◆三毛猫のミケと猿◆

茶房の幽霊店主

第1話 三毛猫のミケと猿

※(店主の体験談です)

※(プライバシー保護のため地域・固有名詞などは伏せています)


※※※※※


幼い頃の写真を見ると必ず横にいる眼光の鋭い三毛猫。


金色の目をした三毛猫ミケは、もともと近所でうろついていた野良猫で、

父が餌を与えているうちに家へ居着くようになっていました。


このミケと私は仲が良く、まだ歩くのもおぼつかない頃から側にいてくれました。

背中の模様をよく覚えています。


自分が10歳になるまで彼女は姉であり相棒でした。



※※※※※


【分家の猿】



分家では、家で一番最初に生まれた嫡男と嫡女が

【猿】のように単独で暴れる時期があり、

これは、9歳から12歳に起こる社会性の第一歩【ギャング・エイジ】とは異なり、

早い者はつたい歩きを始めた1歳未満からでも【猿】の状態になることがありました。


体を無理に押さえて制止すると『ウーーーー!』『ギィーーー!』など、

大きな声を上げることも共通の特徴です。

癇癪を起こすというような生やさしいものではなかったとの話です。


※(【猿】状態の本人に悪意などまったくありません)


これは本家の人間には一切起こらず、分家の子供のみの現象でしたので、

遺伝的なものだとされていましたが、本当のところはよくわかっていません。


第二子からはこの【猿】は起こらず、

また、嫡男と嫡女も時期を過ぎれば落ち着いた性格に変わるのです。


従妹のひとりは1歳未満でこの【猿】状態になりました。

歴代の【猿】とは比べものにならないぐらいの荒々しさだったと、

親戚でも語り草になっているぐらいです。


赤子とは思えない力で物を投げたり壊す、家具を揺らして動かしたり、

彫刻刀を持ち出して振り回すなどの危険な行動を繰り返していたそうで、

両親の必死の制止や危険物の管理もむなしく、片目を失い義眼となってしまいました。


世話をしていた実母は親戚から『育児ができていない』と責め立てられ、

しかし、従妹は3歳の誕生日を境に性格が一変して、

分家で一番大人しく物静かな子供になりました。


今は本当におっとりとして心優しい従妹です。


【猿】の状態は個人で期間が違うのですが、1歳未満から10歳の間がほとんどで、

遅い者でも10歳の誕生日には視力が一気に低下し、

活発だった行動は消えうせ、なぜか絵本や読書を好む【非常に大人しい子供】になります。


分家の嫡男と嫡女は誰一人、視力低下を逃れられていません。


私も漏れなく幼稚園年長あたりから小学2年生まで、この【猿】の状態になりました。


【猿】が終わった小学2年生からの視力低下に気づかず、

学校の階段を何度も踏み外しては転がり落ちていたので、

担任の先生が親に報告して眼科へ連れていったことで近視であると判明しました。


視力検査で引っかからなかったのは、

簡易検査の『C』の穴の位置をほとんど暗記していたからです。

検査の意味など考えず、単純に覚えられるのか遊び感覚で試していたのだと思います。


親は子共に日常生活をさせるだけでも疲弊していましたが、

【猿状態】本人たちが感じる世界は温かく、まばゆくも明るい光と反射に満ちていて、

足の裏に触れる雑草の湿った感触、髪や肌を吹き抜ける風の心地よさも、

髪の毛一本一本の動きさえ、とても楽しいのです。


例えるなら、自然と細部まで繋がっていると感じたり、世界が止まって見えたり、

ゆっくり時間が経過しているような感覚です。

スポーツの分野において一般的に言う「ゾーン」に近いかもしれません。


私は他の家の嫡男と嫡女よりも『比較的静かな猿』だったそうです。



※※※※※


【三毛猫のミケ】



その当時、家にいたミケは狩りが得意で、山鳩やネズミ、

這い出てきたモグラやカエル、スズメなどをよく捕獲していました。


私はこの姉のミケから、スズメの獲り方を教わりました。


両目をできるだけ大きく開いて、気配を消すために呼吸は浅く心がけ、

足の裏がしっかり地面にくっついてるイメージをします。


スズメの群れの動きを瞬きをしないで取り込み、

その中で【一番色が薄く感じる】スズメを探すのです。

この【色が薄い】という情報は、本当にスズメ自体の色素ではなく

【生命力の濃い薄い・厚み】として視覚以外の感覚も使っていると思います。


この方法で見つけたスズメは百発百中、

素手で掴めるので、大人になった今も捕獲可能です。


ミケは新鮮な命をその場で取り込んでいましたが、

さすがに私は食べたりはしませんでした。

【獲物を狩る】ことを楽しむためのゲームでしたので、

捕まえたらすぐに放して、一生懸命逃げていくのを見送っていました。



【猿】の時期の私は手に負えないほどの行儀の悪さだったようで、

よく家を追い出されていたのですが、ミケは保護者として付いてきてくれました。


野に放たれたほうが好都合で、ミケとともに『今日はどこに行く?』と

ワクワクしながら家から離れ、田畑で走って競争したり、野原で虫を捕まえたり、

蒲(ガマ)が茂った沼に行き、長い茎を足で踏んで折りながら沼の中心近くまで

簡易の橋を作って、オタマジャクシを観察していました。


沼の底から気泡が浮いてくる様子を時間を忘れて見つめ続けていると、

ミケの前足が背中へ“トン”と置かれ、これがいつもの帰宅合図でした。


もう少しだけ見ていたいという気持ちのまま空を見上げれば、

茜色に青紫が混ざり始めています。窮屈な家になど帰りたくないのですが、

渋々、ミケの後ろへ従い帰路についたのです。


このミケとの冒険は忘れられず、今もたまに思い出しています。

記憶の中の彼女は、

体毛に黄色い光を受けて少し遠くを見ながら、ニヒルな顔をしているのです。


※※※※※


ミケは家族の中で母にだけ懐かず、

箒(ほうき)で屋外へ押しやろうとする母といつもやりあっていました。


『化け猫!この化け猫!』『シャアァァァァァ!!!』


ひとりだけ引っかかれる母はミケを追い立てて、箒を振り回しています。

憤怒で全身の毛を逆立てていたミケは倍ぐらいまで膨れ上がり、

本当に【鍋島の化け猫】のように怖ろしかったです。


結局、タンスの隙間へ逃げ込み、

家族が寝入ってからいつもの定位置の座布団でぐっすり眠っていました。


いつまでも続くかと思われたミケとの日々も突然終わりました。

私が10歳になった頃、彼女は忽然と姿を消したのです。


何度確認してもミケがいつもいた場所、

専用の座布団は温まることなく冷えたままです。


家へ来た時にはすでに成猫でしたので、

あっという間にその時間が来てしまいました。

骸(むくろ)を見たわけではないのですが、

この世界には居なくなってしまったのだ。それだけは感じたのです。


いつか、この世と上手にお別れをする日が来たのなら、

虹の橋のたもとにはきっと私の姉、ミケが待っていてくれるはずです。


他の者もいる……?かもしれませんが、

誰が待っているのかは今からのお楽しみといたします。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

◆三毛猫のミケと猿◆ 茶房の幽霊店主 @tearoom_phantom

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ