サクッと読める短編集

うみざとう

クーリング・オフ

 佐藤君は情報屋だ。

 教室の窓際に座っている彼に対価を持っていくと欲しい情報をなんでもくれるらしい。


 あともう少しで昼休みも終わるそんなとき、私は手作りのクッキーを詰めた袋を持って、彼の席へと向かった。どうしても欲しいものがあるのだ。


「佐藤君、仕事。お願いしたいんだけど」

「了解。まずは対価をいただこうか」


 私は佐藤君にクッキーを渡した。受け取った彼の表情は少し緩んでいた。ラッピングをほどき、クッキーを一枚つまむ。おいしかったのか続いて次のクッキーも口の中に入れていく。頬を膨らませている様子はハムスターのようだった。


「あいあおお、うごうおいひい」

「ゆっくりでいいよ。詰まらせたら危ないし」


 私は待った。彼が食べ終わるのを。すべてのクッキーを食べ終えた彼は、口にクッキーのかけらを付けたまま、キリッとした顔で言った。


「それで、君はどんな情報を望む?」

「私は……」


 そのとき昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴った。佐藤君には後で、と伝えて、席に急いで戻る。佐藤君への依頼も重要だが、学生の本分である勉学の方が大事だから。


 放課後、佐藤君に改めて声をかけた。


「佐藤君、依頼の件なんだけど……」

「何が欲しい?次のテストに出る問題か?隣のクラスのモテ男、山田についてか?それとも田中先生のスマホの暗証番号か?」


 無駄にポーズを決めながら彼は言った。嘘だと思うかもしれないが、おそらくどれも本当に知っているんだろう。でも私は――


「依頼なんだけど、やっぱなしで」

「えっ」

「クッキーも返してね」

「えぇっ!?」


 佐藤君は驚いた顔をしていた。もしかしたら、私も今すごい顔をしているのかもしれない。でも、あともう少しだけ勇気を出そう。


「もちろん手作りじゃないとダメだよ」

「……」


 佐藤君はしばらくうんうんうなっていたが、やがて覚悟を決めたような顔になり、分かったと言ってくれた。あとは待つだけ。


 ***


 後日、佐藤君から焦げているクッキーを受け取った。渡されるときは顔を真っ赤にしていた。私もそうだったのかもしれない。うまく作れず失敗してしまったと言っていたが、これがいいのだ。自室でベッドに横になりながら、よれよれの袋からクッキーを取り出す。それから一つ一つ大事に食べた。


 次は何を持っていこうか。

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サクッと読める短編集 うみざとう @SEA_SUGAR

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