三途の川の排水機場

床の間ん

第1話 これは救いか、まやかしか。




この世ではないどこか、


河が 流れている。


「ゴウンゴウンゴウン…」


およそ場違いな、音がする。





 人口増加に伴う亡者の爆発的な増加により、三途の川の機能を維持すべく、その下流に排水機場が整備された。






----------- 三途の川 排水機場 -----------




 水門の上に鬼二匹



 赤鬼と青鬼が、何やら話していた。



 



赤鬼「ここはな、上流で、これから浄土に行く亡者たちが清められ、洗い流した、二度と戻れぬ現世への… 置いてきたものへの思い、残してきたものへの思い、後悔、執着、そんなものが 流れる水に溶かされて、流れ着くところだ。」




「溶けて混ざり合ったそれらは、似たもの同士で集まり、結晶を形作るんだ。 それが石だ。人の想いが沢山の石となって、河原を作ったんだ。」




----------- 賽の河原 -----------




「今では三途の川も護岸され、かつての河原の面影は無いだろ。」




「なぜ、わざわざ護岸工事をしたかって?」




「亡者が少なかった頃は、それでも良かったんだよ。」




「石となった想い、それらは折り重なり、河原となった。それは、稀に、ごく稀に、石と化しても諦めきれない。…命が尽きても諦めきれない…そんな想いが、河原の石から、染み出すんだよ。」




「染み出した想いはな、似たような想いと集まり、束になり、終いには、燻り渦巻き燃え上がる、その炎から、悍ましき悪魔が湧くんだよ。」




「かつては、御仏はそれをもお許しになられていた。



 それもまた、 人の心だと。 」





「さりとて、御仏がお許しになられていたとしても、我ら獄卒は三途の河を護岸し、下流に排水機場を作るしかなかった。」




 増えすぎたんだよ。悪魔が。


 赤鬼は金棒を握り締める。

 ミキミキミキミキ)鬼の異形の腕が膨れ上がる。




「あまりに多くの亡者が押し寄せ、次から次へと限りなく積み重なる亡者の、澱(おり)、そして次から次から際限なく迷い出る悪魔は、ついに手に負えなくなったんだ。」



 

 「悪魔は泣き叫び牙を剥き出し、よだれを垂らしながら、もう、何一つ取り戻せないのに、理(ことわり)に背き、現世へと向かう。」





 「それを、鬼の力を以てしても、抑え込めなくなってきていた。」






青鬼が口を開く。


「それなら、亡者が渡る上流も護岸しては?」





赤鬼はすかさず(怒気


「バカ野郎! こんな、護岸された三途の川なんか亡者に見せられるわけないだろ。もし、河原を下ろうとする亡者がいたとしても、配置された獄卒が通さない!」




赤鬼の怒気は収まる(小声


「 …亡者はな、誰もが現世での人生を為しきって、出し切っているわけじゃない。そんな亡者は珍しいんだ。ある者は嫌々、渋々、ある者は無理やり、悔しくて悔しくて仕方ない、そんな亡者は、いや、ほとんどの亡者がそうだ。」




 亡者は普通、死んでも死にきれないんだよ。




「そんな亡者に、護岸された三途の川なんざ、見せられるかよ。現世の痛みを思い出させちまう。」





赤鬼と青鬼は、三途の川の上流を見る。




巨大な水門の上からは、護岸の末端、その先の河原…





「ゴウンゴウンゴウン」排水機の音がする。





ここからだと米粒程度にしか見えないが、三途の川にやってくる、亡者たちの行列が




ここからでも、かろうじて、見て取れる。


それは、長く…長く…続く行列… 





「ゴウンゴウンゴウン…ザーーーーー」





…排水機場は、大量の水を汲み、押し流す。


 数多の数多の、思いが溶けたその水を…






そんな排水機場の、水門の上に立つ鬼二匹





事情を知らない青鬼が心配そうに訪ねる。


「この排水機場の下流は大丈夫なんですか? ほら、思いの澱が悪魔になるって…」




赤鬼はもう、軽口だ。当たり前すぎて、話すことすら久しぶり。(ヤレヤレだぜ)


「ああ、それか、そりゃ気になるよな。けどな、そんなことは 考えなくてもいい んだよ。」




「見てみろ、ここは 河口近くだ。ここより下流は、…… 無いだろ。ほら 」





新入りの青鬼は半信半疑、ここから下流を、河口を、その先の 海 を眺める。




青鬼(ゴクリ


青鬼の目が見開かれる






三途の川が流れ着く先


人の想いが、行き着く先






その 海 は、霧に包まれ、波一つない水面は鏡のよう



それは、暗く、暗く、どこまでも、どこまでも続いている





その暗闇は、静謐は、御仏の慈悲すら飲み込むのだろうか







全てが生ずるより先んずる


海 が、流れ着くすべてを、飲み込んでいた。









---------------------------------







青鬼は去り、赤鬼が一匹




金棒握って立っている。




ジッ(金棒を見つめる





三途の川の対岸に向けて、目を凝らす。(ジッ



その対岸には常に靄(もや)がかかり、川を渡った亡者を見ることはできない。


(鬼は、対岸の様子を知ることかできない。)





鬼は、その金棒で鎮めてきた、悪魔たちのことを思い出す。




稀に、言葉を話す悪魔がいる。もちろん、話は通じない。




それらは口々に、同じようなことを叫ぶのみ。



 「あああ、帰してよ!」

 「これから戻るからな!!」

 「わたしを待ってるのよ!!」

 「俺が行くまで!行くまで!」




ギュウウウ)赤鬼は金棒を握る。




迷い出た悪魔の叫び声。それは、皆、


誰かのためのもの。





 御仏の言葉とされる


 「それもまた、人の心だ。」


 これは救いか、まやかしか。




鬼の目で見ることができるのは、


一度、一歩、河に入れば、もう振り返ることもしなくなる


そんな亡者の


列だけだ。







三途の川の流れが、亡者たちの何を清め流すのか、






その向こう岸には、何が、河から上がってきているのか、





ーーーーーー それは、彼岸 ーーーーーー





一匹の鬼には、知る由もない。














おわり






ーーー あとがき ーーー


作中には、仏教や伝承にインスパイアされた表現が登場しますが、いずれも特定の教義や史実を扱うものではありません。あくまで雰囲気としてのオリジナル作品であることをご理解の上、お読みいただけれたのなら幸いです。




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三途の川の排水機場 床の間ん @tokonoman

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