第27話 会談と密談
王都の大通りは多くの人々であふれかえっており、その瞬間を今か今かと待っていた。やがて遠くにキラリと光るものが徐々に近寄ってくると、先程までざわざわしていた人々は静まり返り、固唾をのむ。彼らの前を通り過ぎていく白い馬車の車列は、それほどまでに荘厳で美しい。木の枝と葉を象った様な装飾と、所々に散りばめられた宝石。馬車を引く馬は白馬で、馬具にも凝った装飾が施されていた。馬車の両脇を固めるように軍馬が一定の間隔で並走し、その馬に跨る者も、そして馬車の御者も人間ではない。人間よりも長い尖った耳をもち、皆サラサラと透けるような髪。そして何より、男性、女性を問わず美しい顔立ち。まるでそこだけ神話の世界の様に輝いて見えて、それを見つめる人々はただただため息を漏らすことしかできない。
白く輝く隊列の向かう先は王城で、城に近づくと鎧を着た兵士たちが道の両側に整列して一行を迎える。そして王城の正門には、片側にこの国、ブリュースター王国の国旗が、そしてもう片側にはエルフの国であるヴィアール国の国旗が掲揚されている。そう、今日はこの二つの国の会談が行われるのだ。
ブリュースター王国があるこの地はかつて広大な森が広がる地だった。人間がこの森に入るずっと以前からエルフの国であるヴィアール国はこの地に存在していて、彼らは自然と共生していたのだ。やがて人々が山や森を開拓して村ができ、そこはやがて町となって国が形成されていく。その間、人間とエルフの交流がなかった訳ではないが、お互い干渉しないことが暗黙の了解となっていた。ブリュースターの歴史上幾度か隣国との戦争はあったが、幸いヴィアール国が巻き込まれることはなく図らずもブリュースターがエルフの国を守る形となっていた。
その様な関係の二国ではあったが、正式に国交が成立している訳ではない。比較的エルフに寛容な国なのでヴィアール国に近い街ではエルフを見かけることもあるが、それはあくまで民間の交流だった。これまで幾度となくブリュースター側から同盟の話を持ちかけていたのだが、今回ようやくエルフたちが応えたのである。
王城で一番大きい謁見の間。玉座には国王ライオネルと王妃、それに王子のニコラスの姿がある。そこから幅広い赤い絨毯が正面の重厚な扉まで伸びており、その両脇を役人や兵士が固めている。彼らは訪問者が到着するのを今か今かと待っていた。
やがて扉がゆっくりと開き、そこにはエルフの族長ベルトランの姿が。背後に数十名のエルフを従えているが、全員統一された白い衣装を身にまとい神々しいまでに輝いて見える。その場にいた人間は誰しもその様子に見とれ、そして感嘆のため息を漏らすことしかできないのだった。エルフの一団が赤い絨毯の上を進み真ん中ほどまで来た時、ライオネル王は立ち上がって玉座から降りる。普段ではあり得ないことだが、これは彼なりのエルフに対する敬意の現れだった。ヴィアールを支配するのではなく、あくまでも対等な関係であることを示したかったのである。
ライオネル王はそのまま絨毯の上を進みエルフの族長の前に立つと。二人はしばし視線を交わした後、自然に右手を差し出してしっかりと握手をする。
「良くぞ来てくださった。我々は貴方たちを歓迎します」
「ブリュースターの皆様にお会いできたことを嬉しく思う」
少し緊張した面持ちだったが、二人が握手するのを見て自然に拍手が起こり、やがてそれは部屋中の人々を飲み込んでいった。歴史に残る、人とエルフの同盟が成立した瞬間である。
その後部屋を移して、ライオネル王とベルトラン族長を中心として会談が行われた。初めての正式な会談だったためお互いの主張や要望を述べることが中心だったが、今後も継続して定期的に実務的な会合を行うことが約束される。生活の様式や文化、歴史など、人とエルフでは異なるところも多く、まだまだ調整が必要な事項も多かったが議論は概ね和やかな雰囲気の下で行われ、初回としては両者とも満足の行く結果となった。
会談後には歓迎の宴が行われ、ライオネル王とベルトラン族長は同盟の象徴として玉座に並んで座る。酒や食事も準備されたが二人ともほとんど飲み食いすることはなく、お互い会話を交わしたり役人たちからの挨拶を受けたり。会場でも交流が盛んに行われており、懸念していた種族の壁は何とか乗り越えられそうだと手応えを感じる二人だった。
初日の予定を全て終え、準備された客間にベルトランが戻ったのは夜九時を過ぎた頃。長命のエルフとは言え緊張はするし、ほっと気を抜けば腹も減ってくる。ブリュースター側はエルフが肉類を口にしないことを理解していて部屋には果物が数種入ったかごが置かれていたが、果物では酒も進まないし何か物足りない。そんな時、ふと脳裏を以前森の中の屋台で食べた「おでん」がよぎる。そう言えばあの店主はブリュースターでも開店していたと言っていたが、今もこの近くにいるのだろうか、そんなことを考えていた。
「コンコン……ベルトラン様、こちらの国の騎士団長なるものが来ています」
「通してくれ」
「はっ!」
扉の外からの呼びかけに応えると、扉が開いて美しくも凛々しい金髪の女性が現れた。
「騎士団長のヘーゼルと申します。王が是非ベルトラン様をお招きしたいと。お疲れでなければご案内致します」
「うむ、折角のご厚意だ。伺うとしよう」
ヘーゼルに付いて行くと途中で別の騎士が合流し、そのまま建物の外へ。そこから人気のない通用口に向かい、小さな扉の前でローブを着た人物が待っていた……ライオネル王だ。ベルトランも騎士からローブを渡されたのでそれを着込み、そのまま城を出て夜の街を川沿いに進む。やがてぼんやりとした灯りが見え、温かいその光が見る者を招いている様にすら感じられた。ライオネル王は何の抵抗もなくその灯りへと近づき、そして暖簾を手で軽くかき分けて席に着く。もちろんベルトランもそれに続いた。
「店主、久しいな」
「いらっしゃい。エルフの族長さんもご無沙汰しております」
「うむ、今夜は君がここに来ている、そんな気がしていたよ」
憲児とエルフの族長が顔見知りだったことに驚いた様子のライオネル王。ここの酒も料理も美味いので、是非エルフの族長にも味わってもらおう、そう考えていたのだ。
「二人とも知り合いだったか」
「以前に別の場所で来店頂いたんですよ。今夜はエルフの族長さんに合わせて、いつもとは少し違う具材になりますが、よろしいですか?」
「おお、そうであったな。おでんのことばかり考えて、そのことをすっかり忘れておったわ。ベルトラン殿、申し訳ない」
「いえ、この者ならそこは察して準備してくれていると信じておりましたゆえ」
ベルトランは憲児が神の依頼で異世界からこちらに来ていることを知っていたが、そこは上手く濁してくれていた。
「お二人とも、熱燗でよろしいですか?」
「うむ」
「まさかライオネル王とこの様な形で酒を酌み交わせるとは、光栄ですな」
「私もだ」
程なく二人の前に徳利とお猪口が用意され、憲児が二人のお猪口に酒を注ぐと仄かに湯気が漂い爽やかな日本酒の香りが二人の鼻をくすぐる。続いて憲児がチョイスしたおでんの具を並べた皿も二人の前へ。それを見てベルトランは一瞬驚いた様子を見せた。
「これは……たまごでは? それにこちらはソーセージか?」
「どちらも、『の、様なもの』です。植物由来の材料だけを作ったので、族長さんに食べて頂けると思います」
「ほほう、これが本物ではないとは!」
まずは二人ともお猪口を手にし、軽く縁を接触させると『チンッ』と鈴のような音が鳴り液体の表面に小さな波が広がっていく。
「この歴史的な日を祝して」
「人族とエルフ族が今後も末永く良き隣人であることを願って」
程よい熱さの酒を一気に口に含むと、目を閉じてその味と鼻に抜けるアルコールの感覚に酔う二人。
「以前に飲んだ酒も美味かったが、今宵の酒は更に味わい深いな」
「確かに、爽やかであるのに深みがある。体の中が清められた様だ」
ベルトランはたまごに似た具材が気になる様で、一番最初にフォークを使って半分に切り分けていた。中から黄身が出てきて更に驚いていた。ライオネル王はソーセージを頬張る。
「茹でたたまごを見たことはあるが、ここまで再現しているとは! これは本当にたまごではないのか?」
「はい。白身の部分は寒天と言って、海藻から取れる成分と豆の成分を混ぜたもので、黄身の部分は小麦とこちらも豆の成分を混ぜて着色したものですね」
「ソーセージも本物よりはあっさりしてるが、食感はほぼ一緒じゃ! これはこれで美味い!」
「有り難うございます」
入ってきた時にはまだ少し二人の間に遠慮があった様に感じたが、酒のお陰もあってすぐに解れた雰囲気となった。城では形式張った儀式的な会談だったが、密談ながら二つの種族の代表がこうして酒を酌み交わしたことで、二国の本当の意味での親交が始まった瞬間だった。
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異世界人情おでん屋台 たおたお @TaoTao_Marudora
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