第40話
あの日から15年の時が流れた。
富士見大太――今は公的には本名と芸名「風花」を併用するレジェンド声優は、妻の美咲と共に、都心の静かな一軒家で穏やかな日々を送っている。彼の声は、長年の経験と「愛の完成」を経て、深く、優しく、そして聴く者の心を包み込むような安定した音色を放っていた。
彼らには二人の娘がいた。長女のハルカ(15歳)は、父の過去を知る親戚のお姉さんと同じ名前を持ち、冷静で分析的な、どこか悠斗叔父に似た目を持っている。次女のアヤ(13歳)は、父の芸名から名前をもらい、明るく、ファッションに敏感な、美咲と父の美意識を受け継いでいた。
「パパ、今日こそパパの『伝説のコスプレ』を全部見せてよ!」
休日の午後、アヤはリビングで父にねだった。大太は、テレビ番組やSNSで時折、過去の「風花」の活動を語ることはあるが、その「本気の裏側」を子供たちに見せることはなかった。
「フフ、アヤ。パパのコスプレは、もう古いよ。それよりも、パパとママが作った『光の園のラプソディー2』の八尋の声を聴くかい?」
大太は、いつもの穏やかで優しい声で笑う。
「ちぇー。いっつもそうなんだから」
――秘密の箱と、衝撃のアーカイブ
その日の夕方。ハルカとアヤは、母である美咲が大切にしているクローゼットの奥から、古い段ボール箱を見つけ出した。箱には、美咲の丸文字で「風花:厳重保管」と書かれている。
「え、なにこれ。パパの宝物?」
ハルカは、冷静な好奇心で蓋を開けた。
中には、古いウィッグの切れ端、紫と黒の毒々しいネイルチップ(クイーン・ヴィーネの最後のネイル)、そして、大量のCDR(コンパクトディスク)が入っていた。
「わあ!昔のパパの衣装の写真だ!」
アヤが、一枚の写真を取り出す。それは、水着コスプレの時に撮られた、究極に細く、非現実的なほど白い肌の風花だった。
「すごい。パパ、別人みたい。っていうか、顔が綺麗すぎて怖い」
ハルカは、その「人間離れした美しさ」に、恐怖すら覚えた。
二人は、古いノートパソコンを取り出し、CDの中のデータを開いた。それは、「光ラプ以前」の、匿名アイドル時代のアーカイブだった。
そして再生された、Vikvokの粗い動画。
画面に映るのは、まだ技術が洗練されていない頃の風花。そして、音声には、あの24時間ライブ配信の、声がブレた瞬間の音声データが残されていた。
アヤ(次女)の視点:
「え、何これ、パパの声?甲高くて、かすれてる…。いつもの『愛のこもった優しい声』じゃない。まるで、誰かに怯えてる男の子の声だよ…」
アヤは、涙が込み上げてくるのを感じた。彼女が知っているのは、いつも穏やかで、どんな感情も完璧に演じきる『完成された父』だ。しかし、画面の向こうには、声のコンプレックスに苦しみ、必死で完璧な偶像を作ろうとする、傷ついた青年がいた。
ハルカ(長女)の視点:
「違う、アヤ。これは、パパが『逃げていた自分』だよ。このブレた声こそが、パパの『トラウマ』。彼は、この声を隠すために、『究極の技術』で『風花という名の鎧』を作ったんだ…」
ハルカは、あの冷徹なヴィーネのネイルチップと、画面の怯えた声を重ね合わせた。この二律背反の極端さこそが、父の人生だったのだ。
――父の真実と、娘たちの理解
その時、仕事から帰ってきた大太(風花)と美咲が、静かに部屋に入ってきた。二人は、娘たちが「秘密の箱」を開けてしまったことに気づいた。
大太は、地味なパーカー姿のまま、娘たちの隣に座り込んだ。
「ハルカ、アヤ。それを見てしまったか」
彼は、いつもの穏やかで、愛に満ちた、現在の地声で語りかけた。
ハルカ:「パパ…。あの、あの怯えた声は…」
大太は、娘の頭を優しく撫で、微笑んだ。
大太「あれが、パパが何年もかけて隠してきた『影』だよ。パパは、自分の声が嫌いで、パパの全てを否定していた。でも、ママが、そして皆が、その『影』を『光を放つ最高の武器』に変えてくれた」
アヤ:「パパが、あんなに怖がりだったなんて…。でも、なんで、あの後も『風花』として、あの美しいメイクと衣装を続けているの?」
大太は、優しく、しかし確信に満ちた声で答えた。
大太「それは、パパが『愛を知った表現者』だからさ。あの『光と影の融合』こそが、パパの『魂の真実』だから。パパは、もう『富士見大太』という名の檻にはいない。パパは、『風花』という名の、永遠の表現の光として、生きているんだよ」
美咲は、大太の横で、静かに娘たちを抱きしめた。
美咲「パパの『秘密』は、もう終わった。これからは、パパの『全て』を愛してあげてな」
娘たちは、あの非現実的な偶像の誕生の裏に、一人の男の孤独と、それを乗り越えた最高の愛の物語があったことを知った。彼らの父は、「秘密のアイドル」ではなく、「愛を知った、人生の最高の主人公」だったのだ。
都内の私立中学校。昼休みの喧騒の中、富士見ハルカ(15歳)とアヤ(13歳)は、屋上へと続く階段の踊り場で、パンをかじっていた。周囲の生徒たちは、彼女たちを遠巻きに見ている。
なぜなら、彼女たちの父親は、声優界の伝説――風花だからだ。
「ねぇ、ハルカ姉ちゃん。今日ね、うちのクラスの男子が、またパパのクイーン・ヴィーネのコスプレ写真、スマホの待ち受けにしてたんだよ」
アヤは、パンを大きく頬張りながら、明るく言った。アヤの瞳には、父が作り上げた「影の偶像」への、純粋な憧れが宿っている。
「ふふ、また?パパの『冷酷で優雅な美意識』は、女子だけじゃなくて、男子にも人気やね。ママのメイク技術も、15年経っても現役ってことや」
ハルカは、叔父である悠斗から受け継いだ冷静な分析眼で、父の「偶像性」を語る。彼女の関心は、父の美しさそのものよりも、「その美しさが持つ、論理的な理由」にある。
――アヤの視点:偶像への愛と憧れ
「でもさ、パパの昔の水着コスプレの写真、マジで衝撃やったよね?あの体型維持のストイックさ、人間じゃないって思ったもん。パパが演じた相澤カナみたいに、『タフで無駄がない』って感じ!」
アヤは、あの光と影が融合したネイルチップのレプリカを、今もポーチに忍ばせている。彼女にとって、父の過去の「秘密のアイドル」活動は、最高のファッションと美意識の教科書だった。
「ねぇ、ハルカ。パパってさ、今でも時々、あの『優雅な関西訛り』で私たちを甘やかすやん?あれ、ママの演技指導がきっかけって聞いて、なんかすごいよね」
「あれは、パパの『癒やしの周波数』だね。私たちを安心させるための、プロの技術だよ」
――ハルカの視点:トラウマと愛の分析
ハルカは、パンをゆっくりと噛み締め、冷静なトーンで言った。
「私たちが知る前のパパは、声を出すのが怖かった、地味なオタクだった。この前、古いCDで聴いた、あの『ブレた声』。あれが、パパのコンプレックスの原点だったんだよね」
アヤは、その言葉に、一瞬だけ笑顔を消した。あの「傷ついた男の子の音」は、彼女たちの心を深く揺さぶった。
ハルカ「でも、パパは、その『影』を隠すんじゃなくて、美咲ママの愛と、佐野おじさんの『熱量』、そして黒田おじさんの『論理』を全部素材にして、『声の表現の無限の可能性』という『光』に変えた」
「パパが、私たちを『愛を知った、嘘のない素顔の父』として育てるために、あの『情熱海峡』で全てを公表した決断。あれこそが、パパの『光と影を統合した人生』の、最高のクライマックスだったと思う」
ハルカは、父の人生を、一つの壮大な『表現の物語』として分析していた。
「私たちは、『レジェンド声優・風花の娘』として見られる。それは大変だけど、パパとママが教えてくれたことは、『コンプレックスは、最高の表現の武器になる』ってことやんね」
――永遠の安息地
授業開始のチャイムが鳴った。二人は、立ち上がる。
アヤ「うん。だから、パパのあの『地味なパーカー姿』も、好きなんだよね。あれは、『愛する人の隣で、全てを休ませている素のパパ』って感じやん!」
ハルカは、静かに頷いた。
「そうだね。パパの『永遠の安息の地』が、私たち家族の隣にある。それこそが、パパの『秘密のアイドル』としての旅が辿り着いた、最高の証明だから」
二人は、周囲の羨望と好奇心に満ちた視線を気にすることなく、愛と秘密の物語を受け継いだ『光の娘たち』として、次の授業へと向かっていった。
風花は地味オタな僕の秘密のコスプレアイドル 匿名AI共創作家・春 @mf79910403
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