第2話

船木誠一の家は、桂ヶ淵の町の外れにぽつんと建っていた。

庭には錆びきった物置と、斜めに立ったまま傾いた古いホース巻き。元消防団という肩書きを補強するように、散乱した器具類がそのまま放置されている。


自己紹介を済ませると、彼はソファに深く座り直し、足を組んだ。どこか落ち着きがなく、視線が部屋の端々へ頻繁に飛んでいる。


初日の一言、「サイレンは鳴っていない。」

その真意を確認するため、俺は録音を開始した。



【逐語録:船木誠一インタビュー(1)】


俺「まず、当日の時刻についてお聞きします。町で“災害”が起きたのは、午前9時前後とされていますが……」


船木「……ああ、まあ、そんなもんだったと思うよ。曖昧だけどな」


俺「そのとき、町のサイレンは?」


船木「鳴ってないって。何度も言うけど」


彼は少し苛立ったようにため息をついた。サイレンの質問だけ異様に反応が強い、ような気がする。


船木「その日は、やけに静かだったんだよ。冬の前の時期ってさ、空気が重いだろ? でも違った。耳が詰まる感じで……何て言うか、音が薄いって感覚だったんだ」


「家の前の道路も、人通りがなかった。みんな避難したんじゃないかって後から言う連中もいたけど、俺は見てないね。

出て行く音も、声も、車の音もなかった。ほんとに、全部」


俺「それでも、他の住民は口を揃えて“サイレンが鳴った”と証言しています」


船木「……そりゃ、そう言わされてるだけだよ」


俺「言わされている?」


船木「あんたさ……あの日の町を見たわけじゃないだろ?」


俺「もちろん、生まれてもいません」


船木「じゃあ、知らないだろ。

――あれは、災害なんかじゃなかった」


船木はそこで、視線をカーテンの隙間へ向けた。まるで、誰かが外から覗いているとでも言うように。

俺もつられて見てしまったが、そこには風に揺れる枯れ枝と曇った空しかなかった。


船木こう続ける。「サイレンが鳴ったって言う奴は、みんな町の中心部の人間だろ?でも、中心部は.....」

彼はそこまで言うと口を噤んだ。


「……いや、やめとく。信じないだろうし」


俺「構いません。何でも話してください」


「じゃあ言うけどさ。中心部の連中は、あの日の記憶を持ってないんだよ。」


俺は思わず身を乗り出して聞き返した。記憶がないだと?

そんなことがあるはずがない。


「なのに、みんなサイレンを聞いた気がするって言うんだ。だから俺は、あれは聞こえたんじゃなくて……植えつけられたんだと思ってる」


 船木はそこで急に立ち上がり、録音機に布をかぶせた。

 声を潜め、ひそひそと続ける。


「お前、まだ若いから言っとくけどな。この町には、聞こえたはずのない音を聞いたって言う奴が、昔から結構いるんだよ。あのサイレンも、そのひとつだったんじゃないかって……俺は思うんだよ。」


【記録:取材後メモ】


・船木はサイレン“未使用”を強調

・住民証言との乖離があまりに大きい

・「中心部は記憶がない」という主張は要検証

・「聞こえたはずのない音」という地域伝承が存在する可能性

・船木は会話の終盤、何度も窓の外を気にしていた

 ※カーテンの裏に動きは確認できず


帰り際、玄関先で彼はこう付け加えた。

「いいか、若いの。これ以上、町の中心には近づくなよ。

サイレンの答えは、あそこにある。でも、聞こえたら終わりだ。」

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あの日、サイレンは鳴らなかった @Knew_0000

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