めんこい めんこい

風風風虱

第1話

 子供の頃、春になるとやってくる親戚のおばさんがいた。

 当時にしても珍しい和服を着ていた。

 髪は真っ白で、歳は大分いっていたと思う。

 いつも部屋の隅っこでニコニコ笑っていた。

 私を見るといつも手招きをした。

 本当に小さかった時は、何も考えずにそのおばさんのところによちよちと歩いて行ったものだ。

 おばさんは私を膝の上にのせると、頭を撫でながら『めんこいなぁ めんこいなぁ』と繰り返し言っていた。


『めんこいなぁ ホンにめんこい

食べてしまいたいほどに

でも 女の子だから がまんせにゃ ならん』


 そう言っていたのを覚えている。

 何でそんな小さな時のことを覚えているのか、自分でも不思議ではあった。

 不思議と言えば、当時のうちの親は勤めの関係で転勤が多く、親戚付き合いは疎遠気味だったのだが、そのおばさんだけは春になると必ず家にやって来た。

 部屋の片隅にちょこんと座り、私を手招きをして、『めんこい めんこい』と言っていた。

 それがいつの頃だろうか、たぶん中学生になった頃だと思う。ぷっつりと来なくなった。

 いつか、何かの拍子に親に子供の頃に良く来ていた親戚のおばさんのことを聞いてみたことがある。

 しかし、父も母も変な顔をして、そんなおばさんは知らない、と言うばかりだった。

 やがて、私は結婚して子供ができた。


 女の子だ。


 その子がこの間、変なことを言っていた。

 『部屋の隅っこにいるおばさんはだれ?』

 勿論、そんなおばさんなんていやしない。

 いやしない。いやしないのだけど、最近、とても気になるのだ。

 何故って、私のお腹には今二人目の子供がいる。


 男の子だ。


 自分が子供の時に聞いたおばさんの言葉が耳についてしょうがない。



『めんこいなぁ ホンにめんこい

食べてしまいたいほどに

でも 女の子だから がまんせにゃ ならん』


 私は気になって仕方がない。


 このまま、男の子を産んだらどうなるんだろう。


 春が来たらどうなるんだろう。


 私は気になってしかたがないのだ。

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