第25話 「違和感のあるカレンの悲惨な過去」
カレンは、この街に逃げる事になった悲惨な過去を話した。
***
カレンは、草や木々がまばらに生い茂った平地の村に住んでいた。
村を襲ってくるような魔獣も殆どいない、穏やかな環境だった。また、他の街や村と交易することはなく、畑を耕し、村は自足自給で運営されていた。
しかしある時、山がある方から不穏な影が迫って来た。それはまだ早朝の事だった。
今までそんな危険な事はなかった。なんの予兆もなかった。
しかし、竜の影が村の方へ目掛けて飛んできていたのである。
いち早く気づいた村の守衛は、叫んで、皆に知らせた。
村の皆の行動は早かった。戦える者は、武器を手に取り、応戦する準備をする。戦えない者は、村の後方の建物に逃げるように入り込んだ。カレンも竜の来た方から離れるように、村端の建物の影に隠れた。
万全の体勢だった。けど、竜の輪郭がはっきりするくらい近づいてきた時、隠れながら見ていたカレンは、驚愕した。
なぜなら襲ってきた竜は、見たことのない程、大きな竜だったからだ。
いくら小さな村だと言っても、平野近辺にいる小型の竜なら撃退できるくらいの備えはしていた。
けど、向かってきている竜は遥かに大きい。一切備えは通じないというのが直感でわかった。
応戦しようとしていた大人達も狼狽えた。
カレンは、生物の本能なのか、意識よりも足が勝手に逃げる方向に動き出した。
(やばい、絶対にやばい、あんな大きなの)
心臓の鼓動が警鐘を鳴らしている。
走って、走って、バランス崩しながらも必死に走った。
竜が、村に襲撃する爆音が後ろから聞こえた。村が無くなったんじゃないかと言うほどの爆音だった。
大人達の叫び声、子供の悲鳴が背中の方から聞こえた。
必死に走った。ドンドンと地響きが聞こえる。焼け焦げた匂いもした。
(私に気づくな。私に気づくな)
息が上がる。けど、不思議と走る速度が落ちない。命の生死が問われる場面だと人は、こんなにも必死になれるんだとその時実感した。
そうして死ぬ物狂いに走っていると、無事に街まで逃げてくることが出来た。
街の門をくぐった時に、安心したのか、目が眩みその場で倒れ込んでしまった。
仰向けになり、荒い息でせき込む。肺が痛い。汗がどっと出てくる。
数分経った頃、ようやく正常の思考ができるようになってきた。
(村はどうなったのかな?)
ゆっくりと上体を起こし、村がある方を確認した。米粒くらい遠くで、黒い煙が上がっているのが見えた。
カレンの他にも必死に街に逃げてくる村人が二人程、見えた。さっきまでは気づかなかったが、辺りを見回すと街の中には、走って逃げて来て、疲れ果てている村人が何人かいた。村の住民からしたら僅かな人数だった。
(これだけしか逃げられなかったの……)
ふと我に返ったカレンは、すぐに街の人々の助けを求めた。
「助けて! 村が竜に襲われたの! まだ、村に取り残された人や戦ってる人がいるの!」
声の出る限り、街中に響くように叫んだ。
他の逃げて来た村人達も一緒になって助けを求めた。
「応援を頼む!」
けど、街の人達の反応は衝撃的なものだった。
「やーね、また難民が街にやって来たよ」
「竜に襲われたって言ってるわ」
「どうせなら、全員残らず狩りつくしてくれればいいのに」
耳を疑った。
「頼む、誰か助けてくれ!」
一人の村の大人が悲痛の訴えを叫んだ。
けど、街の人々の反応は残酷なものだった。
「行きましょ」
「怖い怖い、関わらない方がいいわ」
街の人々は老若男女問わず、ぞろぞろと逃げるようにその場から離れていった。
カレンも、他の生き残った村人も、立ち尽くすしかなかった。
泣き崩れる村人がいたり、喚く村人もいた。カレンは、不思議と涙も出なかった。唖然として放心状態だった。
結局、戦った村人達と逃げ遅れた村人達は全滅した。
生き残ったのは、街まで走って逃げられる若い村人だけだった。
*
「街の人々は助けてくれるどころか煙たがった。できれば全滅してほしかったと思ってたね」
カレンは、呆れたように語る。
さらに続けた。
「正直なところね、村を滅亡させた竜なんかよりも街の人達に腹が立ったね……だから、こんな悪行で復讐しようとしたんだよ」
言葉に憎悪を滲み出して言った。
「そんな酷く辛い事があったなんて……」
セロンは、神妙な面持ちで答える。
「私の気持ち、少しは分かってくれた?」
「うん、村がいきなり悪い竜に襲われるなんて惨事、何て悔めばいいのか……犠牲になった村人達は、いたまれないよ……」
セロンは、謹んで言葉を選んでいるようだった。
全く分かっていないような受け答えをされて、感情が逆なでされた。
「話聞いてた? 竜に襲われた事なんて、災難はしょうがないでしょ? 竜の気まぐれなんて村の皆にどうすることもできないんだから……そんなことよりも、最低なのは街の人達でしょ……誰も何も助けてくれないんだから」
カレンは、訴えるように話す。
「確かに、街の人々の反応は冷たくてさもしいけど……だけど、それで街の人達に復讐するってのは、八つ当たりになっちゃうよ……」
セロンは、街の人々の肩を持つように意見を言った。
その意見がカレンをさらにヒートアップさせる。
「それじゃあ、どうしろって言うの? 大人しく竜に蹂躙されろとでも? それが運命だとでもいうの?」
語気が強くなる。
セロンは宥めるような仕草をして、窺うように言う。
「いや、そう言う事じゃなくて……、あの~……カレンさん……」
「何?」
威圧的に訊いた。
「そもそも今の過去の話って、本当にカレンさんの身の上話なの?」
(……)
カレンは、一気に感情が鎮まっていった。
「……何を言ってるの?」
カレンは、目をぱちくりさせた。
「だってね、今話に出て来た人は、村の皆の事を思って、街の人達に惜しみなく助けを懇願している様子だったけど……カレンさんは別にそこまで村の人達の事、大切には思ってないよね?」
「……」
カレンは無言で固まった。言い返すことが出来なかった。
セロンは話を続ける。
「僕はカレンさんと何度か話した事あったけど、前住んでた村の話なんて出てこなかったよ。一度もそれらしい事を聞いてないんだよ」
カレンは黙ったまま何も言えなかった。
「もし、少しでも思い入れがあったら、たとえ隠していたとしても言葉の端端に出てきそうだけど……全くなかった。それに、僕が竜だって自己紹介したときも、一切忌み嫌うことなく受け入れてくれたよね……嬉しかったけど、普通、村が竜に滅ぼされたなら、嫌な顔一つくらいはするはずだよね……だけどカレンさんはしなかった」
カレンは表情を崩さないように我慢しているが、目のやり場に困っていた。
「それは、偶然じゃないの?」
苦し紛れに言い放った。
「確かに、その可能性もあるかもしれないけど……僕が街で訊いた話の中に奇妙な内容があったんだよね。この街の闇組織の一人は、難民出身の者がいるっていう話なんだけど……その者が組織に入って一番初めにした事は、生き残った村人を皆殺しにすることだった」
カレンは、足や指を小刻みに動かして気を紛らわした。
「その話と私に何の関係があるの?」
自然と出て来た言葉はそれだった。
けどセロンの口は止まらない。
「その話は、十年程前の事で、その者は、少女だったらしいんだよね……それでね、僕が把握している限りでは、闇組織に所属する女の人ってカレンさん以外にいないんだよね……難民出身って言うのも、さっきの話から、カレンさんに当てはまってしまうんだよね……」
カレンはついに感情を隠し切れずに表情が曇った。
「もちろん、本当の話かは分からないけど、もし事実なのだとしたら、他の村人達は死んでもいいって思ってる事になる。死んでもいいなら、逃げてきたときに街の人々に助けを求めたりしないよね?」
セロンは、じっとカレンの目を見て訊いてくる。
「そんなの……なんも……」
カレンは、動揺して言葉が途切れ途切れに詰まった。
「もし、事実なら、どうして話してくれないのか訳を聞かせてくれる? 自分が関わる悪行は通報してもらうように促すのに、どうしてその事は隠すの?」
完全に追い詰められた。誤魔化しようがない。セロンが話している内容は、全て当たっているのだから……そこまで見抜かれるなんて思ってもみなかった。
カレンは、思い詰めたような表情をした。
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