を彼から受け取り、何個持ってきているのだろうか、新しいスプーンも受け取り、気づけば口に運んでいた。

「美味しい…鯖もトマトもあっさりして素材の味って感じなんだけど、チーズの塩気とじゃがいもの風味が合わさってご飯ともよく合う…」

「そうですか!よかったです!あ、みんなにも味見してほしいんだけど、そしたら俺の分がなくなっちゃうから、また今度してもらっていいかな」


遠慮がちに遠巻きに見ていた弁当組や、購買や学食から早々と戻ってきた組を見渡して、とて〜も爽やかな笑顔を振りまきながら彼は言った。

そのとき私には見えた。

男女問わず、ハートのついた矢で心を撃ち抜かれている生徒たちを。


「先生、容器いただきますね。では、いただきます!」

爽やかな笑顔のまま惚ける私の手からスプーンと空になった紙皿を回収して分別し、行儀良く手を合わせて挨拶をし、でもそこは男子高校生っぽくガツガツと食べ始めた。

彼に礼を言ってから妙な雰囲気になっている教室を後にし、微妙に満たされたお腹に手をやりながら職員室への廊下を歩いていく。


「なんで、ここに来たんだろう…?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

おいしくたべてごちそうさま! @ymg014

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画