【短編・エッセイ】近況ノートの使い方

武州青嵐(さくら青嵐)

近況ノートの使い方

 みなさんは、近況ノートをどのように活用されているだろう。

 自作の宣伝であったり、更新頻度のお知らせ。コンテストの当落報告などが多いように思う。

 かくいう私も、自作の宣伝がほとんど。


 ただ、まくらとして冒頭に近況を書く。


 だいたいが、たわいのないことだ。

 愛犬の様子だったり、日常で起きたちょっとしたことだったり……。


 今回の一件もそうだった。

 11/22に更新した近況ノート記事である。

「足裏の怪我が治らない」という内容のものだ。


 詳細は省くが、11/7に受傷した。

 剣道の稽古中、剣道場の床板がささくれていることに気づかず、ざっくりと足裏を切ったのだ。


 怪我直後は「ほかにも危険個所があるかも」という確認と、血を止めなくてはと焦っていて、あまり痛みは感じなかった。


 痛み止めを服用するほどになったのは帰宅してから。

 傷口はシャワーでよく洗ったが、腫れ始めた。すこぶる痛い。


 頭に浮かんだのは『ダイ・ハード』の主人公だ。


 彼は銃を乱射しながら、割れた窓ガラスの上を走った。愛する妻のもとに行くために。


 当然足裏はザクザクに切れ、敵と電話しながら刺さった破片を抜き、「くそったれめ」とか罵っていた。


 たった一か所切っただけなのに、この痛さ。

 彼の感じた痛みはどれほどであったかと思いをはせながら、酒を呑んで誤魔化した。


 そこから、である。

 治らないのだ。


 私としては、数日もすれば腫れも引き、かさぶたになって完治するだろうと思っていた。


 そうはならない。なぜだ。

 腫れはそのままで、痛みだけが若干毎日やわらいでいく。だが、足裏をしっかりつけるなど到底無理だ。痛い。


 首を傾げつつも、いろいろあって、それ以降5日ほど剣道の稽古はしていた。

(言い訳するわけではないが、大事な大会を控えている生徒がいて、その練習相手が必要だった)


 毎晩、かかとを見るが、じわじわ血が出ている。どうして血が止まらないんだろう。


 それよりなにより、この腫れはなんだろう。

 まさかと思うが、内部で膿んでいるんだろうか。しかし……つついてみると固いのだ。ぶよぶよしていない。


 毎晩酒を飲みながら、自分の踵を観察していると、同居人がいぶかしんだ。そして患部をのぞき見て指摘した。


「それ病院行ったほうがいい!」

「大袈裟な。ちょっと床板で切っただけやし」


 私が言うと、彼は私の足裏の腫れているところを押した。反射的に裏拳で殴ったのは言うまでもない。


「なにすんねん!」

「ほらぁ! おかしいってそれ! 腫れ方変だし!」


 とんでもない、と私は言い返した。

 ちょっと触れられただけでこんなに痛いのに、病院に行ったらもっと触られて、最悪針でつつかれたりするではないか!


「もう少ししたら治んねん!」

「治らないって! 抗生物質いるって! 病院行けよ!」


「行かへん! もう少ししたら完治すんねん!」

「しないって!」


「それに『こんな程度で病院に来るなんて。痛がり』って笑われたら嫌や! ダイ・ハードの人はもっと大けがやった!」

「その傷で笑うやつはいないから!」


 言い争いながらも、不安は入道雲のように胸の中で大きくなりつつあった。

 なぜ、治らないのか……。やはり同居人が言う通り、病院に行かねばならないのか。


 それだけは絶対嫌だ。


 誰か。誰か、大丈夫だと言って……。

 そんな思いがどこかにあったのだろうか。いや、絶対、あった。


 まだ大丈夫。まだ大丈夫だよね⁉ 誰かそう言って! コメントで私にそう伝えて!


 祈るように記事をアップした。


 とたんに、想像以上のコメントが寄せられた。

 ありがたいことに、みなさん私を気遣ってくださり、温かい言葉をかけてくださった。


 そして、口々におっしゃった。「病院に行った方がいい」と。


 くそ……っ!

 ダイ・ハードの主人公のように言った。「くそったれめ!」と。


 そして私は踏み切った。

 他人にされるぐらいなら、自分でしよう。


 そう。

 ダイ・ハードの主人公だって、自分でガラス片を抜いていた。


 私もこの……なんだかわからないが、びろん、とふさがっている皮をめくって傷口を開き、腫れを押せば膿が出し切れるんじゃないか。


 痛む足を引きずって百均に行き、ピンセットと拡大鏡、オキシドールを購入した。

 その晩、酒を吞み、良い感じで酔っ払った時に、患部の皮を少しばかりめくり、腫れている部分を押した。


 案の定、膿らしきものが出てきたので、それを拭きとり、消毒。

 拡大鏡でよくよくみると、どうやら瘡蓋かさぶたらしきものがでてきた。


「しめしめ。完治も近いぞ」


 次の日の朝、私は快哉を叫んだ。

 腫れが半分ひいたのだ。


「この方法を続けよう」


 そう思いつつも、やはり不思議だ。

 どうして傷口を中心として、楕円形に固いのだろう。


 膿んでいれば、もっとぶよぶよしている気がするのだが……。

 そんなことを考え、その日の晩も同じように患部を押して膿らしきものを出した。


 そして翌朝。

 絶望した。

 素人目に見ても、あかん色をしていた。腫れも復活している。


(そういえば、コメントの中に『異物が残っている場合大変なことになりますよ』的なものがあったような……)


 これは、異物が残っているのかと私は拡大鏡で傷口を見続けた。

 そんな私を見つけ、同居人が覗き込む。そして叫んだ。


「病院行きなって! 仔猫保護して噛まれたときも、化膿して大変だったじゃないか!」


 そういえばあのときも、近況ノートにいろいろ相談し、事なきを得た。

 事なきを得たが、私は食い下がった。


「医者に『たかだかこんな傷で来るなんて』って思われたら恥ずかしい!」

「思わないから! よく来たね、って抱きしめてくれるから!」


 しぶしぶ私は、その日の午前診最後の枠で予約をし、病院に行った。


「治りかけなら、このまま帰ります。痛い治療なら、日を改めてまた来ます」


 診察室に入るなり、真っ先に私は医師に告げた。

 患部を見た医師は「あー……」とつぶやく。嫌な予感がした。


「痛くないですよ。すぐ終わります、すぐ」

「はい、武州さん、ここにうつぶせになってくださいね」


 看護師も「痛くない」を繰り返す。

 私はドキドキしながら診察台にうつぶせになり……。


 そして、医師も看護師さんも嘘を言ったことにすぐ気づいた。


「痛い痛い痛い痛い!」

 やめろ、と私は訴えるのに、完全に聞き流された。


「ほら、もうすぐとれるから。おおおおお! なっが! わ、膿がどわっと」

「ひゃあ、これは長い!」


 医師と看護師はひとしきり盛り上がった後、私にをみせてくれた。


 そう。

 剣道場の床板の破片を。

 親指の爪ぐらいの長さのそれは、私が瘡蓋だと思っていたそれだった。


「こんなのが入ってたら、そりゃ歩けないよ。抗生物質をお出ししておきますね。塗り薬は入浴後に毎日塗布して」


 そう言われて診察室を後にしたのだが、私の騒ぎ声は待合室まで筒抜けだったらしい。


 視線の集中砲火にあい、結果的に恥をかいた。


 もちろん、その日のうちに近況ノートで報告をかねてお礼を述べた。

 みなさんのおかげで受診し、ことなきを得たこと。


 結果的に木のかけらを足に2週間抱えて生きてきたこと。

 あとはもう治るのを待つだけだということを。


 みなさんのコメントはまた温かかった。

 よくぞ受診した。よかったよかった。安心しました。お大事に。


 しかも、私の自己流の処置ではさらなる悪化を招いていであろうことを教えてくださった方も。


 そんなコメントをシャワーのように浴びながら、私は思った。


 これぞ、心の交流である、と。


 カクヨムのコメントは、前提として「応援」コメントだ。

 否定したり間違いを指摘したりすることはほとんどない。


 みな、温かく応援してくれる。支援してくれる。


 書き手は読み手に支えられ、勇気を得て前に進めるのだ。

 カクヨムに近況ノート機能があってよかった。

 なかったら、と思うとぞっとする。


 ビバ、近況ノート。

 ありがとう、近況ノート。


 これからも私は、近況ノートを使い続けることであろう。


 了

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