第26話 新しい具材

 今日は休日で、朝からドライブにでかけていた憲児。愛車の調子も良く、オープンにすると少し肌寒い季節ながら、シートヒーターがいい具合に体を温めてくれる。幸いにして憲児が住んでいる場所からは沢山のドライブコースがあり、海沿いのコースや峠のコースを好きな音楽を聴きながらのんびり走るのが何よりの贅沢。ドライブ中に見つけた店にふらっと入って食事をするのも楽しみの一つになっていた。


 今日も海沿いのコースを走って、たまたま見つけた寿司屋で昼食を食べていると、スマホにメッセージが届く。


『憲児さん、良かったら今日、店に立ち寄ってもらえますか?』


 いつもの豆腐屋の店主からで、以前エルフの族長向けに店を出した際に色々と『動物性の材料を使わないおでん具材』を作ってくれた彼だ。あれからもどうやら新しい具材の開発をしていたらしく、新作ができたとのこと。そう言えば以前神様が『王とエルフの族長の会談』と言っていたから、近々また具材が必要になるかも知れない、そう考えてドライブ帰りに立ち寄ることにして、店主に返信しておく。


 店に着くと店主がテンション高めに寄ってきて、中に通された。どうやらよほどの自信作らしく、早く憲児に見せたい様子。ステンレス製の作業台を前に丸椅子に座って待っていると、店主が業務用の冷蔵庫から何やらいそいそと取り出して持ってくる。


「憲児さんに早くこれを見せたくて!」

「どれどれ……」


 憲児の目の前に並べられたのは、ソーセージとゆでたまご。ぱっと見、普通のソーセージとゆでたまごだ。店主はまずゆでたまごを包丁で二つに切り分ける。中からは普通に黄身が出てきて、何か仕組みがある様にも思えない。


「???」

「食べてみてください」


 勧められて半分のゆでたまごを口に運ぶ。そしてそれを噛んで味わってようやく、それがたまごではないことに気がついた。


「こ、これ、普通のたまごじゃないのか!?」

「白身は豆腐と寒天を混ぜたもので、黄身はおからと小麦、あと少し寒天も混ぜて固めてあります」

「この黄色はターメリックか? いや、驚いた!」

「寒天を使っているので、八十度ぐらいになると柔らかくなっちゃうんですが……」

「大丈夫、おでんの出汁はそこまで高くないからな。それにしても、白身部分の真ん中に良く黄身を持ってこれたね」

「ハハハ、知り合いに頼んで、3Dプリンターで専用の型を作ってもらったんですよ。切る前は上に穴が開いてるでしょう? 中に細い棒があって、そこにあらかじめ固めた黄身を刺してから白身を流し込みます」


 しかし、彼の探究心は相当なものだ。本来のゆでたまごの味とは若干異なっているが、食感は良く再現されている。黄身のパサパサした感じも良くできていた。おでんの出汁を吸えば更に美味しくなるだろう。


 もう片方のソーセージは、大豆ミートやおから、あとは野菜を細かくしたもので具を作り、これをケーシングしたものらしい。


「プラントベース羊腸って言うものがあったので、一度使ってみたかったんですよね。どうです? 食感もなかなかじゃないですか?」

「言われなければ分からないよ。いやしかし、植物性でここまでできるとはね! そうだ、一度ウチで植物性の具材だけでおでん作るから食べに来ない?」

「いいんですか!? 是非!」


 そろそろ神様から異世界へのお誘いがあるはずと考え、今回の試作品の他にも前回作ってもらった団子や平天なども購入して、豆腐屋店主と共に家に戻った憲児。普段屋台を置いてあるガレージは結構な広さがあり、中でもおでん屋を開店できる。手伝ってもらって準備を進めると、ぱっと見は普通と変わりのないおでんが出来上がった。


「たまごとソーセージがあると一気に充実した感じになるな!」

「そうですね。見た感じは動物性タンパク質が一切入ってないなんて分かりませんね!」

「よし! じゃあそっちに座ってくれ。酒はビールでいいかな? 今日はおごりだから存分に飲み食いしてくれ」

「いいんですか!?」

「もちろん。俺もたまごやソーセージの味見はさせてもらうけどな」


 エルフの族長向けのおでんは、昆布だけで出汁を取るのでいつもより透明で少しあっさりしている。そこに野菜から出る味が加わってとてもヘルシーなスープとなっている。油で揚げた平天なども入っているので油分も加わるが、それも植物性の油。それでもこれだけ多くの具材が入っていると、コクが出ていつもとは違うがしっかりとした旨味が感じられた。


「やっぱり本当のたまごの様にはいきませんが、これはこれで美味しいですね。寒天を使ったので温めると柔らかくなるかと思いましたが、プリッとした食感が残ってる」

「たまご自体の味は繊細だから、なかなか味まで再現することは難しいと思う。でも、このたまごもおでんの出汁で煮たことで味が更に引き締まったよ。これはこれでアリだな」


 ソーセージの方は皮を噛み切った時のパリッとした食感があって、大豆ミートながら旨味もある。これは多分大豆以外に加えてある野菜や油分のお陰だろう。


「うん、ソーセージは本物に近いな!」

「そうですね! 切り込みを入れてもらったところからいい感じに出汁が染み込んで、塩分も程よくなってる。実は作った時はもう少し塩分が多くても良かったかと思ってたんです」

「これは普通のおでんに入れてあっても人気がでるかもな。特に女性には」

「あー、そうですね。女性向けならこれらの具材は需要があるかも知れません。ノリで色々と作っちゃいましたが、憲児さん以外に使ってもらう予定がなかったので」

「アハハハ、色々お願いして申し訳なかったね。昔取った杵柄で食品メーカーにはコネもあるから、いつでも言ってくれよ。女性向けやヴィーガン向けの食材に興味あるところも多いからさ」

「はい! お願いします!」


 普段の客とは話すことのない食材や食品メーカーの話で盛り上がり、存分におでんとお酒を楽しんで豆腐屋の店主は帰って行った。そして次の朝、神様からメッセージが入る。


『やあ! エルフの族長向けのおでんは更にパワーアップしたみたいだね! あちらの世界でブリュースター国王とエルフの族長の会談が行われるから、今夜、あっちで開店してくれるかな? 追伸:僕もそのおでん、食べてみたいなあ』


 そして今回もしっかり『お疲れ様です!』と書かれた、神様がビールジョッキを持ったスタンプが使われていた。

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