スミレの罰
氷川省吾
スミレの罰
月面にスミレが咲いている。私は宇宙服のバイザー越しに、小さな青紫色の花を見つめていた。隣には共に宇宙に来た同僚がいた。
粉のような砂に覆われた灰色の平原と、漆黒の空で構成されたモノクロの世界。アポロ計画の乗員ですら来たことがない未踏の場所。
その中で、硬貨ほどの大きさしかない青紫の花弁は、異様な鮮やかさを見せていた。造花と考えるにはあまりに瑞々しく、精気に満ちていた。
私は花に手を伸ばしかけて思いとどまった。宇宙服のミトンのような手で触れれば、壊してしまうかもしれない。普遍的な罪が存在するのであれば、その行為こそがまさに罪だろう。
だが、同僚はそうしたことを全く考えていないように、無造作にかがみこんで、下の砂ごと花をすくいあげた。
その瞬間に花は砕け散った。
私の頭の中に、狂気じみた怒りが湧き出した。あらゆる思考が始まるよりも早く、拳がひとりで振り上がった。
その瞬間、同僚の宇宙服のあちこちから細い糸のような物があふれ出た。植物の――花の根だった。
瞬く間に根が全身を覆いつくし、小さく鮮やかな緑の葉と、菫色のつぼみが姿を現し始めた。
彼は不可侵の存在を汚した罰を受けた。私の怒りよりも早く、その刑が執行されたのだ。
私の腕に激しい痛みが走った。無数の何かが肉の中を這いまわり、皮膚を突き破る感触が生じる。腕を上げると、宇宙服の分厚い生地を突き破って、根が外に出てくるのが見えた。
罪は連座する。共に月に来た者にも、宇宙機構の関係者にも、人類全体にも連なる。
遠からず、地球中にスミレ色の花が咲くだろう。
スミレの罰 氷川省吾 @seigo-hikawa
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