第3話 親友と新友

 「ゆーくんを"ゆーくん"って呼ぶのは俺だけの特権なの!」

 「えぇ〜?でもさ、本人からは何も言われてないけどなぁ?」

 「ッ!…うぅ〜。でも、ダメなものはダメ!!絶対にダメっ!!!」

 「…おい晴人、あんまり騒ぐなよ。目立つだろ…。」

 「あらら〜?"ゆーくん"、困ってるよ?」

 「う、うるさ〜い!ゆーくんって呼ぶなぁ!」

 「…はぁ。」

 俺がこのよくわからない言い合いに巻き込まれている原因は、ほんの数分前に遡る。

 「ねね。君さ、名前なんていうの?」

 「え…?お、俺?」

 「うん。君。お名前は?」

 ホームルームが終わり、隣の奴に話しかけられないよう必死に参考書に向かっていたが、あろうことかその隣のやつは、俺の目の前から話しかけてきた。しかも、可愛らしく机にちょんと両手をかけて、覗き込むような形で。俺は状況を飲み込めず、思わず当たりを見渡して聞き返してしまったが、その様子にそいつはフフッと笑って、ご丁寧に聞き返してきた。

 「…他人の名前を聞く前に、まず自分の名前を名乗るべきじゃないのか?」

 「へっ?あっ…あぁ〜!そうだよね、ごめんごめん!」

 緊張のせいで少し硬くなってしまった俺の発言を少し怖く感じたのか、そいつは少し焦った様子でダボダボのカーディガンで隠れた両手を合わせてごめんとジェスチャーした。

 「俺の名前は玉田颯太たまだそうた。好きなものはショートケーキと焼きそば!よろしく!」

 そいつは今さっきの焦った様子から一気に立て直し、誇らしげに自分の自己紹介をした。

 【すごいなこいつ…。あんなに警戒心マックスで対応したのに、なんでこんな普通に自己紹介できるんだよ…。てか、好きなものがケーキと焼きそばって食い合わせ悪すぎだろ】

 俺が玉田の可愛らしい外見の割に物怖じしない性格に少しギャップを感じつつも、感心していると、いつの間にか真後ろにハルが立っており、肩に手をかけて話しかけてきた。

 「なになに?なんの話してるの?」

 「…。急に話しかけるな。」

 「あっ、ゆーくん今びっくりしたでしょ?かわいー笑」

 「うるせー。」

 俺とハルが言い合いをしていると、玉田がまた話しかけてきた。

 「"ゆーくん"って言うんだ。ねえねえ。俺もそう呼んでいい?」

 「…。君、誰?」

 「あっ、えっとね。俺の名前は玉田颯太。"ゆーくん"の隣の席だったから、今挨拶してる最中だったんだ〜」

 「…。そーなんだ!俺、日髙晴人!よろしく!」

 「晴人くん、って言うんだね!うん!よろしく!」

 「それとさ、突然なんだけど、ゆーくん、"ゆーくん"って俺以の人に呼ばれるの嫌がるから、普通に名前か苗字で呼んであげて!」

 「…そうなの?でも俺、まだ"ゆーくん"にちゃんと名前教えてもらってないしな〜」

 玉田はそういうと俺の方を一瞬チラッと見て、またハルに挑発的な笑みを浮かべて見せた。

 【こいつ、わざとやってるな…。まあ、こいつの見え見えの挑発に乗ってるハルもかなりのアホだけども…。】

 このままだと、ハルが拗ねて面倒くさいことになると直感した俺は、ハルと玉田の間に立って入り、少し高い位置にある玉田の目を見た。

 【こいつ、可愛い外見してるくせに俺より背が高いのかよ…。ぱっと見、遠くから見ると160前半に見えるのに…!なんか、負けた気分だ…。】

 「…長谷川悠斗。それが俺の名前だ。ちなみに、"ゆーくん"と呼ぶことは、晴人にも許可してない。普通に苗字か名前で呼んでくれ。」

 「えっ!?俺はいいんじゃないの!?」

 後ろからハルが肩に手をかけて、泣きそうな顔を見せてきた。

 「俺の記憶では一ミリも許可した記憶ないぞ。だけど、お前言っても直らないし、直す気もなさそうだったから単に諦めただけだ。」

 「…。ってことは、俺は今後も"ゆーくん"って呼んでいいんだね!やった〜!ありがと!ゆ〜くん!」

 「…はぁ。まあ、お前に何言っても無駄か…」

 「えぇ〜いいなあ。俺も、"ゆーくん"呼びしたいな〜」

 「ダメ!絶対にダメ!」

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 とまあ、こんな感じで冒頭に戻る。今も俺の呼び方で言い合いをする二人は、俺から見ると心なしか波長があっているように見えた。相変わらず挑発を続ける玉田と、それを綺麗に全て飲み込み子供のようないい反応をするハル。そんな様子を10分も見せられていると、馬鹿馬鹿しいを通り越して面白くも感じた。

 「お前ら、相性いんだな笑」

 「「えっ?」」

 「え?あっ、いや、悪気はないんだ。ただ、うまく噛み合っているなと…。」

 俺が急いで弁明していると、ハルが興奮気味に俺の肩に手をかけてきた。

 「な、なんだよ急に」

 「ねぇ、今、ゆーくん笑ってたよ!」

 「…は、はぁ?べ、別に、人間誰しも笑うだろ。」

 「いや、そうだけど!そうじゃなくて!俺、ゆーくんが笑ったの、久々に見たよ!多分、2年ぶりとかじゃない?いやもっと長いかも!」

 「いや、別に俺だって笑う時は笑うぞ…?」

 「えっ?ゆーくんが笑うのってそんなに珍しいの!?」

 「う、うん…。ずっと一緒にいる幼馴染の俺でさえ、ゆーくんが笑ってるの多分両手で数えられるくらいしかないと思う」

 「そ、そんなに!?はへぇ〜…、珍しいもの見れちゃったなぁ。」 

 「そ、そんなに俺、笑わないのか…?」

 笑っただけですごく驚かれてしまったことにかなり困惑し、自分で笑った回数を数えようと、過去を思い出そうとした時、思い出したかのようにハルが「あっ!」っと大きな声を出した。

 「急になんだよ。大きな声出して。」

 「今、ゆーくん、俺と玉田が相性いいって言った!?」

 「あ、あぁ。言ったけど…?」

 「お、俺の中ではゆーくんがいっちばん、相性いいと思ってるから!俺の中で一番は、ゆーくんが仲良いから!」

 「と、突然なんだよ…?てか、幼馴染なんだし、他の人と関わってきた年数自体が違うだろ。というか、俺とお前は幼馴染というより腐れ縁だし。」

 「そ、そんなぁ〜!酷いこと言わないでよぉ」

 「ははっ笑 二人とも面白いなぁ〜笑」

 「おい玉田。何笑ってんだ」

 「いやいや。ただ、二人の掛け合いがさすが幼馴染って感じでさ。」

 「…まじ!?俺たち、めちゃくちゃ仲良しに見える!?」

 「おい。やめろ。晴人が調子に乗る。」

 「えぇ?でも、俺の目からはめちゃくちゃ仲良しに見えるなぁ〜」

 「まじで!?だってよ!ゆーくん、俺たちめちゃくちゃ仲良しに見えるって!」

 「はぁ…。こうなるから嫌だったんだよ…。」

 「よっし!玉田、いや颯太!これから君に、ゆーくんを"ゆーくん"と呼ぶ権利を授ける!」

 「ほんと!やった〜!晴人ありがとぉ〜!」

 「いや、まずそれお前の権利じゃねえし…。」

 ハルと玉田が不覚にも仲良くなってしまったことで、俺の高校生活が少し危ぶまれたのを感じたが、これを機に晴人が俺から少し離れてくれるのではと希望も感じ、俺はなんともいえない複雑な気持ちになった。

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ワンコ系陽キャに振り回される元社畜DK、毎日必死に生きてます。 ちくわ @chikuwa243

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