花火と散る我が友よ

渋谷滄溟

花火と散る我が友よ


「ね、やっぱり自殺するんだったらさ、こう、派手に逝きたいよねぇ。なんだろ、花が咲く感じ?あ、花火みたいにバンって散っていくのもいいよね。花火みたいに自殺かぁ。ロマンティックー。ねぇ、ルイちゃん、私が自殺するの手伝ってよ」


 生徒たちの喧騒と弁当の臭気に包まれた六月の教室。ルイは食べかけの卵サンドイッチを片手に、目の前の友人、アヤコのお喋りをただじっと聞いていた。ただ目を伏せて、暢気なソプラノ声を右から左へと流していた。アヤコは一通り話し終えると、その整った双眸でルイの返答を待つように、じっと彼女を見つめた。


 何か返事をしないと。ああ、なんて言えば。ああ、そうか、“言うこと”なんて疾うに決まっていた。ルイはサンドイッチから視線を上げると、アヤコに微笑んだ。


「うん、そうだね。勿論、手伝ったげる」


 高校二年生のルイは、地方の県立高校に通う凡な女子である。大した才も夢もなく、ただ親や教師に示された進路から適当に未来を選び取って生きてきた人間である。これといった個性もなく、それ故目立たず、際立って褒められたこともなければ執拗に怒鳴られたこともない。友人も表面上ばかりであり、進学の度に以前の友人関係は打ち捨てられるばかり。


 さて、高校生になり、また凡な人生が続くと思っていた矢先のことだ。ルイはアヤコに出会った。入学式が終わり、各教室で最初のホームルームが開かれたとき、アヤコはルイの隣の席だった。最初に話しかけてきたのはアヤコの方だ。


「校長の話、つまんなかったよねぇ。あんなの卒業するときには誰も覚えてないよぉ」


 そんな雑談が二人の馴れ初めである。ルイの方はアヤコのお喋りを受け止めながら、「また表だけの友人が見つかったぞ」とどこか安心感や気だるさの感情を抱いていた。女子という生物は、新生活の最初で不安を抱いて、取り敢えず近場にいる人間とつるもうとする。この女もその一人だろう。ルイは、いつアヤコが他の友人を見つけて去っていくのかを見守ってやることにした。


 ところがどっこい、アヤコは入学後二か月経ってもルイの傍にいたのだ。授業の合間も、お昼休みも、放課後もずっとルイの傍でおしゃべりを続けていた。ルイにとっては不思議で仕方なかった。


 アヤコは長い黒髪をひとまとめにした容姿端麗な美女であり、勉学は勿論ピアノの才も持ち合わせた才色兼備そのものであった。彼女自身から、部屋の中は何かの賞状やトロフィーで一杯だと高慢な話をされたこともある。


 彼女なら、自分のような根暗より更に「陽の者」達とつるんでいけるだろうに。ルイは首を傾げる一方で、どこかアヤコと友人でいることに心地よさを感じていた。否、ルイはアヤコに特別親しみも抱いてないし、彼女に愛着を抱いている訳でもない。


 ルイはアヤコを友人として「持つこと」が気持ち良かったのだ。どういう経緯かは知らないが、アヤコはルイ以外に友人がいる素振りも見せてこないし、お喋りの登場人物も大外家族ばかりだ。


 アヤコの友人は自分だけなのかもしれない。いつからかルイはそんな一種高飛車なことを思い始めた。何にも持っていない自分、持っている彼女。そんな彼女を友人としての立場だが、独占できる。漸く、何にも持っていない自分から抜け出せた気がしたのだ。まぁ、そう思っていられたのは最初のうちだけ。


 時が経つにつれ、ルイはアヤコに友人がいない理由を痛感し始めた。問題はアヤコの“お喋りさん“である。アヤコはひたすらに話すのが好きなのだ。大声で、絶え間なく。ルイの言葉を挟む暇もない。ルイに発言権はないのだ。彼女が一度話題を変えようと口を挟んでも、アヤコはそれを適当にかわして、再び自分の話を始める。


 あのyoutuberが、あのテレビが、今日の授業は、明日のテストは、うちの猫が、とか。アヤコはただ話すだけ、ルイはただ頷くだけ。そんな日常が螺旋を成していたことにルイが気づいたのは蒸し暑い六月の始め。


 ルイはもうイヤになっていた。最初の方は、「美人でなんでもできる私だけの友人が手に入った!」と浮かれていた。しかし、ルイの苦痛はその高揚感をとっくに超えていた。どうでもいい他人の話を延々と聞かされ、ただ返事をして首振り人形に徹する日々。いくら自分を持っていないルイでも流石に我慢の限界だった。加えて、ルイはもう一つ、アヤコにたいしてうんざりしていたことがある。


 アヤコの自殺願望だ。友人、らしい関係となって二週間ぐらいだろうか。アヤコはルイに対して闇を見せ始めていた。会話の節々で、「希死念慮」を仄めかすようになったのだ。


「ねぇ、ルイちゃん。人生が80回だとしたら、私たちの夏はあと65回ぐらいしか来ないらしいんだって。だったら、65回もつまんない夏を過ごすか、最高の夏を1回過ごして死ぬか、どっちがいいかな?」


「ルイちゃん、痛くない死に方ってあるのかな。やっぱ首吊りかな?ああでも、練炭使うのもいいって聞いたよ!ガスは、ちょっとイヤかな」


 アヤコの悪趣味な話は日に日に悪化していった。勿論、ルイはアヤコに「自殺願望」の有無についてはっきり尋ねたことがある。しかし、アヤコはただ俯き、そこらの机の木目をなぞったり、ポニーテールを弄んだりして、こう返すだけだった。


「さぁ、ただ、なんとなく消えたい? なんかもう生きなくてもいいかなぁって思うから」


 話を聞いている限り彼女を愛してくれる家族、申し分のない成功をしてきた一少女の、明確な理由もない自殺願望。それを毎日聞かされ続けるのだ。ルイも最初の方は、アヤコを気にかけて「死んじゃダメだ」と呼びかけていた。それが日常となれば、当然“カウンセラー”にも大きな負担となってくる。いくら友達とあっても、毎日

「死にたい」などと聞かされ続ければ、こちらまで気が滅入る。ルイの心は悲鳴を上げていた。


 そんなにストレスであるならば、別の友人を見つければいいじゃないか。ルイが土木建築で多忙な父親にアヤコのことを軽く相談した際、言われた言葉である。しかし、ルイはその選択肢を選ぶことができなかった。なぜなら、彼女はまだ“持っている人間”であるアヤコを手放すことが惜しかったのだ。アヤコと離れれば、また

「持っていない自分」に逆戻りだ。どうせ面がよろしいアヤコのことだ。ルイが見捨てても別の寄生先を見つけるだろう。ルイがどうしてもそれが許せなかった。これぞ醜い執着である。


 ルイが望むことは一つ。アヤコを自分のものにしたまま彼女に消えてもらうこと。正直、アヤコとの日常を続けていくことはもうできない。しかしアヤコを手放すことも納得できない。それなら、この「友人」という契約を保持したまま彼女に消滅してもらいたい……死んでもらいたかった。


 そこで六月の下旬、ルイはとうとうランチの席で本音を零してしまった。


「ね、やっぱり自殺するんだったらさ、こう、派手に逝きたいよねぇ。なんだろ、花が咲く感じ?あ、花火みたいにバンって散っていくのもいいよね。花火みたいに自殺かぁ。ロマンティックー。ねぇ、ルイちゃん、私が自殺するの手伝ってよ」


「うん、そうだね。勿論、手伝ったげる」


 ルイはそのとき、ハッとして自分は倫理的に外れた発言をしたと後悔した。しかし、遠回しにアヤコに対して「死んでくれ」と意見を伝えることができて、爽快な気分でもあった。アヤコは今まで自分の希死念慮を否定していたルイの変わり様に、口をあんぐり開けて目を丸くした。


 そのまま暫く何も話さないアヤコに対し、ルイは今までの自殺願望はただの冗談だったのかと少々気が落ちた。そのときだった。


「それほんと? ねぇルイ、嘘じゃないよね!?」


 アヤコは机に身を乗り出して、卵サンドイッチで汚れたルイの手をふんわり両手で包み込んだ。唖然とするルイに、アヤコは目を輝かせて口を開いた。


「まさかルイが頷いてくれるなんて思わなかったよ! ありがとう、やっとこれで死ぬ覚悟できたよ! 一人で死ぬ準備するなんて、なんか寂しかったもん」


 つらつらと述べられる恐ろしい発言に、ルイは冷や汗が伝うのを感じた。この子は本当に死ぬつもりだった、冗談なんかじゃなかった。ルイはさっさとアヤコに拒否を願い出たかったが、己の執着を思い出し、そっと口を結んだ。


 そうだ、このままアヤコが死んだら、彼女はずっと私のもの。気色悪い願望にルイはえづきたくなったが、それを拒絶することもできなかった。ルイは瞳に宝石をやどしたアヤコを見つめ、首を縦に振った。


「うん、本気だよ。アヤコの自殺、手伝ってあげる。花火みたいに散りたいんだよね? どうやって死にたい?」


 ルイの冷静な問いかけに、アヤコは着席して首を捻った。


「うーん、こう、爆発、みたいに散っていけたらいいかなって」


「爆発、ね」


「そうそう! あそうだ、あとさ、一週間後に地元の花火大会あんじゃん? 私、花火見ながら死にたいなぁ」


「わかった、花火大会の日に決行ってことね。その、“方法”のことも、色々考えとくね」


「うん! あ、もう昼休み終わっちゃう! 私もう戻るわぁ。ルイ、相談ありがとね」


 そう言うとアヤコは嵐が去る様に、弁当箱をひっつかんで自分の席に戻っていった。ルイはそれに手を振りながら、胸で荒れ狂う動悸を鎮めようと必死だった。

 私は、とんでもないことをしようとしているのかも。ルイは言い知れぬ焦燥感や背中に蛆が伝うような気味悪さを感じ、一つ身震いしたのだった。


「ただいま」


 夕暮れの玄関。ルイは独り言のように呟いた。両親は共働きであり、基本ルイが帰宅したときには不在であるが、今日は違ったようだ。


「おお、ルイか。おかえり」


 玄関から続く廊下の右から父親が顔を覗かせた。鍋が煮える音がすることから母の頼みで夕食の支度をしているのだろう。別段親子の関係は冷え切ってもいないのでルイは口角を上げて応答した。


「ただいま、お父さん」


「おう、今日はおでんだ。母さん遅くなるし、父さん手作りだからな。ほら手洗って来い」


 ルイは返事の代わりに頷いて、そそくさと通学バッグを下ろし、洗面所に向かった。


 洗面台の蛇口を捻り、流水に両手を委ねる。ふと顔を上げると、鏡と向かい合った。


「ひっどい顔……」


 磨かれた鏡には青白い生気の抜けた顔の自分がこちらを凝視している。当然だ、今日彼女は友人の自殺に加担すると決定したのだから。嘘なんかじゃない、利害一致の共犯者である。


 ルイは鏡越しの自分から目を背けると両手を拭って、キッチンへ赴いた。台所では、ダイニングテーブルに父親が鍋を置いて、中身をかき混ぜている。彼は娘に気が付くと、手招きをして座らせた。


「ほら、出来上がりだ。どんどん食えよ」


「いただきます」


 ルイは手を合わせると、箸を持って卵やら大根、餅巾着をつつき始めた。沈黙は気まずいので適当に話を振る。


「お父さん、今日は早いね。どうしたの?」


「いやぁ、運よく今日は早く上がれてな。夕食がてらお前に仕事の愚痴でも聞いてもらおうかな、と」


「ちょっと、私はカウンセラーじゃないでーす」


 ルイは頬を膨らますと、両手を胸の前で交差した。父はそれを見て、笑みを零した。


「ハハ、そう言うな。父さん、最近仕事大変なんだぞ? トンネル作りのためにダイナマイトで山を爆破してるんだからな」


「……ダイナマイト?」


 ルイは箸を止めた。父は酒が入っているらしく、娘のオウム返しを聞くや否やペラペラと仕事の愚痴を漏らし始めた。しかし、ルイの頭にはダイナマイトのことしか頭に残らなかった。


 ダイナマイト、爆発……アヤコの望む死。ルイはハッとして、父の話を遮った。


「お父さん、ダイナマイトとかって、仕事場に保管しているんだよね?」


「あ? ああ、そうだよ。危険だからちゃんと管理されているけどな」


「へぇ、あ、ところでさ、お父さんの職場ってどこだったっけ?」


 気づけばルイの額には脂汗が浮いていた。口元は震えており、笑っているのか怯えているのかも分からない程歪んでいた。


 見つけた、アヤコを殺せるものを。これで彼女の死にざまが決定してしまった。ルイは父から職場の情報を聞くとすぐさま食事を終わらせて、席を立ったのだった。


翌日の深夜、ルイは深夜に重いリュックサックを背負って真っ暗な道を独り歩いていた。ごわごわしたパーカーを目深に被り、何度も背後を振り返る。追跡者はいない。そう確信するとルイは一気に静けさに包まれた住宅街を走り出した。漸く自宅が視界に入り、安堵の溜息をつく。

両親はもう眠っているだろう。ルイは忍び足で玄関を抜け、自室まで駆け抜けた。扉を閉めた瞬間、どっと疲れを感じ、彼女はリュックをベッドに下ろした。別に誰もいないのに、左右を確認しながら、そのチャックを開ける。そこに入っていたのは――。


「これなら、アヤコも満足して逝けるよね?」


 そこには通学リュックとそぐわない“ダイナマイト”が数本ごろごろと入っていた。今晩、ルイは窃盗を働いたのだ。それも父親の職場から。


 思ったよりも犯行は簡単だった。昨晩、夕食の席で父に誘導尋問をかけ、ダイナマイトの場所や現場で人気の少ない時間帯について聞き出しておいたのだ。あとは見つからずに、工事現場の保管庫から盗み出すだけだった。


 ルイは一晩で犯罪者となった事実に目を背けたく、ひたすらダイナマイトを見て喜ぶアヤコの顔を思い浮かべた。


「これさえあれば、アヤコは死んでくれる、私と友達のままで……。」


 ルイは高鳴る鼓動に胸を押さえつけながら、無意識に口角を上げていた。


 ルイの狙い通りだった。翌日の放課後、アヤコを屋上に呼び出して麻袋に包まれたダイナマイトを見せれば、彼女は目を輝かせた。


「すごい!爆弾だぁ!これなら木端微塵になれるね。ていうか、どこでこんなもの手に入れたの?」


「え、ええと、ちょっと近くからくすねてきただけだよ……。こ、これさえあればアヤコが望むように散っていけるよ」


 ルイがそう言うと、アヤコは少し眉を下げ、次の瞬間にはルイの首に腕を回して抱擁をしていた。


「ちょ、ちょっとアヤコ?」


「ありがとう、ルイちゃん。ここまで私のくだらない夢に乗っかってくれて。やっぱ、あんたは“親友”だなぁ」


 親友。その言葉に、ルイは呼吸が乱れた。親友、それは一番の存在ということ。ああ、アヤコがとうとう自分のものになってくれた。ルイはチョコレートが溶けるように、心が融解されていく気がした。なんという優越、愉悦。


 ルイはアヤコの背に腕を回して、抱き返した。


「一週間後が楽しみだね……。」


 これは二人だけの秘密。アヤコは私の用意した死に方で、私のものとして死んでいくんだ。私は“持っている”人間なんだ。ルイはいまの自分がどれほど気色悪い表情をしているか、想像もしたくなかった。


 その日はすぐに来た。一週間後の花火大会の日、死に際まで綺麗にいたいのかアヤコは朝顔の浴衣に身を包み、髪も綺麗にまとめていた。対してルイの方はサンダルに白のワンピースという簡素な装いに、重いリュック。二人は縁日がある神社の鳥居で待ち合わせ、人気のいない山の奥へ向かい始めた。道中、目を引くような屋台が立ち並び、二人は財布を開けては物色していた。


「最近の屋台って、チーズばっか入ってるよねー。女の子の敵だよ」


「さっきからチーズしか食べてないくせに説得力ないよ、アヤコ」


 レモン味のかき氷をつつきながらルイはぷっと吹き出した。アヤコはチーズスティックをこれでもかと伸ばしてルイに微笑んだ。まるでこれから死んでいく運命を知らないみたいに。


 食べ物の後は金魚すくいや射的、ボール拾い。結局二人とも下手で二束三文の菓

子とチープなゴムボールしかもらえなかった。


 二人はずっとたわいない話をして、一歩一歩と前へ進んだ。境内に辿り着いても、その奥へ回り込んで更に山を登っていった。アヤコの浴衣が少し汚れ、ルイのサンダルも黒ずんでく。二人は手を引っ張り合い、真っ暗闇を歩んでいった。そうして視界が開けたとき、空には大きな花が咲いていた。


「うわぁ、きっれい」


 花火はすでに始まっており、夜空に大輪の花が咲いていた。足場も安定したので、二人は寄り添って座り、一瞬で散る花びら達の行く末を見守った。薔薇、桜、円形、ハート。色とりどりの花が咲き、未来も忘れた二人は束の間の青春を楽しんだ。しかし花火大会も終盤に差し掛かり、最後に巨大な赤い円が浮き上がって終了のアナウンスが流れた。


 それと同時に、ルイは抱えていたリュックを刹那に強く抱きしめた。気味の悪い汗が背を伝う。躊躇していてはだめだ。ルイは震える手でリュックに手を入れた。アヤコもいつの間にかその様子を静かに見つめている。次にルイの手に見えた物はダイナマイトとライターであった。


「さ、これで」


「うん」


 アヤコは黙って、それを受け取る。


「火を付ければいいんだよ」


「うん……」


 ルイの言葉に、アヤコは目を伏せて頷いた。そして二人は立ち上がった。


「ねえ、ルイ」


「なに?」


「ここから先は一人でも大丈夫、だからもう、ね?」


「…分かった。先に山を下りるね」


 ルイはアヤコの心中を察するとリュックを背負った。一度振り返ると、夜風に揺られ、髪が乱れるアヤコの後ろ姿があった。ああ、とうとうだ。ルイは形容しがたい胸のざわめきを抑え、無言で元来た道を進んでいったのだった。


 これでアヤコはワタシノモノダ


 後日、学校にアヤコの姿はなかった。音信不通であるし、担任によると行方不明で捜索願が出されているらしい。顔を曇らせるクラスメイト達に対して、ルイは勝ち誇ったように笑った。


 笑っていられたのはそのときだけ。その数日後、リビングで流れるニュースを横目に登校の支度をしていたときだった。


『ここでニュース速報です。昨日未明、行方不明であった新藤アヤコさんが山中で遺体となって見つかりました』


 あぁ、アヤコ見つかったんだ。


『遺体の損傷は激しく、死因は崖からの転落死と見られて調査が進められています――』


 転落死?……。予想外の言葉にルイは制服のネクタイを締める手を止めた。そんなはずはない、アヤコは爆破で死んだはずじゃ? 胸が苦しい、過呼吸で頭がおかしくなりそう。その時、リビングの扉から父親が欠伸をしながら入ってきた。


「あぁ、ルイおはよう」


「ね、ねぇ、お父さん」


「なんだ?」


「……ダイナマイトって火をつければ爆発してくれるんだよね?」


「なんだ?いきなり。いや、火だけではだめだぞ?ちゃんと雷管とか起爆装置がないと」


 その言葉を聞いた瞬間、ルイは膝から崩れ落ちた。彼女の見方はこうだ。ダイナマイトで死ねなかったアヤコは引き返すこともできず、山の崖から身を投げた。ルイはアヤコを殺してやることはできなかった。


 そのとき、ニュースではアヤコの事件のインタビュー映像が流れていた。


『それでは新藤アヤコさんの“友人”に話を聞いてみましょう。新藤さんはどういう人柄でしたか?』


 映像ではニュースキャスターのマイクの先に、ルイと同年代の見知らぬ少女が映っていた。


『はい、アヤコは、同じピアノ教室に通う“親友”でした。本当に昔から仲が良くて、何回も相談も聞いてあげたのに止めてあげられなかったのが悔しいです』


 そう言うと少女は顔を押さえて泣き始めた。ルイの双眸からも生温い雫が零れだす。そして次の瞬間には床に向かって朝食の吐しゃ物をまき散らしていた。


「おい!大丈夫か!?ルイ」


 父親はぜいぜいと苦しそうに喘ぐ娘の背を摩った。ルイは気持ち悪さでぐわんぐわんと目が回った。


 アヤコはルイだけのものではなかった。彼女には他に親友がいた。なんでも相談できるような。


 ルイはアヤコを殺せなかった。彼女の望みをかなえてやることさえできなかった。


 吐しゃ物と涙でぐちゃぐちゃになった顔でルイは悟ったのだった。


 ……私は、最初から何も持ってなかったんだ…… 


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