一様の生焼け

浦部やすし

一様の生焼け

病気で休職をしている。

毎日、布団の中で症状の嵐が過ぎ去るのを待つ生活をしている。

最近は、昼ごろに起きて、寝癖を立てたまま、ご飯を食べに外出するのが日課となっている。

これ以外の用事では外に出ない。

この昼の外出は、今日という日を他の日と区別可能にする唯一のイベントである。


この日は、家の近くの昼営業をしている焼肉屋に向かった。

店に入り、カルビ、ロース、ハラミの3種類が含まれている「ハッピー定食」を注文する。店内の客は自分一人のようだ。


この店にはかなりの頻度で来ている。

安い割に肉の質が良く、おばちゃんの接客も良い。

おばちゃんは、支払いの際に毎回、私のスマホから発される「PayPay」の決済音に合わせて、高い声で「ペイペイ!」とハモってくる。

これを笑っていいのかは、わからない。

おばちゃんは毎回真剣な顔で、支払いという作業における必須の工程のように、ペイペイ、と高らかに、しかし淡々と言い放つ。


焼肉屋のランチというものはかなり安い。一方で、夜営業は割高である。自分には手が届かない。

しかし、この2つは裏表で、夜営業の割高感が、昼営業のお手頃さを際立たせているのだと思う。逆もまた然りだ。


注文した肉が来たので、網に置く。

肉は、あまり焼かずに食べるのが好きだ。まだ肉の表面に赤みが残っているくらいが食べ頃だと思う。食中毒のリスクがあるというが、どうせ、なかなか治らない病気で苦しんでいるので、これ以上身体が負うリスクにはあまり興味がない。生食の裏にある健康リスクは、もう既に私の生活の表に顔を出している。


毎日ずっと、この病気のことを考えている。

病気で人生が著しく停滞している状況を、なんとか励ましてくれる言葉を検索することもある。

そうすると、「やまない雨はない」「ピンチはチャンス」といった言葉がでてくる。

しかし、雨というのはもともと止むように設計されている。またピンチというのは、それを切り抜けられる希望を含意している。(例えば、スポーツの試合終了後にピンチという言葉は使わないだろう。)

何が言いたいかというと、これらの言葉には「うまくいく」状況がはじめからくっつけられていて、それを裏表に言いかえただけである。「うまくいく」状況が見えない自分にとっては、いずれの言葉もフィクションの世界のものである。


そんなことを考えていると、肉を網の上で放置してしまっていることに気づく。ひっくり返さなくては。

裏側が焼けすぎてしまったかもしれない。

求めるものは一様の生焼けなのに。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

一様の生焼け 浦部やすし @shirobara1144

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画