第26話 「悪行を始めた本当の理由」

カレンは神妙な顔をしている。


セロンに、隠していた事を見破られてしまったからだ。


村に対しての思い入れも無く、生き残った村人を皆殺しにしたのは事実だった。

カレンは過去に組織に入って最初に受けた脅しのようなやり取りを思い出した。



     ***



 小さい個室の中、幼いカレンは武器を持った野蛮な大人達に囲まれていた。

 腰掛のない不安定な丸い椅子に座り、縮こまっていた。


──『これからやるのは悪い事だ』

──『お嬢ちゃんの素性を知ってる者が街にいるのは都合が悪いんだ』


──『わかってるよな?』

──『……はい』

 半分強制みたいなものだが、自分が頷いたのは事実だった。


実際、カレンも村の人達なんてどうでもいいと思っていた節があった。



     *



 カレンは黙って俯き、思い詰めるように机を凝視していた。

「だったら、私の本当の動機は何だっていうの?」

 カレンは開き直って訊く。


同じ村の人々の事をどうとも思っていないのなら、悪行に加担し、街の人々に復讐する必要なんてないのだから。

「これは僕が街で訊いたことから考えた予想なんだけど……カレンさんは【友情の証】を作って売ってるよね」

 前の白い小さな竜は、穏やかに訊いて来る。

「……ええ、そうね」

 その事はあんまり触れられたくなかった。

「けど、その証は意味がないと思ってる」

「そうよ」

「意味がないと思ってるのに、作って売ってるのはどうして?」

 白い小さい竜は、確認するように訊いてくる。

「……それは気まぐれよ」

 誤魔化すように答える。

 白い小さい竜は、なんの淀みのもなく話を続ける。

「それじゃあ、川に自分が身に着けていた【友情の証】を落とした時、拾わなくていいって言ったのに、貧民区で定期的に【友情の証】を探しているのはどうして?」


 カレンは思わず、目を見開いて、セロンの方を向いた。


「証を探してるって話、どこから聞いたの?」

 カレンは、取り乱していた。


「貧民区のおじさんが教えてくれたよ」

「…………そう」

「他にも不思議に思ったことがあるから聞くね」

「……」


 カレンの沈黙に構わず小さな白い竜は続けた。

「僕の友達が竜に殺されたって話をしたとき、カレンさんは、『復讐したいと思うの?』って僕に訊いたよね? どうして、復讐するかどうか前提なの?」

「そんなのは……」

 カレンは言葉に詰まった。

「カレンさんは僕に、『復讐で無実の人を殺したりする事はどう思う?』とも訊いてきたよね。どうして?」

「……」

「村人達のための復讐じゃないのだとしたら、いったい何の目的で復讐するの?」

「……」

「僕が友達を失った話をした後、感情が不安定になってたよね? どうして?」

「……」

「……えっと、何が言いたいかと言うとね、カレンさんもかけがえのない友達を失ってしまった」

その言葉を聞いたカレンは、驚きの表情をした。

「カレンさんの言う復讐とは、その友達が関係しているんじゃないかなって僕は思ったんだ」

 カレンは愕然とした表情を浮かべる。

「どうして……わかるの?」


「僕も友達を失くして、酷く悲しんだからもしかしたらと思って……」

 セロンは思い詰めるように答えた。

「だけど、あれだけ犯罪の事は分かるように教えてくれたのに、亡くなった友達の事は一切教えようとはしてくれないのは、何か特別な理由があるの?」

 セロンは、そう訊くとコップに残ったお茶を全て飲み干した。


「……」

カレンは、眉をひそめて険しい表情をする。

どうして真実を隠すのか。それはカレンを救ってくれた人がそう教えてくれたからだ。



    ***



親友を失ったカレンは、街中の橋の上で絶望し、打ちひしがれていた。

そこにフードを被った謎の男が俯いたカレンの元に来て囁いた。


──『いま、君はとても絶望していると思う』


──『大切な存在を失って、大切な物を失って、酷く悔やんで、憎しみを持っていると思う』

──『その気持ちは忘れず、ずっと持ち続けた方がいい』

──『誰にもその事を話さないで、記憶の中にしまっておいた方がいい。誰かに言ってしまうと君にとって特別じゃなくなってしまうから』

──『特別でなければ、君が生きる目的なんて無くなってしまうんだから』


 その謎の男は、カレンを救い、復讐の手段を与えてくれた。

 


  *



もう今となってはあまり意味のない事。誰かに話しても構わないような事だ。だけど、心の何処かで特別でなくなってしまう事に怖さを感じていた。自分は、何の為に復讐をしてきたのだろうと、目標を失くしてしまうような、そんな気持ちになっていた。だから、言わないでずっと隠していた。


だけど、目の前の白い小さな竜は、カレンに失くした親友がいるというのを見抜いた。同じように友達を失くしていた。一緒に旅に行きたいと誘ってくれた。それに、もうここまできたのなら……。

「……そうね」

 重たい口を開いた。

「君になら、言ってもいいかな。どうせ、もう終わるしね」


「教えてくれるの?」

 カレンはセロンに目線を合わせずに話し始めた。

「……私、村ではあまり楽しく過ごしていなかったんだ」


カレンは、過去の境遇と真実を話した。


   ***



 カレンは、平地の小さな村の一人の子供だった。

 

 両親もいたし、村の他の子供達ともそれなりに上手く付き合っていたつもりだった。

 両親の言いつけはちゃんと聞いていたと思うし、村で幅を利かせている村長の息子とも波風立たないように上手く接していたつもりだった。


 村長の息子は、ガキ大将的な存在で、彼の周りに他の子供達が集まり、彼の気分や意見でその時の遊びが決まっていた。カレンとも同じくらいの歳で、名前はブルオと言う。


 子供達の間では、ブルオの意見が全てであり、それに皆賛成する。誰も彼に逆らったりはしなかった。


 大人達もそれを良しとしていた。なぜなら、やがて村長の後を継ぐ子だから、今から上下関係をはっきりさせておくのは悪くないと、そう考えているからだ。

 それに、できるだけ媚びを売っておけば、将来、贔屓してもらえて、より良い地位につけると言うのである。

 カレンは、その関係に対して、違和感を感じていた。楽しくもないし、意味もよくわからなかった。


 だから反発した事があった。


 ブルオはいつものように村の子供達を集めて、鬼ごっこをしようとした。

 集まるのは、活発に動くことが出来る同じくらいの歳の子供達だった。割合的には、圧倒的に男の子が多く、女の子は、カレンとあともう一人だけだった。


 カレンは、鬼ごっこは好きじゃなかった。鬼になったら、全然捕まえられないし、逃げる方になっても真っ先に狙われる。そして、ブルオが一番気に入らなかった者は、厠(かわや)掃除など懲罰を負わせられるのである。正直楽しくなかった。

「嫌なんだけど」

 突っぱねるようにブルオに言う。


「おいおい、お前だけ仲間の輪を崩す気か?」

 ブルオはそう返すと、強制的にカレンを鬼役に決定した。他の子供達は見ているだけだった。


 鬼役になると、一向に捕まえることが出来ずに、やる気も出なかった。一人の人を追いかけすぎると、ねちっこい女と罵られた。


 そして結果の有無に関わらず、ブルオに逆らったカレンは、厠掃除をやらされる羽目になる。さらに、その時から露骨にカレンが標的にされてることになった。


 それからというもの、遊びがどんな結果になっても、カレンがやり玉に挙げられる。毎回、肥溜めの掃除をやらされる羽目になった。


 肥溜めに後ろから突き落とされそうになる事もあった。


「何すんのよ!」

 ブルオに向かって怒った。


「遊びだろ向きになるなって」

 ブルオは、ヘラヘラと笑いながらその場を去って行った。



 両親は、この事に対して味方になってくれるどころか𠮟りつけた。


「ブルオと上手くやって行かないで、どうするつもりだ! この村での居場所が無くなっるんだぞ。俺達の立場だって、危うくなるんだぞ!」

 父は問答無用で怒鳴る。


「けど、私はいつも……」


「ブルオに謝って、許してもらいなさい!」

 母も父に同調する。


 結局、ブルオに許しを請いて、立場の回復を図る事になった。


 

土下座して、地面に頭を擦り付ける程度で済んだのは不幸中の幸いだった。


ブルオはニタニタと笑っていた。

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小さくて大きなわがまま しがない竜 @Shiganai-ryuu

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