第10話 人間怖い

ウッドウルフの群れを蹴散らし、ホーンボアにも一矢報いた帰り道。


俺――攻殻戦士〈シェルストライカー〉と化した元・ただの貝は、リリアの腕にガントレット形態で装着されたまま、ギルドの扉をくぐった。


「た、ただいま戻りましたっ! ウッドウルフ群れ駆除、完了です!」


いつもより少しだけ大きな声で、リリアが受付カウンターに報告する。


「はい、おかえりなさい、リリアちゃん。えっと……討伐数の確認ね」


ミーナが慣れた手つきで書類を受け取りつつ、ちらりと俺を――というか、殻ガントレットを一瞥する。


視線が、前より明らかに増えた。


酒場スペースからも、テーブルからも、ちらほらと。


そりゃそうか。


だって俺、今――。


リリアの心の中の声が、こっちにまで伝わってきそうな勢いで震えていた。


(……貝くん、今日めちゃくちゃ頑張ってくれたもん……!)


……その呼び方、定着させる気か。


まあいい。頑張ったのは事実だ。


せっかくだから、ここで一度、現在の俺の状態を確認しておく。


意識を内側に向けると、いつものシステムウィンドウが静かに展開した。


◇ ◇ ◇


【名前】カイズカ・カイト

【種族】攻殻戦士〈シェルストライカー〉(契約魔物/防具・前衛ハイブリッド)

【レベル】6

【HP】25/25

【MP】 9/ 9

【攻撃】10

【防御】40

【敏捷】 6

【知力】――(表示不可)


【スキル】

・《硬殻防御 Lv2》

・《殻タックル Lv2》

・《殻ラッシュ Lv1》

・《武装変形(殻) Lv1》

・《死んだふり LvMAX》

・《陰の観察者》

・《観戦解析 Lv2》


【称号】

・〈異界からの転生者〉

・〈根っからの陰キャ〉

・〈特殊性癖:貝願望〉(※効果はありません)


【次の進化判定】レベル10到達時


◇ ◇ ◇


うん、防御40ってなんだよ。


自分で見ても引く数値だ。


ギルドの帳簿で見た、そこそこ名の知れたEランク前衛戦士のステータスが、防御25前後だったのを思い出す。


(……これ、俺、もうすでにちょっとおかしい部類なんじゃ)


いや、わかってたけど。


わかってたけど、数字で突きつけられると、改めて実感する。


「えーっと、ウッドウルフ三頭分の証拠部位、確認しました。追加でホーンボアの毛皮も? あれ、護衛だけじゃなかったの?」


ミーナが目を丸くする。


「え、えへへ……その、貝くんが、すごくて……」


「……“防具のくせに前に出て殴る殻ガントレットを振り回す”って、ライナスから報告上がってるんだけど?」


「うっ」


さっそく報告されていた。ライナス仕事が早いな。


「報酬は、これね。依頼達成おめでとう、リリアちゃん。それと――貝くん、って呼んでいいのかしら?」


ミーナが、わずかにおどけた笑みをこちらに向けてくる。


(今さら“くん付け”に照れる年齢でもないけどさ……)


心の中でぼやきつつ、俺はガントレットの殻をコツンと軽く鳴らした。リリアがそれに気づいて、慌てて頭を下げる。


「よ、よかったね、貝くん! ほら、お礼言ってる!」


「ふふ、こちらこそ、お仕事ありがとうね」


そんな和やかな空気が、ギルドの一角に広がる――はずだったのだが。


「――おい」


低く、やや刺々しい声が、その空気を断ち切った。


声のほうを向くと、カウンター近くの柱にもたれていた男が、こちらを見下ろしている。


短く刈った金髪。やや吊り上がった目。体つきはガロウより一回り細いが、身のこなしに無駄がない。腰には使い込まれた片手剣。


ギルドの掲示板で見かけた顔だ。Dランク剣士、バルドとかいう名前だったはず。


「その殻、ちょっと見せろよ」


「あ、あの……今、貝くんは――」


「“くん”付けしてんじゃねえよ。魔物だろうが」


リリアの言葉を、バルドが鼻で笑って切り捨てる。


周囲の空気が、少しだけ変わったのがわかった。


酒場テーブルの何人かが、こっそりこちらに視線を向ける。面白そうな見世物が始まる、とでも言いたげな眼だ。


(あー……これが、ガロウさんが言ってた“人間絡みのトラブル”ってやつか)


なんとなく察する。たぶん、俺が強くなってきたことで、面倒なやつも寄ってくるパターン。


テンプレ、と言えばテンプレだが――当事者になると、胃が痛い。


「Dランクのバルドさん。なにか、ご用件でしょうか?」


ミーナが、仕事モードの笑顔で割って入る。


「用件? 決まってんだろ。そいつだよ」


顎で、俺をしゃくる。


「報告書、見たぜ。スライム連戦から、ゴブリン、ホーンボア、ウッドウルフ。ぜんぶ“前衛として”殴ってるってな」


こいつ、ちゃんと報告読んでるタイプか。


「それが、なにか問題でも?」


「あるに決まってんだろ」


バルドは一歩近づき、リリアと俺の距離を詰めてくる。


「Fランクのひよっこが扱うには、強すぎる」


ああ、そう来たか。


「契約魔物に関する内規、知ってるか?」


「え、えっと……あんまり詳しくは……」


「“一定以上の成長性を持つ個体を、低ランク冒険者一人に任せるのは危険”――そういう規定だ。俺たちだって、昔、似たようなことで仲間を一人失ってんだよ」


バルドの目に、一瞬だけ本物の怒りが宿った。


それは、単なる嫉妬だけじゃない。記憶の底に刺さった、何かだ。


「……魔人化、ですか?」


ミーナが、小さく尋ねる。


その単語に、空気がさらに少し重くなった。


俺も、思わず内心で反応する。


(また出てきたな、“魔人”)


セラフィナが鑑定したときにも、オルドとミーナの会話の端々に出てきた言葉。


人化した魔物。人間並みの知性を持ち、契約を一方的に破棄し、人を襲った存在。


この世界で、もっとも恐れられている“進化の先”のひとつ。


「……お前らも覚えてんだろ。三年前の“契約破棄事件”」


バルドが吐き捨てるように言うと、近くのテーブルで飲んでいた男が、ビクリと肩を震わせた。


「上位種の狼型契約魔物が、人型になって、“対等契約”に変わった途端、パーティーメンバーを――」


「バルドさん」


いつの間にか近づいてきていたオルドが、その言葉を遮った。


年季の入った重いブーツが、床を鳴らす。


「ここはギルドだ。詳細を、ここで軽々しく口にするな。遺族もいる」


「……悪い」


バルドが舌打ちし、肩をすくめた。


だが、視線は依然として鋭いまま、リリアと俺を射抜いている。


「ただな、所長。俺は言ってるんだ。あの殻は、危険だってな」


「根拠は?」


「高位鑑定師セラフィナ様の鑑定結果だ。『成長率:異常値』『思考波形:人型に近似』――だったか? ここにいた連中、耳にしてんだろ」


ギルド内がざわつく。


(おい、そういう大事な情報、もう半分くらい筒抜けになってんのかよ)


陰キャ心がざわざわする。


マジで勘弁してほしい。


「それに、成長速度もおかしい。レベル6で防御40? そんなもん、普通の殻系の上位種でもそうそういねぇ」


それは、まあ、その通りなんだが。


心の中で苦笑いするしかない。


「だからよ、所長。俺に預けろ」


「は?」


思わず、リリアとミーナとオルドの声が重なった。


「俺のパーティーで使ってやる。俺なら、ちゃんと力を制御してやれる。Fランクの小娘一人より、よっぽどマシだろ」


出た。「使ってやる」とか言っちゃうタイプだ。


お前、それ、人間関係でもすれ違い起こすやつだぞ。


「そ、それは――!」


リリアの手が、ぎゅっと俺を握り締める。殻に、かすかに震えが伝わってきた。


「貝くんは、私の、大事な……!」


「お前に扱いきれるのかよ? もしそいつが魔人になったら、真っ先に食い殺されるのはお前だぞ」


バルドの言葉は、ある意味では現実的だ。


この世界の常識で言えば、彼の言い分には一理ある。感情を取り除けば、なおさら。


だからこそ、タチが悪い。


(……確かにさ)


俺だって、頭ではわかっている。


セラフィナが鑑定したときの、“思考波形が人間に近い”って話。


あれは、ただの比喩じゃない。


この世界のシステム的な“事実”だ。


知性が高くなればなるほど、“人化”って進化ルートが見えてくる。


〈異界からの転生者〉って称号まで持っている俺が、その対象から外れるわけがない。


「このままだと、あの子が危ない――そう言いたいのよね、バルド」


ミーナが、ため息まじりに言う。


「ああ」


「だったら最初からそう言いなさいよ。“預けろ”じゃなくて」


「言い方なんざどうでもいいだろ」


「全然よくないわよ」


バルドとミーナが火花を散らすように言い合っている。その横で、オルドが静かに口を開いた。


「――リリア・マーシュ」


「は、はいっ!」


リリアが背筋を伸ばす。俺もつられて、貝柱を伸ばした……気になった。


「お前は、どうしたい?」


「え?」


きょとんとするリリアに、オルドはゆっくりと言葉を続ける。


「契約魔物の扱いは、基本的に契約者本人の意思を尊重する。それがギルドの方針だ」


オルドの視線が、一瞬だけ俺に向く。


“お前はどうだ?”と、目が語っている気がした。


だが、俺は何も言えない。


言葉を持たない殻は、こういうとき、本当に不便だ。


「危険は、ある。バルドの言う通りだ。こいつの成長率は、正直、異常だ。高位鑑定師も“要観察”と言っていた」


「…………」


「それでも、なお。お前は、その殻と、一緒に進みたいか?」


しん、と空気が静まり返る。


酒場スペースで飲んでいた連中も、いつの間にか話をやめて、こちらを見ていた。


リリアは――うつむいた。


震える手で、そっと俺の殻を撫でる。


「……怖く、ないって言ったら、嘘になる、と思います」


小さな声が、ギルドの床に落ちる。


けれど、その声には、はっきりとした色があった。


「でも……貝くんがいなかったら、私は、今ここに立ってないです。スライムのときも、ゴブリンのときも、ウッドウルフのときも……ぜんぶ、貝くんが、前で守ってくれました」


指先に、少しだけ力がこもる。


「だから、その……もし、貝くんが、私のことを嫌じゃないって思ってくれてるなら……!」


(嫌なわけあるか)


即答だった。


心の中では、だけど。


バルドが舌打ちする気配がした。


「……全部、“もし”だ。“もし、魔人なんかにならなかったら”って前提の上に立ってる」


「そうね」


オルドが頷く。


「だが、“もし”を積み上げなければ、一歩も前には進めん」


短く息を吐き、オルドはカウンターの内側に立ったまま、宣言した。


「ギルドとしては、当面、リリア・マーシュと、その契約魔物〈シェルストライカー〉のコンビの活動を認める」


「所長!」


ミーナが、安堵の息を漏らす。


「ただし、条件を付ける」


「条件?」


「一つ。原則として、“パーティーを組んだ状態で”依頼を受けること。単独での高難度依頼は、しばらく禁止だ」


「……はい!」


「二つ。今後、こいつに“人型への兆候”が見られた場合、すぐに報告すること。隠して活動を続けた場合、ギルドとしては、相応の処分を下す」


“処分”。


その言葉の重さに、リリアの肩がびくりと震える。


「三つ目は、俺からの“お願い”だ」


オルドが、少しだけ表情を和らげた。


「お前が、本当に危険を感じたとき――そのときは、迷わず逃げろ。契約がどうとか、責任がどうとか、そのあとでいい。まずは、お前自身を守れ」


「……っ」


リリアが唇を噛む。


その横で、バルドが苦々しげに言った。


「所長、それじゃ――」


「バルド。お前の懸念は理解した。その上での判断だ。異論は、あるか?」


「……ねえよ。所長の決定には従うさ」


そう言って、バルドは俺を睨みつけ――ふん、と鼻を鳴らして背を向けた。


「ただ、そのガキから目を離すなよ。あの殻が暴れたとき、一番危ねえのはあいつなんだからな」


バルドが遠ざかっていく背中を見送りながら、ギルドのざわめきは、徐々に元の調子を取り戻していく。


ミーナが、リリアに小さく微笑んだ。


「……ごめんね、怖い思いさせて」


「い、いえ……私のほうこそ、その……」


「心配してくれてる人も、本気で嫌ってる人も、両方いる。今の、あなたと貝くんの立ち位置は、そういうところなの」


ミーナの言葉は、優しいけれど、甘くはなかった。


「だからこそ、ちゃんと強くなって、“それでも大丈夫”って証明していかなきゃね」


「……はい」


リリアが、きゅっと拳――というか貝ガントレットを握り直す。


その中身である俺はというと。


(……“それでも大丈夫”って、言い切れる自信なんか、今のところ全然ないんだけどな)


苦笑いしか出てこない。


だってそうだろう。


この世界のシステムのどこか深いところで、俺の“魂の成熟度”とか“世界とのリンク”とか、そういうパラメータが、じわじわと上がっているのだとしたら。


いつか、進化画面に、“特殊進化:人化”なんていう項目が、ぽん、と出てくる日が来るかもしれない。


そのとき、俺は――どうする?


「……貝くん?」


リリアの小さな声に、ハッと意識を戻す。


「だ、大丈夫? さっきから、なんか黙っちゃって……」


俺は、殻ガントレットの指部分を、コツコツとリリアの腕に二回、軽く当てた。


“問題ない”のつもりだ。


リリアは、ほっとしたように微笑む。


「うん。ありがと」


その笑顔を見た瞬間――胸の代わりに、貝柱が、ぎゅっと締め付けられるような感覚がした。


たぶん、これが、心ってやつなんだろう。


その“心”が、耳元で小さく囁く。


(……やっぱり、俺が一緒にいることで、この子を危険に晒すんじゃないか)


さっきのバルドの言葉が、頭の中でリフレインする。


『もしそいつが魔人になったら、真っ先に食い殺されるのはお前だぞ』


(俺が魔人になるかどうかなんて、自分でもわかんねぇのに)


自嘲混じりにそう思いつつ――同時に、別の考えも浮かぶ。


(……だからこそ、俺のほうが、先に“身を引く”必要が出てくるのかもしれない)


今はまだ、レベル6。進化段階も、まだ一段階目だ。


人化の“ひ”の字も、進化候補画面には出てこない。


それでも、この世界の人間たちは、もう俺を“将来の災厄候補”として、どこかで線を引いて見ている。


それは、バルドだけじゃない。


オルドも、ミーナも、たぶんセラフィナも。


善人か悪人かなんて関係ない。ただ、彼らなりの“防衛本能”だ。


(……人間って、やっぱり怖いわ)


思わず、そんな感想がこぼれる。


魔物相手に戦っているときは、自分の殻が砕けることだけを気にしていればよかった。


でも、人間相手になると、そうはいかない。


俺のせいで、リリアの人生まで砕けるかもしれないのだから。


「――リリア、カイト」


オルドが、改めて俺たちに声をかけてきた。


「今日はこのあと、少し時間はあるか?」


「え? えっと、貝くんはどうかな……私は、大丈夫です」


俺は、コツン、と一度だけ殻を鳴らす。


“問題ないよ”のサイン。


「よし。だったら、少し話をしよう」


オルドの表情は、いつもの飄々としたものではなく、ギルド所長としての、硬い顔だった。


「契約魔物と、それに関わる“過去の事件”について。お前たちが、この先を歩いていく上で、避けては通れない話だ」


リリアが、ごくりと喉を鳴らす。


俺も、内心で同じように唾を飲み込んだ。


(……とうとう、“本格的なレクチャー回”か)


ゲーム脳が、妙な方向でメタな感想を漏らす。


けれど、その内容が、きっと楽しいものではないことぐらい、今の俺にもわかる。


人化――魔人――契約破棄――。


俺が、いつか選ぶかもしれない道。


そして、そのとき、俺が“選ばなきゃいけない”こと。


その第一歩が、今、ここから始まろうとしていた。


だけど。


リリアの腕に装着されたままの俺は、その重さごと、前に進むしかないのだ。


陰キャだろうが貝だろうが、この世界は待ってくれない。


そうして俺たちは、オルドの執務室へと向かった。

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根っからの陰キャ貝になりたいと願ったら本当に貝になった話 悪玉菌 @akudama-kin

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