最終話 圧巻

 突如ステージ上に現れた翔ちゃんは、ビジュアルの破壊力だけでその場の話題を独占していた。

 オーディエンスは、他の出場者そっちのけで「あの筋肉の歌が聴きたい」と切望しエールを送る。

 なんでこうなったのか全く読めないけど、見届けなきゃいけない気がする──。

 私はふたたび席につき、神妙な面持ちでステージを注視する。



 7人が歌って、全員がパッとしないレベルだった。特別上手い人も、目立つ人もいない。

 事前に気合いをいれて申し込み、練習を重ねてきたプロ志望の面々とは、やはり明確な実力差がある。

 ここからはもう見なくていいかと、席を立つ人は多い。


 けれど、次はようやく翔ちゃんの番だ。

 何を歌うんだろう。何を考えてるんだろう……。


 司会者に呼ばれてステージ中央に立つ翔ちゃんは、学校の制服を着ている。

 周囲はやっとコイツの出番が来たと沸き立ち、歌う前から熱気に満ちていた。


「ぼくの好きな子が、今日ここに来ています。ぼくには何の取り柄もなくて、何をやってもだめです。ただ、歌は……歌うことだけは、ここ数年本気を出したことがありません。自分の力が怖いからです。力がありすぎることを、知っているからです」


 他の参加者は一切しなかった自己紹介を、滔々と語る翔ちゃん。

 ただ、その場にいる誰もが彼の言葉に聞き入っていた。真に迫るものがあったからだ。


 そういえば翔ちゃんは、秘密にしててもいつも私の居場所を知っていたっけ。

 今日も朝から、後をつけられていたのかも。

 

「さゆちゃんのために歌います……夢が丘高校校歌!!」


 えっ、選曲校歌?

 もっと他にあるでしょと、頬がひきつった。

 けれどそのあと、思い切り息を吸い込んで上半身がパンパンに膨張した翔ちゃんが出した歌声に、会場全体が揺れた。


「ふりそそぐあさのぉぉぉぉぉ!!!! ひかりぃぃぃぃ!!!!」


 すさまじい圧と衝撃が会場全体を貫き、窓ガラスが割れる。

 ガタガタと椅子が縦揺れし、鼓膜が逝きそうになる。私も周囲も、すぐさま耳をふさいだ。

 ビリビリと声は割れ、司会者は卒倒し、泡を吹いている。座ったまま白目を剥きぐったりと力尽きたオーディエンスが続出する異様な事態だ。

 声量がえげつない。もはや人が出せるボリュームを越えており、兵器の域に達している。

 そっか。翔ちゃんは自分の声量が規格外なことに気づいていたんだね。だから今まで小声でしか言葉を発しなかったんだ。

 やっぱりさ、やりすぎなんだよ、君……。

 私は一筋の涙を流しながら、そこで意識を失った。



 目覚めたら、自室のベッドの上だった。

 視界に入るのは、翔ちゃんと笹岡くんの心配そうな顔。


「あれ……二人とも、そばにいてくれたの? 歌唱グランプリは? どうなった?」


「ぼくたちは入賞できなかった。でもね、また1から頑張るよ!」


「そう! 俺、肉乃宮くんの歌に惚れてさ! どうしても二人で音楽やりたいって誘ったんだ!」


「えっっっ」


 何か意気投合してるーー!!

 確かにどこか波長は合ってる気がするけどさ!

 組むの!? それぞれ単体でも凶悪なのに!? 

 

「それじゃ、俺たちそろそろ行くよ! 今日から忙しくなるぞぉ! 音楽に青春かけような!」


「うん! じゃあね、さゆちゃん。ぼく、はじめてやりたいことが見つかった! 見てて!」


 二人ははじけるような笑顔で互いの背中を叩き合い、熱く談笑しながら部屋を出ていった。

 

 こんなのってある!?

 なによお! 私を取り合う展開じゃなかったのー!?

 ぽつりと一人取り残され、大きく崩れ落ちた私は、頬をつたう涙をぬぐいながら、置いてけぼりにされた悔しさに押し潰されていた。

 


 それから1ヶ月が経ち、私はボイストレーニングに通いはじめた。

 ここからよ。見てなさいよ、翔ちゃん、笹岡くん!

 あのあと二人はユニットを組み、Metubeに尖りすぎた歌唱動画を次々とアップしている。めちゃくちゃ楽しそうだ。

 青春という光を手にした二人が、心底羨ましかった。

 だから私も動く。仲間にいれてもらうために。

  

 私が音楽の道で二人を認めさせるまで、まだまだ物語は終わらない。

 私が人間を超越する日こそが、この物語の真のエンディングだ。

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しょうちゃんやりすぎ!~ガチムチ幼馴染みの狂愛~ 三咲ゆま @nkf_misaki

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