第47話 その後
そろそろ桜の声も聞こえてきそうな3月下旬。
ニュースでは、東亜共和国の政権交代や、軍縮の動きが報じられていた。麻布の大使館に、まだ次の大使は来ていない。かの国の情報は、党に都合のいいこと以外は、そうそうニュースには出てこないけど、きっと今は外国に派遣する大使よりも、国内を抑えることだけで手いっぱいなんだろう。
そして・・・。
「かみかぜ」は試験航海フェーズを終了し、正式に舞鶴地方隊に配属となり、通常の任務航海を行うこととなった。
通常とは言っても、「極秘」扱いは変わらないため、舞鶴では浮上せず、もっぱら地底湖を使っているようだ。
「かみかぜ」の正式配属を受け、大泉さんと若井さんはその任を解かれ、大泉さんは内調のボルデメを管轄する特殊情報取扱室の室長、若井さんは防衛省情報本部に戻った。二人は「かみかぜ」を降りることに名残惜しそうだったけど、中野艦長曰く、二人とも栄転、だそうだ。
オレが二人に最後に会ったのは、「かみかぜ」からの離任式?の時だ。もちろん大っぴらになどできないので、地底湖のドックで、中野艦長の声掛けで、都合のつく関係者だけが集まって行われ、オレとハナちゃんとちくも招待してくれた。
お偉いさんが来て、堅苦しい自衛隊風の式典でもあるのかと思ったら、何のことはない、久しぶりだな、元気か、最近どうだ、とよくある同窓会のような、普通の、気の置けない仲間たちの集まりだった。
特調の人が、元気を回復した三匹の子猫も連れて来ていた。後遺症もなく、食欲旺盛のいたずらっ子だよ、と笑いながら教えてくれた。
三匹のうち三毛の一匹は何とボルデメで飼うことになったらしい! 24時間、必ず誰かいるし、散歩もできるし、何よりビューティペアをはじめ、猫好きな管制隊員が多いかららしい。
真っ白の一匹はうちで引き取ることにした。ちくの子分かな。
最後の一匹のトラ柄は、「かみかぜ」で飼ってもいいとまで中野艦長が言ってくれたのだが、本航海が始まって何か月も潜水艦に閉じ込めておくのは忍びない、と泣く泣く辞退した。
今回の件で猫愛に目覚めた大泉さんもそれならば、と考えてくれたようだが、独り身で仕事中心、場合によっては土日も無いような、働き方改革とは無縁の生活では、飼われる猫の方がかわいそうだからと、これまた辞退した。
で、結局特調チームが飼うことになった。何でも特調チームは大空洞に常駐する方向で計画が進んでおり、そのための建屋がボルデメに隣接する形で建設されることになったそうだ。
要はボルデメで2匹ね!と誰かが言ったが、特調でずっと看病と面倒を見てくれてた人が、ここで作業の時は連れてきますよ!と言って笑っていた。
今日はボルデメのビューティペアも来ていた。
中野艦長がシフトは大丈夫なのかと聞いたら、
「このために代わってもらいました! なので今日は16時から勤務です!」
とのことだった。
「中島一士も呼んだんですけど、明日は朝からイロハでフライトだから無理だって。残念」
「なら反町と江田君を呼んであげればよかったじゃないか」
「江田君はともかく、反町さんは、ね」
と言いながら、かけるがめぐるを見る。
「今度フライトシミュレーターで私に勝ったら呼んであげてもいいかな。でもちゃんと声は掛けたんですよ。けど二人も今日はスクランブル当番だから来れないんだって」
「そうか、自衛隊は空自も海自も陸自も、みんなどこも大変だな」
「そう言えばさ」
と若井さんが、オレとハナちゃんの方を向いて、
「年末に八瀬君の家に行ったとき、玄関入った下駄箱の上に侍とお姫様との写真置いてあったでしょ。あれって何? 飾るくらいなんだから大切な友達とかなんだろうけど」
と急に話を振ってきた。
「でも、ちくわ写ってなかったよな?」
オレは、しばしハナちゃんと顔を見合わせてから、
「あれは、ちくわがうちに来る少し前に撮った写真なんですよ。写っているのは本物のサムライとお姫様です。いつか、ちゃんとお話しします」
「本物のサムライ??」
と、若井さんは、なんだそりゃ的な反応だったけど、あれはちゃんと話さないとわかってもらえそうもないから仕方ない。
いつかチャンスがあったら話してみようかな。
***
離任式もそろそろお開きかなという雰囲気になったころ、大泉さんが車で家まで送ってくれると申し出てくれた。でもオレとハナちゃんは、きっと最後になるだろうから地下道を歩いて帰ります、と返事をした。大泉さんは、そうか、と微笑んで頷いてくれた。
はんぺんが加わって少しだけ重たくなった宇宙飛行士のヘルメット型ケージを背負いながら、長い地下道を歩く。
「健太郎は一体ここを何往復したの?」
「う~ん、何往復だろう・・・」
「次からは必ず、毎回、私も連れて来てね!」
次があるかなぁ、とは思いつつ、オレは、
「はい、はい」
と返事をしたら、
「ハイは一回!」
と怒られた。
天の原の扉を閉めるとき、
「きっと明日には暗証番号、変わっちゃうのよね」
とハナちゃんが言った。
「明日かどうかはわからないけど、近いうちには、きっと・・・」
「なんか寂しいなぁ」
と言いながらなかなか閉められないでいたら、テンキーが赤く点滅を始めた。
「ヤバい、冷蔵庫と同じだ!」
「早く閉めろってこと?」
「みたいだね」
そう言って、オレは扉を閉めた。
ガチャン。
なんだか、「かみかぜ」やボルデメのみんなとのつながりが途切れてしまったような感覚に襲われた。
「内調の仕事って、感傷に浸らせてもくれないのね」
ハナちゃんはご立腹だった。
***
新年度になった。桜の咲く吉田山はちくとはんぺんの絶好の散歩コースだ。いや猫だけじゃなく、人間にも気持ちのいい季節だ!
ちくは相変わらず中継棟の前で止まる。でも前みたいに後ろを振り返ることは無くなった。
そして、はんぺんも新しい生活に慣れた4月の中旬、大泉さんからのメールは突然やってきた。
「八瀬君、今度の土曜日、若井と行ってもいいかい」
それだけだった。
何と返信していいかわからず、とりあえず家に帰って、ハナちゃんに相談した。
「新しい冒険かしら!」
目をキラキラさせるハナちゃん。
「ちく! あんた何かわかるんじゃないの」
とテーブルで丸くなっているちくをつんつんする。
「まっ、あれこれメールで詮索しなくても、土曜になればわかるんだから、待ってます!の一言でいいんじゃない?」
ハナちゃんの言う通りだと思って、
「待ってます!」
と、ビックリマーク付きで返事をしたら、ちくがにゃあと鳴いた・・・
「え!」
オレとハナちゃんは思わず顔を見合わせる。
「今、しゃべった・・・ね」
さて、今度は何が始まるのやら!
猫のちくわの大冒険 ~如意ケ岳の地底湖と潜水艦~ @edasama
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