「世界一優しいハンバーガー」

Aki、 空き時間に飽きずに執筆

私は今すぐ〝あのハンバーガー〟が食べたい


私の名前は――まあ、どうでもいい、パリにいる、フランスだ

今の私の目的は一つ「ハンバーガーを食べる」だ


街角のカフェを抜け、雑踏をかき分ける慣れた道をスルスルと移動する

香ばしい匂いも、冷たい風も、今は全部、私の神経に刺さる

だが、思考は一点に集中していた『ハンバーガー』…だ

世界で唯一安心できる味…


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パリではモデルの仕事で揉めた

カメラマンが気取りすぎてて、指示がいちいち鼻につく

「視線はもっと冷たく」「その怒りは芸術だ」

とか言ってくる、こっちの気持ちは何も知らないのに


(アタシのトラウマを勝手に作品にしないでよ…)


何度も何度もそう思ってるうちに

怒りが爆発し全身の血が沸騰している気がした

結局、限界がきてスタジオを飛び出した。


日本のあの味を食べれば落ち着く

本能的にそう思った

それが、間違いの始まりだった。



——少し情報を整理しよう思い出す——



家庭は、いつも何かが爆発する直前の火薬庫みたいだった

子供の頃、家では毎日些細なことで爆発する


父と母の喧嘩は雨のように降り続き止む気配がない

皿の割れる音や怒鳴り声が響くたび

父はお酒を買ってこないと手を上げ、母は手伝いを怠るとごはんをくれない


愛と恐怖がいつも条件付きで押し付けられる場所だった

私にとって家は居場所じゃなかった。怒号と暴力、孤独が日常


ただその頃の〝アタシ〟には秘密の逃げ場が一つだけあった

私は勝手口から逃げて、近所のハンバーガー屋へ向かった。


店に入ると、恰幅のいい店主が柔らかい声で迎えてくれる

あの店にだけは怒鳴り声が存在しない、優しくしてくれる


私は、あそこで初めて「静けさ」というものを知った

怒りが消える、呼吸が楽になる事もここで覚えた

その理由を、私はずっと誰にも話さなかった。


それから高校卒業がせまったある日、

家を出るためにお金を貯めようとバイト面接に向かい落ちて

項垂れながら歩いていた


急に風が吹いて髪を押さえた、その一瞬。

通りがかった編集部の人間に

「ちょっと一枚、撮らせて」

と声を掛けられた

街角スナップのカメラマンは

私の〝笑っていない目〟を気に入ったらしい

そこから新しい仕事が始まった


読者モデルの撮影に呼ばれ、誌面に少しずつ顔が載るようになった

ある日、編集から「海外で視野を広げてみない?」と打診があった

たぶん、この家から逃げたがっているのを

みんな薄々気づいていたのだと思う

逃げる理由としては十分すぎた

わたしは迷わず了承し、そこからは驚くほどとんとん拍子に進んでいった



パリでのモデル仕事が決まりその日は向こうで暮らす前の最後の日だった

私は飛行機の時間に間に合う様バタついて準備を行い空腹のまま家を出た

スーツケースを引きずり、空港へ向かう途中に向かう前に

いつもの味を忘れないようにあの店に行きなじみの注文をすませテーブルにつく

私はハンバーガーを食べようとして口をひらいたら視線を感じて

動きを止めると


店内に子供が迷い込んでいた


目の前には、物欲しそうな目でこちらを見つめる幼い少女がいる

この辺は住宅地で今は深夜だ

この時間には個人経営のここしか空いてる店がない

涙目で周りに親がいないところを見ると迷子何だろう


物欲しそうな目でこちらを見つめる幼い少女。

さっきまで怒気をまとっていた自分の顔に無垢なその視線が刺さる。

子どもの扱いなんて知らない、どうしていいか分からないその戸惑いが

どうしてもぶっきらぼうな態度として滲み出る

〝アタシ〟は、さっきまで食べてようとしていたハンバーガーをテーブルに置くと

声をかけた。


「……ねえ」


自分でもびっくりするぐらい冷たい声が出た

低い声でぶっきらぼうに話しかける。

思わず顔の周りの筋がこわばる

なんとか抑え込んでいるつもりだ。


「…そんな顔して、何見てんのよ…」


アタシの顔が怖いのかすぐに目をそらす

アタシは食べようとしていたハンバーガーを半分にして

一度皿の上で乱暴においてから

少女から遠すぎず近すぎない場所に

「ドンッ」と音を立てて置いた、はんぶんこ、のつもりだ。


少し躊躇うように少女が動きを止める

少女の目が、アタシの手元に引きつけられている


「食べなさいよ、半分、全部はあげないわよ」


少女が恐る恐る手を伸ばすのを、腕を組みながらじっとこちらの顔を見つめる

アタシの顔は、怒りの表情は引っ込めているが、眉間のシワは消えていない

これでもアタシは優しくしてるつもりだ


ぶっきらぼうな優しさしかしらない、優しくされた事がなかったから

ぶっきらぼうなのは子供との接し方がわからないだけ

なんとか絞り出した行動が「はんぶんこ」だ。


少女は恐る恐る受け取り、小さな口でぱくっと食べた

その瞬間、目がぱあっと明るくなる

あの表情は——


初めてここで食べたアタシの顔と同じだった


「……味、わかる?」


こくこくと頷く

少女が口に運ぶ瞬間、胸に小さな熱が走る

——なんでよ、ちょっと嬉しいじゃないの…。

私は、それを見て自分でも驚くくらい穏やかな顔になっていた


「ねぇ、わたし大きくなったらここで働く!

毎日この匂いに包まれてたら、絶対ずっと静かで安心だもん!」


「ふん。 勝手にすれば」


私はぶっきらぼうに返す、でもその言葉はなぜかずっと胸の奥に残った。


でもすぐに手のひらの汗に気づき

首筋がチクッと熱くなる。

少女が小さな口を拭いながらアタシを見上げて言った。

忘れられない、たまに夢にもでてくる小さな優しい思い出だ……



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「なんで日本じゃないのよ!!」


うん、回想終了、正直思い出すという名の現実逃避



声を荒げたが誰も気に留めない

自分でも苦笑しか出ない

正直飛行機の中で、もう気づいていた


搭乗口を間違えたのかもしれない

飛行機の中で、私は座席の背もたれにあるモニターを見て気づく

JAPAN…じゃない、NEW YORK CITY 一気に血の気が引いた


それで現在至る


街を歩けば、空き缶を掲げたホームレスが縋るような視線でこちらを見つめる

——なんでよ、見ないでよ

その視線が、父や母に何かを懇願していた頃の自分と重なり耐えられなかった


さっき換金したばかりの10ドル札の束に行く手が止められない

アタシは震える手で無言でお金を空き缶に押し込む、これは自分の意思じゃない

この行為は、過去に奪われ続けたトラウマのせいだ

ただの寄付にアタシは心臓が口から出そうなほど緊張していた。



その様子を見ていたコーヒーショップの店員がそっと紙袋を渡してくれる

中には、ホットドック、スウィートポテト、オレンジジュース

アタシはお金を渡した直後で心が動揺し、受け取ってしまう


無償の親切は、後で必ず大きな対価を要求してくる毒だと、体が知っていた

押し付けるように、お金を店員に押し付けたら困った顔をされてしまった

自己嫌悪とトラウマで頭がいっぱいだ。



後ろを振り向くと、さっきお金を渡したホームレスが

アタシが乱暴に放り込んだ10ドル札の束を

その男性は仲間たちに分け与えている



—— 彼自身はまだ何も口にしていないようだった——



「はぁ!?嘘でしょ!? なんで自分のために使わないのよ!?」



この理解不能な光景から一刻も早く逃げたかった。

理解できないままアタシは手に持った紙袋を押し付けるように渡す。



新しい町を結構な時間歩いてやたらと時間をとってしまった

タクシーに乗る。運転手はやたらと話しかけてくる。


「この仕事に就く前はアメリカ軍で働いてた」

「元軍人という肩書きはこの国ではあまりにも重い」

「戦争帰りは誰も信じられなかった。でも、優しさを拒んじゃだめだ」


アタシより重い、けど似たような過去を持つらしい言葉に耳を傾けるも

その言葉を聞いていたらなぜか、不愉快に心臓の鼓動が早くなった。

アタシの中で何かが激しむように、鼓動に合わせて体と脳が揺れる

全然理解できなかった。



空港で 「頑張れよ」 と運転手に送り出されるも

気疲れが溜まって思わず出口とは真逆の壁に向かって

自信満々に歩き出しだしてしまった

急に背後で何度もクラクションを鳴らされ


「はぁ!?何よ、しつこいわね!?」


と反射的に振り返った

タクシーの窓から運転手が顔を出し


「おい、ジャパニーズガール!空港はそっちじゃねえ!反対だ、反対!」


と笑いながらジェスチャーしている、本当に人をよく見ている

自分の間違いを悟った瞬間恥ずかしくなってキッと顔を引き締めた


「……フン、わかってたわよ、ちょっと間違えただけよ!」


とごまかす様に言い放ち、そそくさと方向転換した。


大丈夫、このまま日本に帰ってあの優しい味を思い出せば



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「なんで今度は中国なのよっ!」

どうやら私は方向音痴らしい、特に疲れが溜まると

むこうで空港に入った時に疲労が重なり、標識を見誤った

『インターナショナル・ディパーチャーズ』

の文字に目を奪われ、ついそちらのゲートに向かってしまった

パリで初めて海外の空港に来た私、標識に惑わされてゲートを間違えた

今は長時間のフライトでの疲れが残っていた。



今の認識が正しければ、この空港から出るべきじゃないのに

もうこうなったら開き直れだ…少し背筋がざわついたけど

お腹が減って、目に入る露店の食べ物にふらふらと引き寄せられ

足取りが定まらないまま歩き出した。


体が勝手に歩き出すうちに、不安になる、嫌な予感がする

気のせいだと言い聞かせつつ露店の目新しい食べ物に目移りしてしまい

気づけば路地裏の奥の奥へと進んでいた

路地の奥へ引きずり込まれるような、抗い難い力を感じた。


路地に迷い込んで、私はため息を吐いた

何回目だろう、こういうの

地図も読めないし、計画性も壊滅的だし


「もう……ふざけてんの? アタシの人生…」


誰もいない通りに文句を吐きながら、でも歩くしかなくて 。


もう近くに露店はないが、暗い通りの

奥の方にはまだ見えてる、そっちを目指して歩き出した直後。


その時、全身の血液が一気に冷えるような悪寒が走った。


路地裏の奥の方に人影らしいものがみえた

らしいと言うか…なんだか小さいような…子供?



角を曲がってギョッとした



『ストリートチルドレン』

そこにいたのはボロを着て、骨と皮だけになったような痩せた少女だ


日本で偶然会った少女とはまるで比べ物にならない

本当の飢えが、様々な飢えが、その顔に刻まれている

飢えながらも警戒した目つきを見せる


この光景は…だっだめだ。駄目だ、本当に駄目だ。

〝アタシ〟が唯一持ってるあの少女との温かい思い出を

この絶望が塗り潰してしまう!

〝アタシ〟が持ってる少女との温かい思い出が消えてしまう!


震えるストリートチルドレンをじっと見つめ、観察する

奥の方にはまだ子供たちがいる

それも一人二人ではない、男女関係なく10人以上の子供が達もいる

こちらを警戒する様な顔をよく見るとなんだか見覚えがある顔に思えた

それは、幼い頃、家の洗面所の曇った鏡で必死に強がっていた自分の顔だ。


——子供の頃の私と同じ顔だ——


気づけばもう走り出していた 。


手元にある換金したばかりの現金と小銭

思考を挟む事もなくを全て食料に換る


露店の人達や周りの人が私の様子に怪訝で心配そうな顔をしている

周りの中には明らかに異常なものを見る目付きの人もいた

でも誰も止めなかった、止まるつもりもなかった

もうこの行動を止める方法がわからなかった


手元のわずかなお金をすべて食べ物に換え

首をかしげる露店の店主や周囲の人々に見られながら

さっきの場所に走る


アタシは子供達の前にしゃがみ込み

今まで浮かべた事がない、相手を怖がらせない

笑みを作って優しく、この子たちの前に買い込んだものを置いた


子どもの扱いなんて知らない、どうしていいか分からないが

その戸惑いが態度として出ない様に、顔に出ない様に

〝安心させる為〟になんとか顔の周りの筋肉をなんとかコントロールする

この感情を必死に抑え込みつつ食べ物を差し出した。


子供達は一瞬、アタシの形相に怯えたが

袋の中の湯気立つ食べ物を見て小さな瞳を輝かせた 。



「……ほら……食べなさいよ」



—— 帰る道も、目的も、何もかも、今、ここで失われた。——



ぶっきらぼうに言ったけど、手は震え、心は痛む、この状況は不安しかない

私は涙を見せないために背を向けた


そのままずんずん歩いた

胸の奥がぎゅううっと痛い


海外でお金がない、道をどころか言葉もわからない

お金も道も言葉もわからない恐怖と危険を私はよく知っている

パリで私は、人間関係が価格と契約で成り立っていることを学んだ


パスポートはあるけど帰りの分のチケット代どころか

有り金を全部使ってしまった

無償の親切など毒でしかないこの状況で誰も頼れない恐怖は

アタシにとって地獄だった


路地を出たあたりで、ついに膝がカクンと落ちた

しゃがみ込んだままアタシは顔を上げられなかった

顔を上げたら、泣く

涙をこらえ続けると、身体の方が先に壊れる


日本に帰りたいのに帰れない

金も何もない

助けた子どもすら、もうちゃんと守れるかわからない

そんな状況で、自分を保つのは今のアタシには難しすぎる

でも泣きたくなかった


誰かの前で子供みたいに泣くのだけは、昔っからどうしても嫌だった

だから、顔を見せないように俯いたまま——



「……小姐、大丈夫か?」


優しい中国訛りの英語が降ってきた

思わず、ビクッと肩が跳ねた

顔を上げられないまま、強がる癖で声だけが先に出る

「はっ? 見てんじゃないわよ……っ」

それでも、その人は近づいてきて、アタシの隣にしゃがんだ。


「さっき、あの子達に食べ物をあげてたな」

「優しいな、あなた」

「ゆ、優しくなんか——」


涙がぐっとこみ上げ声を詰まらせる

声が震える。言い返しが嘘みたいに弱い

その人は、何も責めず、ただ袋を差し出した


「これを食べなさい」


アタシの手はなぜか自然に袋に受け取った。

指先が震えて、力が入らない

ずっと我慢していた涙が、視界をかすませる


「……なんで、あんたが……」

「見てたからだよ。あなたが優しいの、知ってる」


その瞬間、息がつまって喉の奥から嗚咽が止まらなくなった

〝優しい〟なんて、嫌いな言葉だったはずなのに

受け取った袋は、温かかった

体温みたいに、やさしく


アタシは唇を噛み締めて、ようやく袋を握った。

「……ありがと……」

その人は笑って言った。

「空港まで送ってやる、日本に戻るんだろう?」

ボロボロの声で頷いた。

涙がを見せないように、必死で顔そむけながら


けどそのとき、〝アタシ〟の中でぐちゃぐちゃに絡んでた何かが

少しだけ——ほどけた。


どうやら露店の人々が色々と察してくれたらしい

ボロボロ泣きながら、道中何度も何度もお礼を言う

飛行機代や滞在費まで助けてもらい、〝私〟は初めて「本当の優しさ」に気づく


屋台の人たちも、〝私〟を見て優しくしてくれる

現金も食料も、受け取る側に向けられる

その連鎖の中で、初めて思った


——もう、人を信じても怖くないかもしれない


日本に帰る最初の目的は消え、一時的に大事だったのは

子供たちの笑顔と、自分の変化

攻撃的だった自分も、拒む自分も、もう必要ない

優しさを受け入れる勇気を、ようやく手に入れた



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無事に日本に帰国して

懐かしいなじみのハンバーガー屋の店の前に立つ

扉を開けると、温かい匂いと店員の顔。


「いつもの?」


自然に聞こえるその声に、胸の奥がふっと緩む

言葉遣いも、距離感も、以前の攻撃的な私じゃない


「……お、おねえさん?」

私の横に、小さな影が立った


顔を向けると、そこにいたのは、このハンバーガ屋で

昔、『はんぶんこ』をした少女だ、昔の面影を残しながらも大きくなっている


彼女は私の顔を見て、きょとんとした後

おずおずと座った。


私は、ぶっきらぼうに、でも嬉しそうに訊いた。


「……なんで、ここにいんのよ…」

「ふふ。夢、叶えたの」


彼女が座った席の、すぐ隣の席に座った。

私は、カウンターの店員に声をかけた。


「いつもの、二つ。テイクアウトじゃない、ここで食べる」


笑みを浮かべた店主から差し出しだされたハンバーガーを手に取り少女を見つめる

私は少しだけ考えて言った


「いい?これはハンバーガーよ。世界一美味い、食べる?」


昔より大きくなった少女は、嬉しそうに頷いた

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「世界一優しいハンバーガー」 Aki、 空き時間に飽きずに執筆 @Aki_777v

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