第2話 汚部屋魔王、未知との遭遇
「……その前に、片付けしていいですか……」
その言葉に面食らった。
随分と地味な見た目の、印象にもさして残らないような平々凡々の人間。目の下に色濃い隈を作って、猫背気味。疲れ切った表情と虚ろな目。
生きる気がないのは明白だった。
生きる気がないのに、単身魔王城の最奥である魔王の私室まで乗り込んできた頑強さは資格なしの烙印を押されたとはいえさすが勇者といったところだろうか。
全く戦闘音がしなかったところだけがやたらと気にかかるが、それはそれとして。
片付けたいだと?この部屋を?
ぬいぐるみ、剥製、服、宝飾品や武器防具の類。そして乾燥肉や果物を収納している壺や袋。
それが私室の床を埋め尽くしている。たまにネズミとかが走っているけど可愛いものだ。
今腰掛けているベッドだって服やらぬいぐるみが山積みになっているがこの狭さがものすごく心地が良い。
そう、これくらいごちゃごちゃしていないと安心できない。物で埋め尽くされている。こうでないと自分の部屋じゃない。
物で溢れた部屋こそ至高。これくらい自分のもので満たされていないと落ち着かない。
側近たちは片付けろだのゴミくらい廊下に出してくれだの汚部屋魔王だのなんだのと口うるさいが、側近たちの言うところのゴミすらも私のものだ。部屋から出す?有り得んだろうが。
だからこそ、私の答えはただひとつ。
「断る」
この安心空間を台無しにされてたまるものか。
「そもそもお前、勇者だろう。私を倒しに来たんだろう?片付けだの何だのと戯言を」
手近なところにあった干し肉を口に放り込む。固くて弾力のある干し肉。そろそろ無くなりそうだから次を用意しろと言っておかないと。
「え……いや、別に倒しに来たわけじゃないんですけど……」
「はぁ?」
素っ頓狂な声が出た。これでも一応魔王なんだが、威厳とかなんだとかそういうものが吹き飛んだ声が出てなんともむず痒いというか気まずい気持ちになる。
勇者が戦いを好まず、魔物を進んで討伐することもなく、自らの任務を放棄したという話は聞いていた。
だからこそ目の前に現れたときは気が変わって倒しに来たと思ったが。
「……いろいろ疲れたんで、殺してもらおうと思ったんですけど。嫌だったけど、それなりの数の魔物を倒したりしてきたんで。魔王が勇者を殺せば、魔物たちの溜飲も下がるかなって」
なんなんだこいつ。ぼそぼそと話して聞き取りにくいったらありゃしない。
しかも何だって?今まで倒してきた魔物のために死ぬ?
あたまがおかしい。
「で、ここまで来たら……なんか、部屋がすっごいことになってるし……こういうの、気になるんで……まず、部屋を片付けさせてもらっていいですか。その後で、殺してくれていいんで……」
こいつ、あたまがおかしい。
なんかもう、一周回って怖い。何考えてるかわからない。
……いかんいかん、魔王たるもの恐怖などという言葉とは無縁であるべき。たぶん。
「お前の言うことを素直に聞く私だとでも?先にお前を殺せば私の部屋が物で溢れていることなど気にかからなくなるだろうに」
「それはそうなんですけど……でもやっぱ死ぬなら片付けられてるところで死にたいかなって……死んだ後はどうなってもいいんですけど」
「なんで変なところで頑固なの?」
思わず素の声が出た。突っ込んでしまった。悔しい。そしてこいつ怖い。今まで出会ったことのない未知のものに対するよくわからない恐怖。
渋い顔をしていたら、勇者がぽかんとした顔をしていた。
「……素のほうが良いですよ、たぶん。無理にそれらしい口調……あんま似合ってないです」
「はぁ〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!??」
決めた。今殺す。すぐ殺す。マジで殺す。
「私のことを馬鹿にしたなお前ぇ〜〜〜〜〜!!」
ベットから飛び起き、近くに転がっていた魔剣を抜いて勇者に飛びかかる。が、足元に乱雑に積まれていた服を踏んで足を滑らせてしまった。足首がぐぎ、と音を立てて鈍痛が襲ってくる。
「んぎ……!」
鈍痛に剣を取り落とし、うずくまる。
「片付けないから……」
こいつほんとにムカつく。
「とりあえず、手当しますから……手、どけてください」
「う、うるさいうるさい!勇者の施しなんて受けない!!」
どこからか取り出した包帯を手に、物を踏んづけないように近付いてくる勇者に本気の殺意が湧く。でも足が痛い。
「魔王様!」
私室の扉を勢いよく開いたのは側近の一人のラザリエル。片眼鏡とぴっちりと整えられた前髪、燕尾服をひらめかせて飛び込んでくる。
「ラザリエル!こいつを殺──」
「だから片付けろっていつも言ってるでしょうがこの汚部屋魔王!!!」
目が合うなり、怒鳴られた。
え?お前どっちの味方なの?
元・勇者。現職・家政夫(勤務地・魔王城) 月島りょう @ryo_tsukishima04
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