第10話 正しい朝礼とホーレンソー

 臨時朝礼から一週間が過ぎた。


 実をいえば、外﨑にしても、あんな指示が完全に守られるとは思っていない。

 それでも初日に基本理念を宣言し、さらに、いたる所に大方針のプリントを貼ったことで、オフィス内の雰囲気は確実に変わった。


 まず朝礼が日課になった。

 まあ、これを朝礼と呼んでいる者はいないのだが、なにしろ朝のミーティングをやらないことには誠太郎が仕事にならない。

 自然と毎朝十時、誠太郎のデスク周りに人が集まることになった。しかも、すぐ近くで外﨑が聞き耳を立てている。これでは、正しい日本語を使わざるを得ない。


 「琴平さん、北海酒場さんの、夏の鮮魚祭りの企画は進んでいますか」と誠太郎。

 こう訊かれたらロックンローラーの琴平正平も丁寧に答えるしかない。

 「はい、店内から見える厨房を漁港の水揚みずあしょ風に改装する案が先方に気に入ってもらえまして、今日は、内装のアイテックさんを伴って現場で打ち合わせの予定です」


 対する誠太郎の指示も、

 「納期に合わせるため今週中には複数のデザインを提案して、先方の責任者に決定してもらってください。あと工事は、ひと晩で改装できるよう、資材の準備も怠りなく、お願いします」

 と明確だ。

 「わかりました」


 「次は、新しい案件です。英日商事さんが、創立五十周年記念として今治のタオルセットを作るそうですが、当社には、そのお披露目パーティーの企画依頼がきています。要望は若い感覚で派手やかに、ということで細かいことは決まっていません。この案件は野上さん、お願いできますか」


 凜華もきちんと答える。

 「はい、大丈夫です。予算は」


 凜華は、メモ代わりのスマホを手に、セイタローの指示を待っている。相変わらず語尾は不完全だが、まあよしとしよう。


 「企画次第ということですので、そこを含めて、まずは先方と打ち合わせを行い、報告してください」


 名前やニックネーム呼びまで禁止した覚えはないのだが、丁寧な日本語には「リンちゃんと」か「正平!」という呼び方は馴染まないらしい。



 連中がやっていたラインを使った業務管理については、以前、凜華のスマホを後ろから覗いたことがある。目を瞑りたくなる内容だった。

 今回のケースだと、たぶんこんな感じになったはずだ。


 誠太郎

 「ショウヘイ、北海酒場の鮮魚祭りどうなった🍺」


 正平

 「ああ 厨房を漁港みたいにするやつっしょ? 

  店長、いいんじゃね!ってノリだった😊

  今日アイテックさんと行く、、、たぶん」


 誠太郎

 「じゃあ今週中に何個か出しとけば👌

  あと一晩で改装できるように準備の方ヨロ〜💪」


 正平

 「ええ、何個か??👀

  ま、徹夜すればイケるっしょ😊

  準備? 気合いでなんとか!🙆」


 誠太郎

 「次〜新案件♬ 英日商事が50周年で別製のグッズ作るんだって

  で、発表のパーティー企画やって欲しいらしいんだけど🎉

  若いノリで派手にって雑すぎる注文きたwww リンちゃんやれるぅ⤴


 凜華

 「若いノリって DJ呼んでクラブみたいにすりゃいい?😅

  *クラブでウサギが躍っているスタンプ


 誠太郎

 「ありかもー😍 

  予算とか知らんからとりあえず行って聞いてきて🥺」


 凜華

 「予算不明って草www

  とりあえず豪華にやる!て言っとくわー✌️」

  *猫が寝ころんで「まかせろ」と呟いているスタンプ



 創造しただけで頭が痛くなってくる。

 若い力に期待する社長の気持ちは分かるが、こんなやり方を続けていたらいつ事故が起きても不思議はない。どんな時代でも、仕事は報告連絡相談ホーレンソー! そして、上司の命令は絶対だ!

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トノさん、マジでちょっとウザいんですけど[うっせぇッ、お前ら言葉遣いくらいちゃんとしろ!] 伊藤宏 @Friday13

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