第46話 大逆転
麻布の東亜共和国大使館、黄全権大使のデスクの電話が鳴る。
この机の電話番号を知る者は少ない。通常は隣の部屋の秘書の電話が鳴るのだ。だからこの電話が鳴る時は、家族か・・・本国の共産党だ。いずれにしても楽しい内容ではない。
黄大使は、一つ息を吐いてから受話器を取った。
「もしもし」
相手は王都共産党本部中央執行副部会長だった。普通なら、黄など目も見られないような相手である。
黄は立ち上がって、
「ご無沙汰しております」
と挨拶をした。
挨拶などいらぬ、と言って副部会長が言うには、昨日劉公使から、日本国の重大秘密を入手したと、執行部全員宛にメールが届いたという。
内容は、日本が建造した原子力潜水艦の写真と、構造図などを含む詳細な仕様書だと書かれてあった。
早速開けたところ、写真も構造図も、我が東亜共和国の周級1番艦のものであった。そればかりかファイルにはウイルスが仕込んであって、開けた者のパソコンのファイルが自動で転送され始めたのだ!
中央情報部の技官が気づき、直ちにネット接続を解除したが、いかほどのデータがどこに流出したか、見当もつかぬ!
我が国の潜水艦データを日本の潜水艦だと送ってくる間抜けぶりといい、ウイルスにも気づかぬ腑抜けぶりといい、貴様は一体どういう部下の管理をしているのか! と。
副部会長は、一気にまくし立て、最後に「覚悟しておけ」とだけ言って、一方的に電話を切った。
黄大使はしばらく受話器を握りしめたまま立ち尽くしていたが、やがて諦めたようにゆっくりと受話器を置き、インターフォンで劉公使と陳参事官に、直ちにこの部屋に来るように、と秘書に伝えた。
劉と陳は日本の原潜データのことで褒められるとでも思ったのか、ニコニコしながらすぐに部屋にやってきた。が、その顔から笑顔が消えるのに、3分も掛からなかった。
黄大使は、共産党本部中央執行副部会長の言葉をそのまま二人に伝え、最後に、自分も含め、あなた方二人の帰る席は、もう本部どころか、王都、いや、東亜共和国のどこにもない。家族ともども、激烈な仕打ちと、1ミリの勝ち目もない裁判が待っているから覚悟するように、と言い残し部屋を後にした。
劉公使と陳参事官は、部屋を出ていく黄大使を振り返ることもできず、呆然と立ち尽くし、大使の言葉を反芻していた。
「終わりだ・・・」
陳参事官が呟くのを聞いて、鬼のような表情で睨みつけて公使が言う。
「なぜ、なぜだ! あれだけの報酬を与えながら、なぜだ! 小野と山下はどこに行ったのだ! 直ちに探し出して、ここに連れて来いっ!」
だが、陳は返事もなく立ち尽くしたままだった。
〇原子力潜水艦「かみかぜ」 ブリッジ
「さて、と。あとは本丸、大使館だな」
大泉さんが、見てろよと言わんばかりにニヤリと微笑み、大空洞にいる特調チームに無線で連絡をした。
〇如意ヶ岳直下の大空洞
「よぉし、キャリコ作戦の〆だ。ハデに行こう」
大泉さんから、水中ドローン全機停止、猫も3匹回収完了の報告を受け、大空洞で作業していた特調チームが、世界中の名だたるメディアに、これまで彼らが得た情報を一斉にリークを始めた。
***
翌日、日本国内は、またも海自が米軍と共同で日本を守ったと大騒ぎになった。
新聞の一面は東亜共和国の陰謀を論じ、ニュースでも米軍が撮影した周級2番艦のブリッジがヘリの機銃掃射で穴だらけになる鹵獲のシーンが繰り返し放送されていた。
実際、この映像はかなり強烈で、SNSでも日本大勝利、と言う言葉と共に何十万回もリツイートされたようだ。
その中に、東亜の潜水艦の艦首と艦尾に穴が開いているのはなんでだ? と言う鋭い指摘もあった。
特調チームがリークした映像は、すべて「かみかぜ」が撮影したものであるが、艦首と艦尾をミサイル攻撃して飛び去って行くF35のシーンなどは全てカットしているので、ミサイルが命中して、穴が開いた瞬間の映像は出回っていないのだ。
これは世論対策、と言うよりは、先制攻撃じゃないのか!などと現場を知りもしないヘタレ議員の下らぬ国会質疑に、防衛省や内調が巻き込まれないようにするための政治的配慮だと、大泉さんは言っていた。
ちなみに、都合よく現れた第7艦隊だけど、大泉さんがノーフォーク海軍基地に派遣されたいた時の上司のコネも使って、2週間以上も前から打診していたらしい。若井さんも、噂では、また大臣に直訴までして、米軍の派遣をお願いしていたと聞いた。
キャリコ作戦の裏には、そういう隠れた努力があったんだ、とオレはつくづく感心した。
さらには、日本の水脈を狙ったドローン攻撃や、生体センサーを回収し、そこから猫を保護する映像まで流れ、国連を筆頭に世界中が東亜共和国を避難した。中には、すでに大使の召還を決めた国もある、とニュースが言っていた。
世界を巻き込む反響は、大泉さんの狙った通りとなった。
が、事はそれだけでは終わらなかった!
特調がリークした情報の中には、東亜共和国との同盟の強化が噂されていたシロア帝国の原潜の潜航計画、特に最新鋭とされるバクー型の建造仕様書まで含まれていたのだ!
これに怒ったのがシロアで、駐シロア東亜共和国大使を外務省に呼びつけ、同盟継続の白紙を通告したと、ニュースは言っていた。
このニュースに、意外にも大泉さんは少し困惑していた。
「あの国が世界で孤立してしまうと、また次に何をしでかすかわからないからね。シロアにはこれからも首根っこを押さえておいて欲しいんだが」
と言っていた。
相手がこぶしを振り上げる前にそれを抑える政策を作らなくちゃいけない立場の人は考え方がさすがだ、とオレは思った。
この半年間で2回も東亜共和国の脅威にさらされた日本も、今回は反応が早かった。
キャリコ作戦の翌日、2月15日の朝一には、大泉さんからの連絡と、特調チームが東亜本国と大使館から入手した資料を持って、山中内閣情報調査室長が外務省と総理に報告、その日の午後には黄大使を外務省に呼び、今回の件をこれまでにない強い口調で非難するとともに、主犯たる劉公使と陳参事官をペルソナ・ノン・グラータ指定とすると通告した。
そして、今回の一件は「第2次舞鶴湾沖防衛出動」と命名すると、官房長官が言っていた。
それから数日後、東亜共和国大使館の黄大使が、劉公使、陳参事官を伴って、希望するメディア全員を大使館の大ホールに入れ、極めて異例の謝罪記者会見を行った。
終始うつむいたままの公使と参事官を横に立たせ、黄大使は「東亜共和国」を代表して、日本国に謝罪する、と言い切り、深々と、30秒近く頭を下げた。
メディアからは、おぉっという驚きの声が漏れたほどだ。
3人は会見が終わり次第帰国すると言っていた。
メディからの質問で、ペルソナ・ノン・グラータは公使と参事官だけなのになぜ大使も帰国するのか、との質問が飛んだが、大使は、本国から召還されたため、とだけ答えるにとどめた。
東亜本国から日本政府に正式な謝罪があったというニュースは流れていないし、きっとこれからもないのではないかと思う。
記者会見後、いつにも増して警備が厳重な大使館前のゲート脇にオレと大泉さんはいた。
しばらくして、公使と参事官を乗せた車が出てくる。
一斉にメディアのフラッシュがたかれる。
驚いた様子の二人が、窓の外に目をやった時、ちくが目に入ったのだろう。参事官は、はっとしたような顔を見せ、その口が「猫ちゃん」と動くのがわかった。
そしてオレたち二人を、お前たちは誰だというような表情で見つめ、車は去って行った。
大泉さんとオレはにこりともせず、二人を見送った。
ちなみに、公安の小野と山下は、キャリコ作戦の10日ほど前に逮捕された。
内調の山中室長が、二人が買収され、国家機密を売ろうとしていた証拠が詰まっている公用携帯、東亜からの入金記録が残っている口座の写し、さらには情報本部の調査結果を持って、特定秘密保護法違反で内調が緊急逮捕した二人を伴って、公安外事第2課の東山課長を訪れ、証拠を突きつけたのだ。
東山課長は言葉もなかったそうだ。
山中室長は、大泉さんたちが作戦遂行中であり、東亜に知られると日本が未曽有の危機にさらされる恐れがあるため、作戦の完了連絡があるまで、二人の逮捕は決して公表しないよう強く申し入れ、東山さんは一も二もなく了承したらしい。
そうそう、肝心なドローン。
水脈の中で爆発一歩手前で停止させることに成功したが、回収には難儀した場所もあったようだ。特調から提供された座標データをもとに、警察の爆発物処理班と、陸自の施設科、武器科合同での作業で、24機、無事にすべてを回収した。
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