第3話 選択
「やあやあやあどうもどうもどうもすいませんすいませんすいません」
突然声が聞こえ、俺はハッとした。
目の前に、派手な和服を着た角刈りの貧相な男がいて、ヘラヘラと笑っている。
見回すと、何もない広いだけの空間。遠くには星空が見えるが、どこか書き割りのようで現実感に乏しい。目の前には集会場にあるような長テーブルがあって、男はその向こう側に座っている。俺が座っているのも、折りたたみ式のパイプ椅子のようだ。
おかしい。ここはテンプルランダーのコクピット内ではなかったのか。今さっきまで、俺は計器やモニター、複雑な機械類に囲まれて、スピーカーから聞こえる兄や弟の声とともに笑っていたはずだ。
まさか、夢でも見ていたと言うのか?
「いやいやいや、夢じゃないですよ」
男が言う。なんだ、こいつ、俺の考えたことがわかるのか?
「ええ、まあね。というか、この場所自体、あなたの内部にあなたのイメージ素材を使って作り出した仮想的な空間ですから。あなたの思考は、敢えて読むまでもないんです」
はあ? 何を言ってるんだこいつ。
「いやね、話すと長いんですが……詳細諸々ひっくるめてえいやっと要約しますと、つまりその……事故っちまいまして」
事故? 一体なんの話だ。
「まあ、交通事故の一種って言ったらいいんですかね。認識論的仮想空間を利用した量子航法システムの不調で、たまたま近くにいた知的生命体の内的宇宙をひっかけちゃって」
だからなんの話を。
「まあ要するに、ものすごく特殊な航法で運行していた宇宙船が、あなたのインナースペースと接触しちゃったんです」
そんなことがありうるのか。
「あるんですよ、それが。接触自体はそんなに珍しいことじゃないんです。ただ、今回はちょっとね。慌ててたもんで、あなたの内的宇宙の一部を引っ掛けたまま現実空間に浮上しちゃって」
はあ?
「結果、あなたの思考やら感情やら妄想が、現実と混じり合っちゃったんですよ」
それって……俺の心が現実に影響を及ぼすことになったって話? つまりあれか、俺が直前までああでもないこうでもないとひねくりまわしていた、巨大ロボット小説の設定が、現実に漏れ出した結果が、あの……そういえば、いちいち、覚えがあったような。
「ご明察です。何かおかしいと思いませんでしたか」
言われてみれば……何で俺はあんなとっぴな出来事をあっさり受け入れちまったんだ。
「まあ、『現実になる』っていうのはね、そういうことではあるんですが。とにかくそんなわけでね、さっき事故届が受理されて、手続きが終わりまして。こっからは事後処理をしていかなきゃならないんですよ」
事後処理? 元の世界に戻るのか?
「ええ、まあ、あなたが望むなら」
望むなら? 他の選択肢があるってことか。
「はい。ぶっちゃけて言うとね、こういう感じで変わっちゃった世界を再構築するのは、それなりにめんどくさいんです。場合によっては時間を戻したりね、因果の糸をほぐして結び直したり、結構な手間と費用がかかります。まあしかし、事故を起こしたものの責任としてね、当事者が望む限りは、そうしなきゃいけないってことになってます。私らの法律でね」
じゃあ、望まなければ?
「そこんとこが、救済措置ってやつでね。事故った責任があるとはいえ、完全に義務化するのは哀れだってんで、私らから当事者に、あと二つの選択肢を提示していいことになってます。ひとつは、最も簡単なやつ。この、変化したままの世界を、現実として固定してしまうんですね。これは実際、楽です。事実上何もしなくていいわけですから。ただ、インナースペースとのつながりは解消させることになりますから、そのあとはあなたが世界を直接コントロールするようなことはできません。今までは、ダダ漏れ状態だったんでね、あなた自身無意識のうちに、危険がないようにいろんなパラメータを変化させてたんですよ。それが効かなくなりますから、あなたはあなたの設定した世界の仕組みを所与のものとして受け入れ、困難や危険に、あくまで現実として対処していくことになります。こちらとしても、何もしなくていいとは言いましたが、実際には細々した矛盾を解消するなどして、この世界に現実としての強度を与えてやらなくちゃなりません。まあそんなのはね、元の世界に戻すのに比べりゃ、楽なもんですけど」
なるほど。じゃあ、三つ目の選択肢は?
「これが中間的な解決法。あなたに、神になってもらうんです」
神に? なんでそれが中間的なんだ。
「丁寧に回復させるのに比べたら、無茶苦茶乱暴なやり方だからですね。丸ごと時間を巻き戻して、事故原因たるあなたが、世界の内部にいない状態をつくっちゃうんです」
はあ? それって死ねってことか?
「いやいや。まあ確かに、肉体を持って、あなた自身の世界に存在したあなたは消滅することになりますが……一方であなたには、完全に自由になる世界が一つ与えられます。あなたを消すことで現実への影響を最小限に抑え、一方あなたのインナースペースは修復せず漏れっぱなしにしとくんです。で、漏れた分はどうするかと言うと、丸々一個、宇宙の雛形をプレゼント、と」
宇宙の、雛形。
「ええ。基本的にはスタンドアローンで、今回のような事故でもなければ他宇宙と干渉することのないやつですけどね。初期状態を与えるだけならそんなに費用もかからないし、あとはあなたが思いのままに構築していってくれればいいんです」
思いのままに……
「自分自身が現実を生きる存在になることはできないので、酒池肉林みたいな楽しみはないですけどね。その代わり権力は絶大ですよ。たしか、少し前にこの辺の宙域で事故にあって、それを選択した人がいたような」
まさか、「光あれ」っつって自分の世界を作ったやつじゃねえだろうな。
「はて、どうでしたか。まあとにかく、あなたに与えられた選択肢は、この三つです。どうしますか。こっちとしちゃ再構築は避けたいですが、選ぶ権利は完全に、被害者のあなたにありますからね」
そう言われても……
俺は考え込んだ。このままの世界、というのもなかなかエキサイティングで捨てがたいものがあるが、実際に危険な戦いに駆り出されると思うとやはり尻込みしてしまう。じゃあ元の生活に戻るか。こんな経験をしてしまった後で、平凡な日常など、逆に物足りなくなったりはしないだろうか。かと言って神になるというのも、あまりに大それている気がする。
俺は……
目の前では、売れない落語家のような小男が、ニヤニヤと笑い続けていた。
第三の選択 けいりん @k-ring
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