痛みの伴わない恋

ふわ骨

第1話

 目の前にいる彼女が言う。


「私、もう恋なんてしない」


 彼女の目は、涙で潤んでいる。

 彼女はバスケ部の先輩に告白した。

 結果は言うまでもない。


 私と彼女は所謂、幼馴染だ。

 そして、私は彼女に恋をしている。

 だから彼女が言った言葉は、私の中にある言葉に杭を打つ。どこまで深く、深く。

 それは他の言葉全ても巻き込んだ。

 だから、言葉が出ないのか。


 私たちの間に言葉は要らなかった。

 でも、今は違う。

 彼女のことが、何も分からない。

 

 私の作り出した沈黙の中で、口を開いたのは彼女だった。


「帰ろう」


 彼女は涙を手で拭う。

 そして私に向けて微笑んだ。

 その微笑みを返したくなくて、黙った。

 こういう時、いつも彼女は手を握ってくれる。それは今日も同じ。


 彼女が私の手を握った。

 暖かい筈なのに、冷たい。

 それでも私は、握り返した。

 彼女はまた、微笑んだ。

 私は彼女に促されるまま、立ち上がった。


 私達は2人、帰路に着いた。

 言葉は無い。

 ただ、隣合って歩いた。


 赤く濃淡のある夕日と、空の上は鈍い青空。この冷たい風に当たるのは、私達以外に誰も居ない。ばさばさ、と唸る旗、昨日の雨で濁る川を横目に、私達は歩いた。


 軒先で彼女の手が離れた。

 彼女の冷たい手が、恋しくなる。

 私たちを引き繋いでいたそれは、一転して、彼女と私を引き離す役割を果たした。


「ばいばい」


***

  

 彼女は平気な顔をしている。

 彼女はまるで、昨日の事なんて無かったかのように、いつも通り言った。

 

「おはよう」


 気の無い私の返事を聞いた彼女は、何も言わずまた、私の手を握った。彼女の手は暖かい。その温もりに思わず、私は手を離した。 


 ――キーンコーンカーンコーン

 放課後、17時05分を知らせる鐘だ。

 パラパラ、と雨の音だけが響く教室。

 目の前にいる彼女が言う。


「ずっと親友でいてね」


 何気ない会話の中、突然の言葉は執拗に杭を打ち付けた。言うべき言葉は1つだ。


「うん、ずっと親友だよ」

 

 彼女はそれを聞いて、嬉しそうに微笑んだ。そして1つ2つと息を吸い、彼女は昨日のように言う。


「帰ろう」


 また彼女が私の手を握った。

 私はその冷たい手を握り返した。

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