スリー・カード・モンテ
里浦たよ
スリー・カード・モンテ
2025年、埼玉の外れ。深夜2時。
ライブを終えたばかりの三人は、いつものように駅裏の違法カジノバー「モンテ」に流れ着いた。店内はタバコと安い香水と嘔吐臭が混じり、令和の若者たちがスマホ片手にスロットを回している。BGMはTikTokでバズったあの曲の劣化リミックスが延々ループしてるだけ。
「今日も負けた」
美咲がテーブルに千円札を三枚並べる。ブラックジャック。ディーラーは東南アジア系の若い男で、目が笑ってない。
彩花は隣でハイボールを二口で空けて、ため息を吐いた。
「私、もう限界かも。キャバ辞めてから金欠すぎてさ。親にバレたら殺される」
凛だけがスマホをいじりながら平然としている。
「私、親のカードまだ凍結されてないし。今日も10万使った♪」
美咲は舌打ちした。
「羨ましいとかじゃなくてさ、マジで腹立つ。お前みたいなのがいるから私らが惨めに見えるんだよ」
空気が一瞬凍る。
凛は画面から目を上げて、にこっと笑った。
「惨めって自分で言っちゃう? あはは、ビジュわる」
彩花が仲裁に入るふりをして、逆に火に油を注ぐ。
「まあ美咲は顔じゃなくてドラムで勝負してるもんね。ビジュは……ねえ?」
美咲は立ち上がって、テーブルを蹴った。千円札が床に散る。
「もう帰る。明日も朝イチでホール行くし」
彩花が追いかける。
「ちょっと待ってよ。一緒に帰ろって」
店の外、冬の空気。埼玉の夜は冷える。三人は無言で歩く。コンビニの前で立ち止まり、缶チューハイを買う。凛が突然言った。
「ねえ、私たちってさ、どこまで落ちるつもり?」
美咲が缶を開ける音だけが響く。
「落ちるとこまで落ちたら、底打って跳ね返るんじゃないの?」
彩花が笑う。
「跳ね返る前に死んでるよ。私、昨日またやった。知らないおじさんと」
美咲が初めて彩花をまっすぐ見た。
「……マジで?」
「マジ。3万もらった。アプリで。顔写さなきゃ楽勝だよ」
凛がスマホを見せびらかすように掲げる。
「私もやってた時期あったけど、すぐ飽きた。セックスって結局、相手に支配される瞬間が一番気持ちいいんだよね。それが嫌になってやめた」
三人はコンビニの外のベンチに座る。缶チューハイが回る。
美咲がぽつりと呟いた。
「私、初めてやったの16歳のとき。先輩のバンドマン。ライブハウスの楽屋で。終わったあと『お前ドラム上手いな』しか言われなくて、なんか虚しくなった。それからギャンブル始めた。パチンコ屋でバイトしながら、自分の金で打つのが気持ちよくなった」
彩花が膝を抱える。
「私は高校のとき、好きな人に振られて、ヤケクソでキャバ入った。初めて指名もらった客が40歳のサラリーマンで、ホテル行ったら泣きながら『妻と娘がいるんです』って言われて、逆に興奮しちゃったことがある。あのときの自分が今もいる」
凛が空を見上げる。
「私はね、セックスもギャンブルも全部、親への復讐なんだよね。お金使って、汚いことして、『ほら、私ってこんな人間だよ』って見せつけてやりたい。でも親は気づきもしない。ただカードの利用明細見て『また買い物?』ってLINEしてくるだけ」
風が吹いた。
美咲が立ち上がる。
「……解散しよう」
彩花と凛が同時に顔を上げる。
「理由は?」
「理由なんていらない。私たち、もう音楽やってる意味ないじゃん。ただの逃げ場でしかない」
彩花が震える声で言った。
「でも……私たち以外に何があるの?」
美咲は答えない。ただ歩き出す。
凛が追いかけて腕を掴む。
「ねぇ、待って!…私、妊娠したかも」
二人が振り返る。
「は?…相手は?」
「わからない。11月は10人くらいとやった」
彩花が呆然と呟く。
「……中絶するの?」
「まだ決めてない。お金ないし」
美咲が初めて泣いた。
「…わかった。私、お金出すよ。いくらでも出すから……やめようよ、もう」
彩花も泣き始める。
「私も出す。一緒に病院行こう」
凛は二人を見て、ふっと笑った。
「やっぱり、私たちって最低だね」
でもその声には、どこか救われたような響きがあった。
翌朝、三人は病院の待合室にいた。
凛は検査結果を待っている。美咲は財布から全額おろしてきた10万円を握りしめている。彩花はスマホの出会い系アプリを全部削除した。
結果は陽性。
手術の日取りを決めて、三人はまた無言になった。
病院を出て、駅に向かう途中。
美咲が言った。
「バンド、やっぱり続ける」
彩花が驚いて顔を上げる。
「え?」
「でも、もう逃げ場所じゃない場所にしよう。私たちが本当にやりたい音楽を、ちゃんとやろう」
凛が小さく頷く。
「私、産まない。だけど、この子がいたって事実は忘れない。それを歌にしよう」
彩花が涙を拭って笑った。
「タイトル決まってる。『スリー・カード・モンテ』。私たちみたいに、いつ騙してるかわからない、ドロドロの曲」
三人は手を繋いだ。
冷たい冬の朝、埼玉の空は相変わらず灰色だった。
でも、少しだけ、光が差していた。
スリー・カード・モンテ 里浦たよ @tayo_riura
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