寿限無寿限無、部屋にエルフがいる。

さえぐさ

寿限無寿限無、部屋にエルフがいる。

 部屋にエルフがいる。

 何故いるのかというと俺にも分からない。いるからいる。いないと言ってもいる。そういうものだ。とにかくエルフがいる。


 秋の肌寒さにも慣れ、教室から入ってくる風に心地よさを覚えて……、などと格好をつけても、俺の部屋にはエルフがいる。

 下校時刻が恐ろしく感じるようになったのは、ちょうど半年前のことだった。

 そいつは初対面で「どうもエルフです」などと言ってきた。エルフだろうが何だろうが知らんやつが自分の部屋にいる恐怖は無視出来ない。というかエルフって何なんだ。耳が長いとエルフなのか? だったらウサギもエルフなのか? 納得いかない。せっかく席替えで、気になっていた佐藤さんの横の席になったのに、授業中であっても頭の中はエルフのことばかりだ。佐藤さんともちょっといい感じの雰囲気も出てたのにエルフのせいで台無しだ。ふざけるな。


「あの、加持くん……」


 森とか燃やしてやりたい。何がエルフだ。


「加持くん!」

「っあ、悪い。どうした?」

「もうホームルーム終わっちゃったよ」

「ん? まだ授業中だったはずじゃ」

「加持くん、先生に質問されても微動だにしないから、先生も呆れちゃってたよ」

「……それは、まずいか」

「うん。今度謝った方がいいと思う」


 でもエルフが悪い。エルフのせいでこうなったのだから、エルフが悪い。でも職員室には行きたくない。まあでもこの身はまだ子どもだし、謝りに行かなくても許してもらえるだろう。


「先生、気にしてたよ」

「何を?」

「加持くんのことをフルネームで呼ばないから返事してくれないのかなって。先生気にしいだから……」

「うーん、でもなぁ」


 俺は本名で呼ばれることはない。本名で何度か失敗したことがあるからだ。それからは略称で呼ぶように、皆にはお願いしている。


「でも私も気にしてるんだよね。いつも略称で呼んじゃうのは失礼かもなって」

「そんなことはない。俺の名前が悪いんだ」

「で、でも、加持山加持ごこうのすりきれかいじゃりすいぎょ……、えっとなんだっけ……」

「長久命の長助だ」

「あれそうだっけ? もっと長くなかったっけ?」

「すいぎょうまつだな」

「あれ? 何か分かんなくなちゃった」

「始めから言うと――」


 自分の名前だ。言えないわけがない。

 これで佐藤さんにもおぼえてもらえるだろう。


「そっか、加持森火事ごこうのすりきれすいぎょうまつ放火うんらいまつ――」

「何か変だな」

「あれ……? そうかな?」

「正しくは、加持山火事ごこうの――」


 自分の名前だ。気付かないわけがない。


「加持くん」

「何だ?」

「何か顔が険しくなってるよ。歴史ドラマに出てくる武士みたい」

「そうでござるか」

「喋り方も」

「であるか」

「あ、外暗くなちゃったね」

「いつの間に」


 俺の名前はよくこういう失敗する。名前を言われるのはいいが、ほぼ間違われるから訂正することになる。その内に時間が過ぎていく。授業を中断させるために俺の名前を先生に言わせるチャレンジが教室で流行ったことがあった。これが効きすぎて、足りなくなった授業時間を補填するために7時間目が出来た。当然、クラスメイトからは非難轟々だった。そして俺のせいみたいなノリになった。許せない。


「どうしよう……。お母さん迎えに来るって言ってるけど、仕事で遅くなるかもって……」

「じゃあ、ウチに来るか?」

「えぇっ!? まだ早いよ!?」

「早い?」

「ああ、いやそうじゃなくて。だって、加持山火事ごこうのすりきれ……」

「それはいい」

「うん」


 家には親がいる。別に何もない。しいていうなら、後で俺がからかわれるだけだ。だがそれでもやる価値はある。佐藤さんの親に会って自己アピールするチャンスだ。佐藤さんは親と仲が良いようだから、好印象を与えることで、巡り巡って佐藤さんの印象を良くすることを期待出来る。


「家には親もいるし、別に変な意味じゃない」

「そ、そっか。そうだよね。別に変なことじゃないもんね。別にそうだもんね」

「そうだ。別に変なことは――、あっ」

「どうしたの?」


 そう言えば俺の部屋にはエルフがいた。何でいるんだあいつ。ふざけるな。


「いや、その、見られると困るものがあった」

「そ、それって、そのベッドの下とかにあるとかいう!?」

「いやベッドの下というか上だな」

「う、上!? その、大胆なんだね……」

「まあ大胆と言えば大胆だな」


 今ごろ、ポテトチップスを食いながら漫画でも読んでることだろう。ベッドを掃除するのは当然俺だ。あいつの頭に掃除という二文字を刻み込んでやりたいが、そもそもあいつの存在を掃除してやりたくもある。前に俺のモノハンのデータを消しやがったことは忘れられない。森を焼くに値する惨劇だ。絶対に許さない。

 そんなことを考えていると、


「おーい、お前ら何時まで学校にいるんだ? 早く帰るんだぞー」


 と、見回りの先生にせっつかれた。

 学校を出て、道の電灯が照らす道を十数分ほど歩くと、我が家についた。


「こ、ここなんだ……」


 何故か感慨深そうな佐藤さんは一旦置いといて、玄関の扉を開けると、犬が飛びついてきた。元気な小型犬だ。尻尾を振り乱すわんぱく犬を抱き上げると、柔らかさと温もりが伝わってきた。


「あ、ワンちゃん飼ってるんだ。可愛いね」


 犬は可愛くていい。全力で喜ぶ感じがとても良い。


「名前はなんて言うの?」

「犬だ」

「え?」

「だから、犬だ。あ、そういことか。紛らわしかったな。名前に『だ』は含まれていない。『犬』が名前だ」

「別にそこは気にしてないけど、つまり名前がないってことなの?」

「いや? 『犬』という名前がある」

「どうしてそんな名前に?」

「俺の名前が長すぎたことの反動らしい」

「ええっと、加持加持パイポパイポ、パイポのシューリンガン、シューリンガンのシューリンダイ……」

「グーリンダイだ」

「あ、ごめん」


 犬を下ろすと、部屋に向かった。佐藤さんのことは、親にはバレたくはない。いずれはバレるだろうが、今じゃない。開幕で冷やかされると心にくる。

 二階に上がり、自室の扉を開けると、エルフがこめかみに青筋立てながらゲームをしている光景が目に映った。やってるのは高難易度で有名なゲームだ。エルフ程度の腕ではお察しである。


「え、女の子がいるっ」


 まずい。佐藤さんが当然なことにエルフに気付いた。耳が長いのがどうしようもない。どうかして誤魔化さないと。


「いやこれはその――」

「もしかして彼女、とか……?」

「そんなわけがない。そんなこと二度と言ってはいけない」

「ご、ごめん」


 エルフは部屋主が帰ってきたことに気づいていないのか、それとも気付いた上でガン無視してるのかモニターから目を離していない。「なにこのクソゲー!」ってキレてる。人のゲームだぞ。


「じゃあ親戚の人とか……?」

「ああ、そうなんだ。ちょっと預かってるんだ」


 良かった。佐藤さんは思ったよりアホの子だった。耳が長いことに気付いてないらしい。


「おいエルフ、いつまでやってるんだ」


 声をかけるとようやく振り向いた。


「あ、加持バ加持、食っちゃ寝る処に住む処、暇を持て余したぶらこうじ」

「ポテトチップスを食べた手でコントローラーを触るな」


 漫画と違って油染みが出来ないが、不快だ。


「まったく、ぶらこうじは愚かね。この油は植物油よ。自然派なのよ」

「植物由来であれば全て健康的だと思ってるのやめろ」

「自然の恵み、その偉大さが分からないなんて可哀想。お芋を植物油で揚げる。この素晴らしさが分からなんて」

「生肉で引っ叩くぞ」

「馬鹿ね、本当に馬鹿。生き物も自然の一部よ。私はいつでもローストビーフ丼を食べる用意がある」

「あれ見た目だけであんまり美味くないぞ」

「っえ!? ――いや、信じない! 人間の言う事なんて信じない! あんなに美味しそうな見た目で美味しくないわけがないもの!」

「だったら食いに行けよ」

「お金ちょうだい」

「働け」

「嫌よ。労働なんて自然的じゃないわ」


 働きたくないだけだろうに。バーガー屋の怖いピエロと一緒になってスマイルでも振りまけば、最低賃金くらいは稼げるだろうに。


「大体、あなたも働いてないじゃない。毎日学校行って遊んでるだけ」

「学生は学校で勉強するのが仕事だ」

「詭弁ね。だったらその横の女はなに?」

「わ、私ですか!?」

「そうよ」


 まずい。佐藤さんと直に喋らせると、エルフがエルフであることがバレるかもしれない。


「――佐藤さんは関係ないだろ」

「ふーん?」

「何だ、その意味あり気な顔は」


 腹が立つ顔だ。ふざけるな。


「まあ、人間のオスはそういうことばかり考えてるものだから?」

「そ、そういうことばかり考えてるの!?」


 まずい佐藤さんが反応した。妙な疑いがかかってしまっている。


「違う。俺は紳士だ。じゃない真摯だ」

「へー? 証明したいならパソコンのパスワードを教えて」

「絶対に教えん。というかそれが目的だろ」


 パソコンはまずい。佐藤さんもいるのに。


「エッチなやつはパソコンの中に入ってるんだ……」


 ほらこうなった。


「違うぞ。いたって普通の、勉強とか、真面目なやつが」

「幼馴染系とか、クラスの女の子とかだったら良いな……」

「そんなわけないじゃない。高貴なエルフにビキニアーマー着せてオークに突っ込ませるようなやつばかりに決まってるわ」

「なんだお前このやろう。お前のせいでエルフものが受け付けなくなって全部処分したんだぞ。金返せ」

「じゃあお小遣いちょうだい」

「働け」

「絶対嫌。――って、そうだ!」

「あ」


 エルフのゴミ案を聞く前に、佐藤さんの携帯から音が鳴った。どうやら佐藤さんの親御さんが家の前に着いたらしい。正直助かった。このまま長引いていたらロクなことにはならなかっただろう。

 エルフを置いて、佐藤さんと外へ向かうと、車の横に綺麗な女性が立っていた。

 佐藤さんのお母さんは、佐藤さんによく似ていた。なるほど、将来はこうなるのか。……実に良い。アピールせねば。何としてもおぼえてもらおう。

 気合を入れたお辞儀を決め、名乗りを上げる。


「どうも、それがしは佐藤さんの横にはべらせていただいている、加持加持ごこうのすりきれかいじゃりのすいぎょうんらいまつふうらいまつくうねるところに」

「――あ、もう遅いし、行かないと」

「すむところやぶらこうじのぶらこうじパイポパイポパイポのシューリンガンシューリンガンのグーリンダイグーリンダイのポンポコピーのポンポコナーの長久命の長助と言うものでして」


 顔を上げると、誰もいなかった。

 もしかしなくても、俺の名前は長過ぎるのかもしれない。仕方ない。明日、学校でチャンスをうかがおう。作戦は寝るまでのうちに練っておく。風呂で考えて、ベッドで完成させる。


 何か眠くなってきた。


 朝日は気持ちがいい。床で寝ているエルフを跨いで、一階に降りると、既に用意されていた朝ご飯を口にする。何故、朝に飲む味噌汁はこんなに美味いのか。まるで分からない。どちらかというとノーベルだ。

 準備してると時間になったので、学校に向かった。

 玄関のドアを開けると、大泥棒でも照らしているかのように朝日を浴びることになった。俺は吸血鬼ではないので、今日は良い日とすることにした。


「あ、加持くんおはよう」

「ああ、おはよう」


 学校の門前で、佐藤さんに会えた。これは運気きてる。間違いない。

 今日一日は気分を害することはないだろう。

 朝のホームルームで、今日の時間割を間違ったことに気付いたが、それも気にならない。なんて素晴らしい日なんだろうか。

 担任の先生も、心なしか顔が明るい気がする。


「えー、皆に知らせることがある」


 ざわめきが起こった。何が起こるというのか。しかし、今日は素晴らしい日だ。俺の精神に影響はない。


「急だが、転校生がこのクラスにやってくる」


 俺の精神に影響はばんあかがが。正常だばば。

 名状しがたい何かが教室に入ってきた。


「エルフです。今日からよろしくお願いします」


 ふざけるな。

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