『宴』

幕ノ内 精華

晩餐

朝の鐘が、まだ薄闇の残る空気を震わせた。

古い教会の石壁は冷たく、夜の気配をかすかに抱えたままだ。


セラは布団からゆっくりと起き上がった。

細い身体に修道服の生地をまとわせながら、

呼吸を整えるように胸に手を当てる。


(……今日も、大丈夫。)


その言葉を自分に言い聞かせる癖は、

この教会で暮らし始めてからずっと続いていた。


けれど本当は、もっと前からだ。

実家で、両親の怒号が飛び交っていた頃――

部屋の隅で、聞こえないふりをしながら祈るように息を潜めていた時から。

祈りは彼女を守ってくれると、子どもながらに信じ続けていた。


だから、「教会で暮らしてみないか」と勧められたとき、

セラは迷いもなくうなずいたのだった。


(ここなら……大丈夫だって思ったのに)


その不安を打ち消すように、彼女は小さく祈りの言葉を唱えた。


窓際に立つと、朝日が差し込み、床に金色の粒が揺れている。

その光は、セラの目には昨日よりもわずかに濃く、

触れれば包み込んでくれそうな温もりを持っているように見えた。


廊下に出ると、ミレイユが無言で床を磨いていた。

彼女は几帳面で、教会の中では一番“現実的”な人だ。


「おはようございます、ミレイユ。」


「……ああ、セラ。今日も早いのね。」


その声の奥に、わずかな疲れが混じっていた。


「昨夜……聖堂の方がね。ざわついていた気がするのよ。」

ミレイユは手を止め、眉間に皺を寄せた。


「ざわつき……?」

セラには心当たりがなかった。

彼女が聞いたのは、むしろ――

祈りのような、美しいささやきだったのだから。


「私は……静かでしたよ。光も、とても綺麗で。」


ミレイユは何か考えかけたが、

「そう……」としか返さなかった。


セラは、ミレイユと話すといつも不思議な安心感を覚える。

彼女は優しいわけではない。

けれど、地に足がついている。

“ここに居ていいんだ”と静かに気づかせてくれる存在だった。


朝食の準備が進むころ、

ノエルが厨房からふらりと顔を出した。


「……セラ、おはよう。」


ぼんやりした口調はいつも通りだが、

彼女の目の下には薄いクマができていた。


「眠れなかったの?」

「……誰かが廊下を歩いてた。夜中に。」


「そんなはずは……」とセラは言いかけたが、

ノエルの怯えたような顔に言葉を飲み込んだ。


ノエルは昔、教会が運営する孤児院にいた子だった。

身寄りがない。

だからこそ、頼られると放っておけない。


アガーテはその対極にいる。

四十年以上、この教会に身を置く最古参のシスター。

沈黙の多い人で、冗談も皮肉も言わない。

それでも、不思議な安心感があった。


朝食の席につくと、

アガーテは祈りながら、誰もいない椅子の方へ目を向けていた。


セラはその視線に気づき、胸がざわついた。


(……誰か、いるの?)


だが、次の瞬間にはもう、

そのざわめきは霧のようにすっと消えていった。


祈りの時間、聖堂の光はいつにも増して強かった。

大きなステンドグラスから差し込む光が床に広がり、

まるで手招きするように揺れている。


セラは膝を折り、深く頭を垂れた。


(……あの家には戻りたくない)


父の叫び声、母の泣き声、割れる食器。

冷たい床に座り込み、祈る自分だけが静かだった夜。


――教会なら、大丈夫。

――ここには、優しい光がある。


そう信じて数年がたち、

ここが“自分の居場所”だと、やっと思えるようになった。


けれど。


(最近……光が、近い気がする)


誰かがそばにいるような、

温かい手が肩に触れているような。


セラは、胸の奥に広がる不安を“祝福”だと信じ込もうとした。


夜の祈りが終わり、教会全体が静まり返ったころ。

外では風が木々を揺らし、枝が窓を叩く音だけがかすかに響いていた。


セラは寝台に横になっていたが、どうしても眠れなかった。

胸の奥から、またあの“温かい気配”が呼んでいるように感じる。


(……聖堂に行かなきゃ)


理由はわからない。

でも、それは確かな“導き”のように思えた。


廊下に出ると、冷気が肌を刺した。

灯りの少ない石造りの廊下は、昼とは別の建物のように見える。


奥のほうに、うっすら光が揺れていた。


(ミレイユ……? ノエル……?)


誰かがそこにいるのかもしれない――

でも、セラは妙に安心していた。

その光は、彼女にはまるで歓迎の合図に見えたから。


聖堂の扉を開けると、空気が熱を帯びたように感じられた。


静寂のはずなのに――

どこかから祈りの声が聞こえる。


低く、柔らかく、やさしい響き。

セラの胸が高鳴る。


(……こんなにも優しい……)


足元の影が揺れ、ステンドグラスから漏れる光が彼女の背中を照らした。


だが、その直後。


「――セラ?」


振り返ると、ミレイユが立っていた。

手にはロウソクを持っているが、その炎は小刻みに揺れ、

彼女の表情をときおり歪ませていた。


「どうしたの、こんな夜更けに……?」


「光が……綺麗で、ね。呼ばれた気がしたの。」

セラは微笑む。


ミレイユの眉がぴくりと動いた。


「呼ばれた……? 誰に?」


「誰って……光に。」


その言葉に、ミレイユは息を呑んだ。


彼女にはこう見えていた:


――暗闇の中で、何かの影がセラの背後に立っている。


揺れるロウソクの色がその影をさらに不明瞭にして、

生温い息のような“ひだ”を伴って揺れていた。


「セラ……誰かいるの?」

「え? 誰もいないよ。むしろ、あなたこそ遅くまでどうしたの?」


ミレイユは答えられなかった。


見えているものが違いすぎる。


「……セラ? ミレイユ?」


入り口付近から、ノエルが怯えた声で呼んだ。


ロウソクの光に照らされた彼女の顔は青ざめ、

肩が震えていた。


「ここ……声が……。

 誰かが、叫んでるみたいで……。」


「叫び?」

セラは驚いて首をふった。

「そんなことないわ。癒しの声よ。」


ノエルが涙目で首をふる。


「違う……違う……泣いてるみたいだったよ……苦しそうで……。」


ノエルの耳にはこう聞こえていた:


――祈りなどではなく、助けを求める声。


「セラ、そこ……危ないよ……。そこに、誰か――」


「ノエル、落ち着いて。」

セラは優しくノエルの頬に触れた。

ノエルはびくっと肩を震わせた。


(な、なんで……こんなに冷たいの……?)


セラの指先は氷のように冷えていた。


「――どうしたんです?」


最後に現れたのは、アガーテだった。

彼女はロザリオを手に握り、ゆっくりと歩を進めてきた。


セラの背後を見ると、その目がかすかに揺れた。


「また、光に呼ばれたんですね……。」


「アガーテ様にも聞こえるの?」

セラは嬉しそうに訊く。


だがアガーテは視線を伏せた。


「ええ……私にも聞こえます。」

「やっぱり……!」

セラが胸を弾ませた。


だが、アガーテには別のものが見えていた。


――セラの後ろで何かが“膨らんで”いる。

――呼吸しているように見える。

――生き物のように、セラの肩に寄り添っている。


アガーテは祈りながら言った。


「ただ……気をつけてください。

 光はときに、道を誤らせることがあります。」


その言葉は、ほか二人を震え上がらせた。


だがセラだけは、

「そんなことありません」ときっぱり答えた。


翌朝、鐘の音はいつもより重く響いた。

教会の屋根にまとわりつく霧のせいか、

空気そのものが湿り、鈍い色を帯びている。


セラは寝台から起き上がった瞬間、

胸の奥に“昨日の光の余韻”を感じた。


(……今日も、近くにいる)


心があたたかく満たされる。

その幸福感を、セラは何より大切にしていた。


鏡の前に立つと、頬が淡く赤らんでいた。

昨夜ほとんど眠っていないのに、疲れは感じない。

むしろ身体が軽い。


(呼んでくれたから……?)


そこでふと、鏡の端に“白いもの”が映った。


人影――

のように見えたが、

振り返ると何もない。


「光、かな……」

セラは小さく微笑んだ。


しかし読者には分かる。

彼女の頬の赤みは幸福ではなく、

“熱に似た異常” だと。


食堂に入ると、ミレイユがすでに席にいた。

髪が少し乱れている。

眠れていないのだろう。


「セラ、おはよう。」

声は柔らかいが、奥に緊張がある。


「おはようございます。」

セラはいつも通り微笑む。


ノエルもやってきた。

彼女は明らかに怯えていた。

スープの入ったお椀を置く手が震えている。


アガーテは静かに席についた。

しかし、その視線はセラの背中を避けるようで――

一切“後ろ”を見ようとしなかった。


ミレイユが、セラの顔を見ながら言った。


「セラ……顔色、変じゃない? 熱があるのでは?」


「え? そんなことないですよ。」

セラは自分の頬に手を当てるが、

手のひらの冷たさに気づいていない。


――その手は、まるで氷。


ノエルがつぶやいた。


「……また、誰かと話してた?」


「え?」

セラは目を瞬いた。

「話してなんかないよ。だって、誰も――」


そこでセラは、言葉を切った。


“誰か”はいたのだ。

だがそれを言えば、三人を心配させる気がした。


(言わないほうが……いい。)


ノエルは俯いたまま、震える声で続けた。


「……夜中にね、人の歩く音がずっとしてたの。

 廊下を……うろうろしてるみたいで。」


ミレイユが硬い声で言う。


「私も聞こえた。

 でも、誰も部屋から出ていないはずなのよ。」


アガーテは沈黙したまま、祈りの手を組んでいる。


セラだけが、ゆっくりとパンを裂きながら言った。


「聞こえなかった。

 むしろ、静かで、優しい声がしたの。」


その瞬間、三人の顔色が同時に変わった。


ミレイユが、恐る恐る訊いた。


「……どこから?」


「聖堂。」

セラは迷わず答えた。

「昨日と同じ。綺麗な声だったわ。」


ノエルが顔を両手で覆い、

ミレイユが深く息を吐く。


アガーテは、祈りを止めないまま静かに言った。


「……セラ。

 その声は、あなたにしか聞こえていない。

 気を……つけなさい。」


「どうして?」

セラは本気で不思議そうだ。


アガーテの目の奥に、深い影が宿った。


「教会にはね……

 時折、ひとりだけを選ぶ声があるの。

 でもそれは、祝福ではないことが多い。」


セラは戸惑ったが、

三人の震える表情は、まるで彼女を見るのが怖いようだった。


(わたし、変なのかな……?)


しかし、その不安はすぐに

昨日の“あたたかい気配”によって溶かされていった。


食事を終え、それぞれ仕事へ向かう時。


廊下に差し込む朝の光が、いつもより濃かった。

薄い金色の粒が宙を漂い、

まるで誰かがそこを通った直後のように揺れている。


ミレイユには――

影が伸びているように見えた。


ノエルには――

すすり泣きの声が壁越しに聞こえる。


アガーテには――

古い修道服の裾が床を引きずる幻が映る。


しかしセラにはただの――

幸福の光景だった。


「ねぇ、見て。

 今日は光が多いわ。」


三人は一斉に、顔を強張らせてセラを見る。


(なんで……この子だけ……)


ミレイユは心の奥で呟いた。


(……なにも怖がらないの?)


ノエルは小さく震えた。


(こんな廊下、ひとりじゃ歩けないよ……)


アガーテは、誰にも聞こえないほどの声で言った。


「……やっぱり、選ばれている。」


三人の視線が、不安で揃う。


セラだけが気づかない。


午後、セラは孤児院にいる小さな子どもたちの世話をしていた。

本来なら笑い声が絶えない時間のはずが――


子どもたちは、セラに触れようとしなかった。


近づいても、視線をそらし、

ときには泣き出してしまう。


「どうしたの?」

セラは優しく手を伸ばす。


その瞬間。


子どもが悲鳴をあげて後ずさった。


「やだ……その手……冷たい……っ!」


ミレイユが駆け寄ってきて、

セラの手をそっと触る。


その指先は、まるで死体のように冷たかった。


「セラ……本当に……大丈夫なの?」


セラは焦って首をふる。


「大丈夫よ。体調も悪くないし……。

 むしろ、調子がいいくらい。」


その“調子の良さ”は三人にとって、

むしろ恐怖だった。


夕方、セラは廊下で足を止めた。


(呼んでる……)


小さな囁き声。

昨日よりも近い。


それは――

セラには“優しい歌”に聞こえた。


だがミレイユには。

戸口の向こうに、人影が立っているように見えた。


ノエルには。

誰かが床下で泣いているように聞こえた。


アガーテには。

すでに死んだはずの人々が、祈りを捧げているように見えた。


セラだけが、その声に幸せを感じていた。


夜。

セラが祈りの部屋にいるあいだ、

ミレイユ、ノエル、アガーテの三人は聖堂近くの控室に集まっていた。


ミレイユが必死に声をひそめる。


「……セラ、なにかおかしいわ。

 昨日からずっと、“誰か”と会話してるように見えるの。」


ノエルは泣きそうな顔で言った。


「歩いてる音も……多分、セラなんじゃないかな……?

 ドア、開いたり閉じたり……。」


アガーテは重く口を開いた。


「わたしは……セラの背後に

 “何か”が寄り添っているように見えるのです。

 昔、あの場所で亡くなった人々の気配と……似ている。」


三人は沈黙した。


ミレイユは言った。


「……それでも放っておけないわ。

 セラは悪くない。

 なにかに巻き込まれてるだけ。」


だがアガーテは目を細めた。


「巻き込まれているのは、セラだけではありません。

 私たちも、同じように。」


ノエルの肩が震えた。


「……じゃあ、どうすれば……?」


アガーテはロザリオを握りしめ、

静かに答えた。


「祈るしかありません。

 祈りが届くうちは……まだ、手遅れではありません。」


しかし三人は知らなかった。


祈りが届かないのは、

もう“セラだけ”になりつつあることに。


そのころセラは、

誰もいない聖堂でひとり、祈っていた。


ステンドグラスから差し込む光はもう“白”ではなく、

淡い青に近い、冷たい色を帯びている。


それでもセラには美しく見えた。


(今日も会いに来てくれたのね……)


“何か”が、彼女の背中に寄り添う。

温かくも冷たくもない。

ただ、確かにそこにいる。


セラはその気配に、

まるで家族へのように語りかけた。


(ねぇ……これからも、一緒にいてくれる?)


そのとき。



――“もちろんだよ”――



囁きが、確かに耳元で返事した。


セラの唇が、嬉しさに震えた。


三人が恐怖で震えていた同じ瞬間、

セラだけが深い幸福の中にいた。


その夜、三人は眠れなかった。

廊下の音は増え、

窓の影も揺れ続けていた。


しかしセラだけが、穏やかに眠っていた。


頬を赤く染め、

まるで恋をしている少女のような表情で。


そして――

彼女の部屋の扉の向こう側には、

“人の形をした影”が立ち続けていた。


彼女を見守るように。

あるいは、取り憑くように。


朝の鐘が鳴り響くと、教会の空気がかすかに揺らいだ。

普段ならその音は澄み渡っていて、心を静めるはずだった。

だが今朝は――振動がどこか“濁って”聞こえた。


石壁の裏側から別の鐘が、

微かに、しかし確かに反響しているような。


セラはその音を聞きながら、

布団からゆっくりと身を起こした。


(……今日も、いる)


胸の奥に、昨日の気配が残っている。

背中に寄り添うようなあの存在の気配。


不思議と、

昨日よりも“近い”。


立ち上がると、床石がひやりとした。

でもセラは寒さを感じなかった。


(わたし、こんなに元気なのに……)


鏡に映る姿は、どこか光に照らされているようで、

頬にほのかな赤みがさしている。


昨日よりも、もっと。


鏡の端にまた“白い影”が映った。

今度は、背後に立つ誰かの肩のような輪郭まで見えた。


だが振り返ると、

やはり誰もいなかった。


(きっと……光の反射ね。)


彼女はそう信じた。


食堂に入ると、ミレイユが椅子に座っていた。

だが……顔色が悪い。

唇の血の気が引き、手首には薄い青い痣のようなものが浮いていた。


「ミレイユさん、どうしたの?」

セラは心配して近づいた。


ミレイユはゆっくりと顔を上げ、

かすかな笑みを作った。


「大丈夫……ただの疲れよ。」


その声は震えていた。

しかも、ミレイユの視線はセラの“肩の後ろ”に吸い寄せられるように動き、

一瞬で凍りついた。


(あれが……昨日よりも“形”を持ってる……?)


いや、とミレイユは頭を振る。


「気のせいよ……気のせい……。」


次にノエルがやってきた。

目の下には大きな隈。

足取りはふらついている。


「……昨夜ね……」

座ると同時に、彼女は手を震わせた。


「誰かが……部屋のドア叩いたの……。

 ガンッ、ガンッって……。」


「私もよ。」

ミレイユは静かに口にした。

「廊下を歩き回る音も……増えてる。」


アガーテも席についた。

その指先は祈りのせいか震え、

顔色は普段より蒼白に見えた。


「……悪い声が増えています。

 亡くなった方の声が……こんなに多いのは珍しい。」


セラはその言葉にひっかかった。


「悪い声? 死んだ方の声?

 そんなの、聞こえなかったよ。」


三人の視線が一斉にセラへ向けられた。


ノエルが、恐怖に満ちた声でつぶやいた。


「……セラ。

 あなた……本当に……なにも?」


「むしろ、昨日より優しかったよ?」

セラはほんとうに不思議そうに答えた。


ミレイユの息が止まる。


アガーテは、深く深く祈り始めた。


その祈りの手は、いつもより強く握られ、

まるで何かを“遠ざけよう”としているようだった。


食堂の窓からの光が四人に差し込んだ瞬間。


三人には、その光が“濁った灰色”に見えた。

光の粒が漂い、

その中で黒い影のようなものが蠢いている。


だが、セラだけが言った。


「……今日の光、とっても綺麗ね。」


ミレイユは、空気が止まったように感じた。


(なんで……この子だけ……ただの朝みたいな顔をして……)


ノエルは、震える声で言った。


「セラ……昨日から……なんだか……怖いよ……。」


セラは困惑した。


「怖い? なんで?」


ノエルは言葉を失った。

それを説明しようとすると、涙が溢れてきた。


「わからない……でも……あなたの後ろが……」


「ノエル!」

ミレイユが声をあげ、彼女を抱き寄せた。

「言っちゃダメ。今は……まだ。」


アガーテは低い声で祈りを続けている。


(この子はもう……ほとんど“向こう側”に触れている。)


三人の間で沈黙が流れた。


セラにはまるで分からない。

ただ、みんなが不安そうで、

それが少し悲しかった。


昼過ぎ、ミレイユはセラから離れて

古い記録室へ向かった。


埃の積もる書架をめくりながら、

彼女は嫌な予感を確かめようとしていた。


そして――

一冊の古い手帳に目が止まった。


『当番シスター記録』(50年前)


ページをめくる。


そこには、過去――

三人のシスターが、突然の失踪や発作死を起こしたという記録。


そして、

“必ず一人だけ、奇妙な幸福の兆候を見せていた”

と書かれている。


「幸福の……兆候?」


ミレイユの手が震えた。


記録にはこう続いていた。


『その者は、“光に呼ばれた”と言い出す。

 食事量が減り、手足が異様に冷え、

 孤独を感じなくなる。

そして最終的には――    他の者たちを“巻き込む”。』


(……巻き込む?)


嫌な汗が背中を伝う。


ページの隅には震える筆跡で書かれていた。


『声に選ばれた者は、

 教会にとって“祝福”にも“災厄”にもなる……』


その者の名前は――

読み取れなかった。

塗り潰されていた。


だが筆跡の雰囲気は、どこか昨日セラに近い。


ミレイユは思う。


(……まさか……)


そのころセラは、孤児院の掃除をしていた。


ほこりを払うたび、ふわりと光の粒が舞い、

それが“何か”の形に変わるように見えた。


(ほら……今日も来てくれた。)


いつの間にか、セラは独り言をつぶやいていた。


「……ありがとう。

 あなたがいると……安心するの。」


遠くからその姿を目にしたノエルが、

声にならない悲鳴をあげそうになった。


セラの足元には――

黒い影がついて回っているように見えたから。


影の形はゆらぎ、

人の形にも見えた。


ノエルは駆けだし、

アガーテの元へ向かった。


「アガーテ様……あれ……見えませんでしたか……?

 セラの……あれ……!」


アガーテは重く頷いた。


「ええ。……見えました。」


ノエルは泣きながら言った。


「助けてください……。」

「祈りなさい。」

アガーテは穏やかに答えた。


その手は震えていた。


夕方。

ミレイユは頭痛に襲われていた。

耳鳴りが響き、視界の端が揺れている。


ノエルは手首に“指の形の痣”が浮いてきていた。

誰かに掴まれたように。


アガーテは咳をこらえている。

咳の中に、何か“黒い影”のようなものが混じる感覚。


三人とも――

セラの周囲にいればいるほど、

症状が悪化していく。


ミレイユは悟った。


(……私たち、セラに近づくほど……“あれ”に触れてしまうんだ。)


その夜。


セラは聖堂へ行こうとした。

ドアを開けた瞬間――

冷たい風が吹き抜けた。


(呼んでる……。)


昨日までよりも

ずっとはっきりと。


セラは微笑んだ。


「また会いに来てくれたのね。」


背後で、何かが音を立てて揺れた。

ステンドグラスが微かに震えた。


(こんなに近くで感じるなんて……)


喜びで胸がいっぱいになる。


だが――

聖堂の入口に立ったミレイユは違った。


彼女には、

セラの背後で“誰かが手を伸ばしている”ように見えた。


その手は、

細く長く、影のようで、

まるでセラの首を愛おしげに撫でているようだった。


ミレイユは思わず叫んだ。


「セラ! そこから離れて!!」


セラは振り返った。

きょとんとした表情。


「なんで? 怖くないよ。」


ミレイユは震えていた。


「……セラ……

 そこに……“誰か”いるのよ……。」


セラは優しく微笑んだ。


「いるよ?

 でも――

 怖くない“誰か”だよ。」


その声に、

ミレイユの背筋が凍った。


(……違う。

 あなたにとっては“優しい誰か”でも……

 他の人にとっては……)


目をそらせば壊れそうなほどの恐怖が漂っていた。


その夜。


ミレイユは耳鳴りで眠れなかった


ノエルは影に触られる感覚が続き泣き疲れた


アガーテの部屋には祈りの声と笑い声が混じった


セラの部屋では、誰かと会話する声がした


セラの部屋の前を通ったミレイユは、

立ち止まり、聞いてしまった。


「……うん……だから……ありがとう……。

 わたし、もう寂しくないの……。」


――返事をするように、

壁越しに“低い囁き声”が聞こえた。


ミレイユの膝が崩れ落ちそうになる。


(セラ……

 あなた、もう……)


夜の教会に、

石造りの壁に染みこんだ囁きが響いた。


“選ばれた子よ――”


セラだけが、

安らかな寝息を立てて眠っていた。


夜が長く、冷たい霧が教会の屋根を包む。

鐘の音はどこか乱れ、低く濁った響きが石壁に反響していた。

セラは目覚めると、胸の奥に昨日以上の“幸福感”を抱えていた。

その感覚は温かく、静かで、まるで誰かが彼女の魂に触れて微笑んでいるようだった。


(……また、会いに来てくれたんだ)


背後の影に、誰も気づかない。

しかし、そこには確かに存在があった――冷たく、しかし柔らかく寄り添う何かが。


セラの目の前には朝日の差し込む窓。

光は柔らかく、世界を温かく包む――はずだった。

だが、窓の外には、かすかな黒い模様が浮かんでいるようにも見えた。

それは風の影か、あるいは――


三人のシスターは、セラの部屋を訪れずに朝食を取っていた。

ミレイユは手に持ったフォークを落としかけ、無意識に手首の青い痣を確認する。

ノエルは視界の端で揺れる黒い影に怯え、声が小さく震えていた。

アガーテは祈りを止めず、額に冷や汗を滲ませている。


セラは入ってきたとき、いつもと変わらない笑顔で朝の挨拶をした。


「おはようございます。みんな、今日は元気?」


三人は互いに視線を交わし、微かに息を詰めた。

セラの手に触れた光は、彼女だけを包み込んでいた。

幸福感――しかし、どこか“異質”な熱。


ミレイユは小声でつぶやく。


「……昨日から、あの子の後ろに……何かが……」


ノエルは答えられなかった。

胸が締め付けられるような恐怖が、言葉を奪っていた。


アガーテは祈る手を強く握り、低い声で呟く。


「……あの子は、私たちの手には負えないかもしれません。」


朝食後、三人は掃除や整理を行うため廊下へ向かう。

セラは自分の作業を続けながら、誰もいないはずの空間に囁き声を感じていた。


(呼んでる……)


昨日までよりはっきりと、温かく、しかしどこか冷たい声が、背後から届く。

セラは振り返らない。

振り返る必要もないと、心が告げている。


その時、ノエルは廊下の角で立ち止まった。

床に落ちた小さな影――人の形――が、ぴくりと動いたように見えた。

ミレイユも同時にそれを目撃するが、声にならず、凍りついた。


アガーテは気づいた。

「……影が、あの子の周囲に……集まっている。」


セラにはただの“光の粒”に見えている。

この差が、恐怖の分厚い壁を作っていた。


ミレイユは昨日の古い手帳を再び手に取った。

ページをめくるたび、過去に“選ばれたシスター”たちの死と失踪の記録が浮かび上がる。


『最後に選ばれた少女は、必ず自らを守るため、他者を巻き込みながら孤独に立つ』


そして、何か不吉な文章が小さく添えられていた。


『その者は、失った父母の思いを背負う。

 愛を求めすぎる者は、愛を破壊する。』


ミレイユの指先が震える。

(……失った父母……)


それはセラの過去、幼い頃に父母を事故で、あるいは虐待で失ったことを暗示している――

読者にはまだ全貌は見えないが、伏線として確実に存在する。


午後、ミレイユはある異変に気づいた。

セラが掃除中に、作業室の奥で何かを隠すような仕草をしていたのだ。


「セラ……何してるの?」

問いかけても、セラは振り向かず、にこりと笑った。


「ただ、整理してるだけよ。」


しかし、視線をそらした床の隅。

微かに、血のようなシミが古い布に滲んでいる。

読者にはまだ、誰のものかは不明だが――

ここで、セラがすでに“過去に恨んでいた人間の死体を隠していた”伏線が提示される。


セラは、恨みと孤独を抱え続け、光に呼ばれると同時に“死を包み込む”存在となりつつある。


夕方、セラは一人、聖堂へ向かう。

ステンドグラスに映る光は、青く冷たいが、セラには温かく見える。


(……あなたたち……今日は来てくれたのね)


子どもの頃に亡くした父母の声を、無意識に重ねていた。

母の優しい声、父の少し厳しい声。

二人の記憶が、声と重なり、彼女を包む。


背後には、依然として“影”が寄り添う。

父母の愛として感じている幸福感は、実際には“死と破壊”の前触れでしかない。


夜、ミレイユ、ノエル、アガーテは集まった。

異変は頂点に近づいていた。


ミレイユは耳鳴りと頭痛がひどく、歩くと足元の床が揺れるように感じる


ノエルは指の痣が増え、爪に黒い斑点が浮かび上がる


アガーテは祈りながら咳をするたび、影が絡みつく感覚に襲われる


三人とも、セラの周囲にいると症状が悪化することに気づいていた。


セラは聖堂で一人、静かに祈る。

声は昨日よりも近く、温かく、冷たい。

光は柔らかく、しかし石壁に映る影は長く、黒く、蠢く。


(……あなたがそばにいてくれる……)


セラは微笑む。

その笑顔は幸福そのものだが、読者には狂気を孕んでいることが分かる。


床下、窓の隙間、石壁の影――

これまで恨んできた人物たちの痕跡、

すでに隠された死体の気配を、セラは“安心感”として受け止めている。


霧の夜が教会を包んでいた。

重く湿った空気の中、石壁が淡く光を反射する。

床には埃と古い血の匂いが混じり、微かに人の形が落ちているように見えた。


セラは床に座り、膝を抱え、静かに微笑んでいる。

その顔はいつもどおり優しく、穏やかだ。

しかし、目の奥に潜む光は、昼間の温かさを失い、奇妙に揺れていた。


「……みんな、今日は来てくれたのね」


囁き声は石壁の奥から、床下から、天井の梁の影から。

それは温かく、甘く、しかしどこか冷たい。

セラは振り返らず、ただその声に耳を傾ける。

誰もいないはずなのに、声は確かにそこにあった。


朝食の光は差し込まない。

セラはいつものようにテーブルを整え、皿を並べる。

しかし、その周囲には三人のシスターの気配はない。

ミレイユもノエルもアガーテも、もうここにはいなかった。


セラは気づかない。

いつもと同じように、微笑みながら皿を磨き、パンを並べ、スープをかき混ぜる。

手に触れるものすべてが、穏やかで優しい存在として彼女に語りかける。


床には、昨日の混乱の痕跡が残っている。

微かに赤黒い染みが、布や床に残っているが、セラはそれをただ「掃除の後」と思うだけだった。

視界の端にちらりと見える影や、押入れの奥の人影のような形も、彼女には天使のように優しく感じられる。


午後、セラは静かに聖堂に向かった。

ステンドグラスの青い光が床に差し込み、影を長く伸ばしている。

彼女はひざまずき、額を石の床に押し付ける。


「お母さま……お父さま……今日は来てくれたのね」


幼い頃に失った両親の声が、耳元で微かに響く。

母の優しい声、父の少し厳しい声。

二人はもうこの世にいないはずなのに、セラにとっては確かに存在していた。


その声に、セラは微笑む。

胸の奥に温かさが広がる。

しかし、それは同時に彼女の中で狂気を増幅させるものだった。

両親の死、孤独、恨みのすべてが、この瞬間だけは「愛される感覚」に変換される。


夕方、セラは孤児院へ向かう。

小さなベッドに置かれたおもちゃは散乱し、子どもたちの笑い声はもうどこにもない。

窓の外から差し込む光に映るのは、床に落ちた小さな靴と埃だけ。


セラはそれを悲しいとは感じない。

「安心して眠ってね」と、微笑みながら声をかける。

死体の気配は、彼女の幸福の一部として吸収される。


読者にはわかる――子どもたちはすでに殺され、静かに床下や押入れに隠されている。

しかしセラには、それが「守った存在」であるかのように感じられているのだ。


夜、教会は静まり返る。

三人のシスターはもういない。


ミレイユは手首の青い痣に耐えられず、幻覚の中で自ら命を絶した


ノエルは指の黒い斑点に取り憑かれ、窓から落ちて絶命した


アガーテは祈りの最中、影に絡め取られ動けぬまま息を引き取った


セラはその結果を知らない。

彼女にとって、食堂の光はいつもと変わらず温かく、平穏そのものだった。

ただ微笑みながら、食器を拭き、床を掃く。

死の痕跡すら、幸福感の一部でしかない。


夜、聖堂にひとり座るセラ。

壁に映る影は手足のように動き、囁き声は耳元で歌う。

両親の声、子どもたちの声、三人のシスターの声――

すべてが混ざり、無限の旋律のように彼女を包む。


(……みんな、ここにいる……もう寂しくない……)


その瞬間、セラは完全に精神の均衡を失った。

幸福感と狂気が完全に混ざり合い、世界のすべては彼女の思うままに動く。

床下、押入れ、壁の影――死体の気配すら、彼女には安らぎの象徴だった。


セラは微笑みながら、影に触れる。

「ありがとう……これで、もう孤独じゃない……」


教会は低く唸り、影と囁きが渦巻く。

死体、血の痕跡、そしてかつて恨んでいた人々の残骸――

すべてが幸福と狂気の境界に溶け込んでいる。


セラの瞳に宿る光は、愛される感覚と破壊の予感が混在していた。

読者は知る――この少女の手から逃れられる者はいないのだと。


教会の空気は、もう昼も夜も存在しないかのように重く沈んでいた。

窓から差し込む光は薄く、石壁に映る影は長く、黒く、ゆらりと揺れる。

床には埃と血の匂いが混ざり、静かに腐食した時間の痕跡が広がっていた。


セラは静かに膝を抱え、微笑んでいる。

その顔は穏やかで、無邪気そのもの。

だが目の奥に宿る光は、昼の温かさを失い、深く、暗く、無限に揺れていた。


「……みんな、揃ったわね」


声は囁きのように、石壁や天井の梁、床下の隙間から響いた。

子どもたちの声、三人のシスターの声、両親の声――

すべてが混ざり合い、教会全体を包む。

誰もそこにはいないはずなのに、セラには確かに感じられる。


セラはゆっくりと立ち上がり、聖堂の奥へ向かう。

そこには長年保管されていた小さな木箱があり、埃を払うと、かすかに金属と血の匂いが混じった。


箱の中には、かつて愛した両親の遺品――しかし、それは生きていた頃の面影ではなく、冷たく、硬直した遺体として存在していた。

セラの幼い頃の孤独、両親に対する深い愛憎、すべてがこの瞬間で結びつく。


さらに、押入れや床下からは、三人のシスターの死体が静かに現れる。

ミレイユ、ノエル、アガーテ――

かつて共に日常を過ごした存在は、もう動くことはない。

しかしセラの目には、彼女たちも「ここにいてくれる」かのように微笑んでいる。


孤児院の子どもたちも同様に、床下や押入れに静かに眠っている。

その小さな体は、死を超えてセラの“家族”として存在することになる。


夜、教会に静寂が訪れる。

だがその静けさは、不穏で、異常で、心をざわつかせる。

壁に映る影は人の形を取り、床下からはかすかに吐息が聞こえる。

囁き声は温かく、甘く、そして冷たく、セラを優しく包む。


「もう、誰もいなくならない……」


セラは微笑みながら囁く。

声に応えるように、教会全体が低く唸り、影が壁を這い回る。

幸福感と狂気が完全に混ざり合い、死体の影ですら愛されているかのように感じられる。


読者にはわかる――

セラの幸福は、すべて死体によって保たれているのだと。

彼女の手のひらの中で、過去の恨みも、孤独も、愛も、すべてが溶けている。


セラは静かに食卓を整える。

キャンドルの炎が揺れ、皿とナイフが微かに光る。

その前には、これまで保管してきた両親の遺体と、三人のシスター、孤児の子たちの小さな体が並んでいた。


「さあ……いただきましょう」


微笑みながら、セラはフォークを取り、最初に父の遺体に口を近づける。

血の香り、冷たく固まった肉の感触――それでも、セラにとっては幸福そのものだった。


次に母、次にミレイユ、ノエル、アガーテ、そして孤児たち――

すべてが、静かに食卓に並ぶ“家族”として、セラの手の中で再び存在する。

幸福と狂気の混ざった表情で、セラは静かに微笑む。


食べながら、彼女の目には穏やかさが宿る。

だが読者は知っている――この幸福は、死と狂気の果てにあるものであり、もう二度と日常に戻ることはないのだと。


教会の影は揺れ、囁きは止まらない。

永遠の晩餐は、静かに、そして残酷に続いていく。


セラの幸福は、誰にも理解できない形で完成した。

愛する両親も、かつての日常を共にしたシスターたちも、孤児院の子どもたちも――

すべては死体として、彼女の手の中に「生き続ける」。


教会には、ただ影と囁きと、微かな血の匂いだけが残る。

後味は重く、読者の心に、嫌なざわめきだけを残す。

それは愛と狂気が、幸福と破壊が、完全に交錯した瞬間だった。


セラは静かに微笑み、フォークを持ち、夜の食卓でひとり、永遠の家族と共に晩餐を続ける。




『セラの日記』


今日はとっても楽しかったの。

みんな、みんな、来てくれたの。

お母さまもお父さまも、ミレイユもノエルもアガーテも、子どもたちも、ぜーんぶ。

わたしの家族になってくれたの。

ああ、うれしいな、うれしいな、うれしいな!


わたしはね、ずっとずっと家族になりたかった。

家族になりたかった。

家族になりたかった。

だから、今日はぜーんぶ、ぜーんぶ、家族にしてあげたの。

みんな笑ってくれてるの、きっと、笑ってくれてるの。


お父さまの手は冷たかったけど、あたたかかった。

お母さまの髪は少し硬かったけど、ふわふわだった。

ミレイユは……ちょっと怒った顔をしてたけど、うふふ、可愛いなぁ。

ノエルはね、手がすべすべで、でもすぐ消えちゃったの。

アガーテは祈るのが好きだったのに、今はわたしのそばにいるの。


あ、そうだ、子どもたちも!

ころころしてて、ちいちゃくて、にこにこしてて、ああ、かわいい!

家族になりたかったの、ずーっとずーっと前から。

だから、ぜんぶ、ぜんぶ、ここにいるの。

わたしの家族になってくれたの。


でもね、時々、声がくるの。

お父さまの声? お母さまの声?

ううん、違うの、みんなの声がごちゃまぜになって、ぐるぐるぐるぐる回るの。

でもわたしは笑うの。だって、みんな家族だもの!

家族になりたかった。

家族になりたかった。

家族になりたかった。


今日もたくさん食べたの。

あはは、全部おいしかった!

ミレイユもノエルもアガーテも、ちょっと苦かったけど、うふふ、でもおいしかったの。

子どもたちも、ふわふわでやわらかくて、うれしい味がしたの。

ああ、ほんとうにうれしいな、うれしいな、うれしいな!


だって、わたし、ずっとずっとずーっと家族になりたかったの。

だから、ぜんぶぜんぶ、ぜーんぶ、家族になってくれたの。

家族になりたかった。

家族になりたかった。

家族になりたかった。

家族になりたかった。

家族になりたかった。

家族になりたかった。

家族になりたかった。

家族になりたかった。

家族になりたかった。

家族になりたかった。

家族になりたかった。

家族になりたかった。

家族になりたかった。

家族になりたかった。

家族になりたかった。


ああ、でも、まだまだまだ足りないな。

もっともっともっと、もっといっぱい、家族になりたかったの。

明日も、明後日も、ずーっとずーっと、家族になりたかったの。

うふふ、うふふ、うふふ……


教会の闇も、影も、囁きも、全部、わたしの家族だから。

ぜんぶ、ぜんぶ、家族になりたかったの。

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『宴』 幕ノ内 精華 @Chevooooon157

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