蒼の黙示録―SW2.5リプレイノベル―

樹村卓飛

第0章 旅の始まり

第0話 幼少期の記憶

 ここ最近、悪夢を見る。村が黒い霧に覆われて皆が闇に飲み込まれていく…そんな悪夢。何かを掴もうとしても、一歩踏み出そうとしても、僕の身体は動かない。そうして大きくなった影が僕を襲いかかろうとして…そこでいつも目が覚める。


 『お~い!コウ!起きろ~!今日は剣術勝負だよ!』

『…大丈夫?いつもと比べて今日は顔色良さそうだね。もしかしてボクが毎朝起こしに行ってるから健康になってきた~?』

ユア、彼は僕が悪夢を見る事を知っている数少ない一人だ。この未来予知とも言い切れないような幻想を笑わずに聞いてくれて、『だったらそれが本当になったとしても大丈夫なぐらいに強くなろうよ!』と言ってくれた。この朝の日課はその時から続いているが、別に毎朝起こしに来なくっても…まぁ、彼なりに心配してくれているのだろう。だからと言って易々と勝利を譲る気は無いけど。

「おはよう、ユア。そうだね…もしかしたら今日は気分がいいのかもしれない。悪いけど今日の勝負は勝たせてもらうよ?」

『なっ!ボクだって負ける気なんてさらさら無いんだからね、覚悟しろよー!』

そうやって勝負と称した僕達の訓練は始まる。

幼いながらも立派な夢がある、それ以外はなんてことの無い普通の日常。…でも、そんな日々も長くは続かなかった。


 今日は珍しく引き分けだった。体力が尽きた僕達は勝負に使っている場所からそれぞれへの家に帰る帰路に着く。

「あんなことを言ったんだったら勝ちたかったけどな。あそこで決め切れなかったのがダメだったのかな?」

『それを言ったらボクもだよ。そこはこうやってすればよくて…ああでもそれだとあれが…』

こうやって帰り道に反省会をする、あの日から繰り返してきたルーティンだ。でもその途中でユアが少し真面目な顔になって…

『…そういえばもうすぐ成人だよね、コウって将来の夢とかってあるの?』

「えっ?だから強くなってこの村を『いやいや、まぁそれもそうだけど…』

『別にどうって話じゃないんだけどさ。もしその悪夢が実際に訪れなかったとして、コウにやりたい事ってあるのかな?って思って。』

僕のやりたい事か…確かに考えたことなかったな。でも急に言われてそんな思いつくことなんてないに決まって…

「いてっ!?ちょっと急に立ち止まるなよ!考えてたから前見えてな、いや前見てないのは僕も悪いけど…」

『ね、ねえ。あれ…もしかして…』

あれってなんだよ。そう思いながらユアが指を指した方向を見る。何か化物でも見たのか…


「『…黒い霧だ。』」


 息を切らした僕達は村中で大声を出しながら誰か居ないか探し回った。でも、一人も返事を返してくれない。二手に分かれて、最終的に自分の家まで行ったけど誰も居なかった。

なんだよ…僕達が今までやってきたことって全部無意味だったのか…?こんな…こんな終わり方だなんて…

息を整えるために足を止めてしまう。負の感情に支配されていた僕は突然の『伏せろ!』と言う声に反応できなかった。

誰かに突き飛ばされたのか、地面に倒れた僕が見た景色は…黒い霧から飛び出たように蠢いているナニカの腕に体を貫かれた僕の父さんだった。

「父さん!」

『大丈夫だ、すぐには死なん。それに、こうしてしまえば…ふん!』

威勢のいい声と共に父さんは謎の腕へその手に握られていた直剣を振るう。しかし、すんでのところで腕は貫いた腕を引き戻し、霧と共に消えてしまった。それに舌打ちしつつ見送った父さんは何かの言葉の羅列を唱えると、貫かれていたはずの体がみるみる元通りに戻っていったのだった。

『コウ、何が何だか分からないって顔をしているな。悪いがじっくり説明している暇はない…大雑把になってしまうが、よく聞け。』

そうして父さんから伝えられたのは、村が謎の黒い霧に覆われたこと、黒い霧から腕が伸びて皆を攫っていったこと、皆を護ろうとした人は父さんみたいに危害を加えられたこと、村に人が居ないのは安全な場所に攫われなかった人達を匿っているからということ、父さんは昔に色々な人を助ける冒険をしてたということ、強さの理由はそれが原因だということ。いや本当に何が何だか分からないけど…確かに今まで見てきたあの悪夢と同じかもしれない。

「悪夢……そうだ!ユアが…まだユアが残っているんだ。このままじゃ危ない…早く助けに行かないと!」

『待て、コウ!お前はこの先の避難所に行け。父さんが強いのはその目で見てただろう?ここはおとなしく任せて…「でも…!それでも!」

それでも、ここで逃げてしまえば僕が、僕達がやってきた事が否定されるようで…そんな結末なんて嫌だ。僕が彼を…ユアを助けに行くんだ。

『…血は争えない、か。分かった。ただし、これを持っていけ。』

「これは…さっき父さんが使ってた…」

『いいか、限界の時こそ死ぬ気でやれ。ただし、絶対に死ぬな。…無事に帰ってくるんだぞ。』

「…ありがとう、父さん。行ってきます。」


 「ユア!居るか!?」『コウ!ここだよ!何なのこれ!?』「説明は後だ!まずは切り抜けるぞ。」『う…うん、分かった。ボク達ならきっとやれる…!』


 …なんとかなった、と言うのが正しいか。僕が襲われたようにユアも襲われていたんだけど、一つを対処したと思ったら二つに増えてそれも対処したと思ったら三つに増えて…というのを繰り返していた。そんな途方もない戦いを繰り広げていたら、急に増援が止まってあいつらは消えていった。勝利と言えるかは怪しいところだけど…

「…やったな。お疲れ様、相棒。」

『相棒だなんてそんな…ボクは途中からコウについてくのに必死だったよ?』

『それで、いったい何が…』と言いかけたユアの背後に先ほどまでとは違う、一際大きい影が急に現れた。とっさに彼の名前を呼びながら剣を振るった…


次の瞬間、僕の体は宙に舞い上がっていた。

【うーむ。いやはや、こんなに遅くなるとは思っていませんでしたが…なるほどなるほど、そういうことでしたか。】

なんだ?何にやられた?今まで見てきた腕じゃない、それとは違うもっと強大な…

【珍しいですね、あれがここまで作用していましたか。やはり~~~は…おっと、こんなところまでにも。厄介ですね、この呪いは。】

…何も分からないな。ユアは無事か?早く立ち上がって…

【おっと、まだ御自身の状態を理解できていないようで。ほら、そこの御方。早く助けに行ったほうが…って言うまでもなかったですね。】

あ…ユアがこっちに来ている。よかった、無事なんだな。なんでそんな必死な様相を見せてるんだ?何か言っているように思えるけど何も聞こえない。なんなら目も霞んできた。やっぱ連戦がきつかったのかな…

【…まさか、その状態でまだ生きているっていうんですか?そ…それは…なんとも素晴らしい!!こんな場所で~~~に出会えるとは!これだからやめられないんですよねぇ!】

うるさいな、静かにしてくれ。もうほとんどなに言ってるのか分からないぞ。目のまえもまっ暗になりつつあるし、あつかったりさむかったり、てあしにちからもはいらないし…


…いや、まった。これってしぬときの。



 ―その日、確かに彼の灯火は消えつつあった。しかし、彼の中で燻る想いが彼を繋ぎ止めたのかは分からないが…彼は遠い地にて命を吹き返す。彼の右手には父から譲り受けた剣が、左手には友人が着けていた首飾りが、まるで彼の力の象徴だと言うように握られていた。

そして世界は始まりを告げる。その日は彼に新たな火を灯し、新たな夢を与える。

 必ず再会するという約束を果たすために。

 友ともう一度あの日々を過ごすために。

彼はまだ知らない。この旅がなぜ始まったのかを。

彼はまだ知らない。この旅が偶然として始まった物では無いことを。

ただ、彼は歩き続けるのみ。【この旅は彼自身の為に存在する。】

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