賽銭投げたら神に当たった。
@iroiro-sukidayo
賽銭投げたら神に当たった
「はーあ。今日も何もいいこと無いな」
ため息をつきながら賽銭箱に5円玉を投げる少年。田中 ゆうた、9歳。夕日の射す境内に、一つの黒いランドセルだけがぽつんと立っている。
賽銭箱に投げた5円玉は木枠に弾かれて手前側に落ちてしまった。
神様まで僕と話したくないのか。
賽銭箱に入らなかった5円玉を見てゆうたは目に涙を浮かべる。
拾い直すのも悲しいので振り返って帰ろうとしたその時、妙なものが目に映った。
ニョキッと賽銭箱の下部から手が伸びてきたのだ。
明らかに賽銭箱の木板を貫通して動く手を見てゆうたは動けなくなった。
謎の手は地面を撫でるような動きをして、落ちていた5円玉を掴むと賽銭箱の中に吸い込まれていった。
ゆうたは血の気が引いた。思い出したからだ。学校の怪談あるある、廊下から手が伸びて掴まれるやつ。
逃げようと考えたがふと思い出すと、あの手は何故か怖いと言うより落ち着くような印象だった。しばしの葛藤の末、好奇心が勝ったゆうたは賽銭箱を覗き込んだ。
「おっ……」
「あっ……」
中には爺さんが居た。賽銭箱の中で窮屈そうにもぞもぞと動いている。
いそいそと、手に持ったがま口に賽銭を詰めていて。その時、こちらに気づいて僕を見上げる。
「変態だ!!」
叫んで、今度こそゆうたは駆け出した。
「あ、ちょ待て待て」
賽銭箱からまた手が伸びてゆうたの足を掴む。
「へぼばっ!」
あっさり転ぶゆうた。
「あ゛、コケた?マヂすまん」
慌てて爺さんが出てくる。今度は全身が賽銭箱から生えてきた。
爺さんは立派な和装をしていて、髪の毛は歴史の教科書で見た縄文人のような、数字の8のような髪の結び方をしていた。
鼻の下と顎には白くて長いひげを生やしている。
もう無茶苦茶だ。今日も学校でひとりぼっちだったし、給食の配膳係でコケてカレーの鍋を落とすし、変態に捕まるし。
もうダメだ。このままこの爺さんの子分にされて賽銭泥棒をやらされるんだ。
その時、爺さんがゆうたの脇を持ち上げて立たせた。
「いや~すまん坊主。痛かったな。ワシも久しぶりに人に見られて焦っての」
爺さんは僕の前でうんこ座りをして、片手を顔の前に出して謝意を伝えてきた。
僕はもう心臓バクバクで、爺さんの目を見れない。
「でも怪しいものじゃないって説明したくての。掴んでもうた」
お前が怪しくなくてたまるか。逃げなきゃ。
「わし神での。賽銭は盗んでたんじゃないんじゃよ」
ゆうたはおっさんの目を見る。おっさんはのほほんとした顔をしている。あまりにも爺さんの目がガチだったのでつい口を開いてしまった。
「神?」
「おん。神」
そういえばコイツ賽銭箱貫通してたな。それに爺さんの纏う謎の雰囲気が緊張を不思議と解いてしまう。
「何の神?」
「ここの……まぁ本宗じゃないから別荘みたいな感じじゃけど、この神社の神じゃよ。海とかワシが取り仕切っとるし。」
「何してたの?」
「賽銭集めじゃよ。今月は入り用での。」
「へぇ」
ここで言葉が出なくなった。だが暫くして一つの思いが浮かんだ。
「神様ってさ」
「おん」
「お願い事叶えられる?」
「まぁだいたいいける」
目を輝かせるゆうた。
「じゃあさ、僕に友達を作ってよ!」
「嫌じゃ!」
「何でだよ!」
「何でも!」
ゆうたは怒りをぶつけ終わったあとは泣き出してしまった。
「何でだよ〜……」
境内の石畳に涙が落ちる。
「まぁまぁ。話は聞いてやるから。」
そこから桜の咲いた木の下のベンチで、おっさんに話をした。泣きながら。
小学3年生になると同時に転校をしたこと。新しい学校で友達ができず寂しくて、失敗ばかりしてしまうこと。
「そうか……それで友達を」
ウンとかスんとか言いながら聞いていた爺さんが言う。
「学校の子になんかされてるとかあるの?」
「ううん。無い。みんな優しい。今日も皆の分のカレーこぼしたけど励ましてくれた」
「おぉー。ワシだったら一発デコピンかましとるの。できた小童たちじゃ」
「うん。優しいんだよみんな。でもね、優しいって知ってても話しかけようとすると、すっごく緊張して。だめになるんだ」
「なるほどのう。ちょっと人見知りなのか……」
爺さんは少し考えたそぶりをした後、
「坊主、お主はクラスの子と友達になりたいか?」
「なりたい。本当は聞きたいことも、話したいことも、たくさん。たくさんあるんだ」
ゆうたは真剣な目で爺さんを見つめる。
「そうか。よし、これも何かの縁じゃ。修行をつけてやろう」
「修行!?」
ゆうたは混乱したが、彼は小学3年生の男の子だ。仮にも神を名乗る男が発した「修行」という言葉に興奮を隠しきれない。
「ワシ、何事も慣れだと思うんじゃよ。だからお主にはクラスメイトに話しかける前の練習として、色んな神と話させてみようと思う」
「え?僕、話せないって……」
「ワシとは話せとるじゃろ?」
確かに、いや納得しかけたがあんたは特殊例すぎる。
「いやワシはまた違うか。まぁ要するにお主も一旦話せてしまえばあとは大丈夫なんじゃよ。」
大丈夫。そんななんてことのない言葉を聞いただけなのに。何故だか涙がこぼれてしまった。
「おーおー、お主はけっこう泣き虫なんじゃな」
その声色は何だか温かくて、泣きながらも心はぽかぽかとしていた。
しばらく2人で、黙ってで頭上の桜を眺めた。涙が落ち着いた僕に神が言う。
「よし、じゃあ修行は明日からやろう」
「何をするんだっけ?」
「ワシの知り合い連れてくるから、そいつらと話せそうだったら話してもらおうかの。あっ怖い顔せんでいいぞ。たぶん怖いとかより困惑が勝つようなヤツラばっかじゃから。」
そうだよな、あんたその筆頭だもんな。
「てことでお主、明日空いとる?」
空いていると伝えると、じゃあそろそろ陽が隠れるから気をつけて帰れよ。と言われた。
帰り際の「またな」が、言われたのが久しぶりで嬉しかった。
翌日、神社に向かうと、爺さんの隣には酔っ払いがいた。格好は爺さんと似たようなものだったが、グニャグニャのニヤニヤしたおっさんだった。
おっさんは数年前に流行った一発ギャグを何度も披露してきた。
全然面白くなかった。けどそのおっさんはギザギザしたカッコいい剣を持っていて、剣をチラチラ見ていた僕に気づいて剣をじっくり見せてくれた。
その後はその剣を使って倒した伝説のヘビの話や他にもたくさんの楽しい武勇伝を聞かせてくれた。
とても楽しかった。酒臭かったけど。
その次の日はすごくちっさい神、その次は信じられないほど綺麗な女神など、たくさんの出会いがあった。
うまく話せないこともあったが、爺さんとクセの強い神たちの会話を聞くのは楽しかった。
ある日、その日来ていた関西弁で喋る狐の神様が帰ったあと、爺さんが聞いてきた。
「どうじゃ?だいぶ疲れたじゃろ?」
「……うん。めっちゃ疲れた。でも何だか、最初ほど怖くなくなった気がする」
「そうか」
爺さんは今日ものほほんとした顔をして境内の桜を眺める。
「爺さん」
「なんじゃい小僧」
「明日クラスの子に話しかけてみようと思う」
「そうか……。頑張れよ」
そう言ったあと、爺さんは手のひらを僕の頭に乗せた。
「ハァッッ!!」
「えっなになにこわいこわい」
「お主が強くなれるようにまじないをかけた」
「え!?やった!足速くなるみたいな?」
「お主が緊張した時、おでこを触れば緊張が解けるまじないじゃ」
「おぉ!うん……強く、そうか、心の方か。うん、ありがとう!」
興奮してシャドーボクシングのような動きをしていたゆうたは一瞬残念そうな顔をしたが、すぐに笑顔に戻った。
「よし、これでお主はもう絶対大丈夫じゃ。帰ってたくさん寝なさい」
「うん!またねじいさん!」
鳥居を越えて階段を駆け降りる。いつも後ろから聞こえてくる「またのー」が「じゃあのー」であったことが、少しだけ気になった。
翌日学校。中休み。いつも優しくしてくれる山田 しょうた君は、坂田たける君と先週の「忍法戦隊 ドロロンジャー」について話していた。
は、話しかけるぞ。
声を出そうとした瞬間喉が詰まる。声が出ない。
拳を強く握る。今日も駄目なのか。そう思った時、あの爺さんの言葉を思い出した。
──お主が緊張した時、おでこを触れば緊張が解けるまじないじゃ──
ゆうたは手をおでこに当てる。夕暮れの境内と桜と、爺さんの優しい手のひらを思い出した。拳の力が自然と抜ける。
「しょうた君!たける君!」
2人は驚いたようにこっちを見た。
「実は、実は僕もドロロンジャー好きなんだ!」
2人は目を見合わせる。ゆうたの背中を汗がつたう。
「ゆうた君もドロロンジャー見るの!?」
「誰が一番好きなん!?俺はレッド!てか聞いてくれよ〜。しょうたのやつブラックが一番かっこいいって言うんだぜ?絶対レッドの方がかっこいいよな」
「何だと?絶対ブラックだろ!ゆうたはどう思う?」
「僕は、僕はシルバーが好きなんだ!」
「うわ!シルバーかよ!ゆうた中々やるじゃん。確かにあの爺さんはいいキャラだよ」
「ゆうた渋〜。でも確かにシルバーは、一人だけ爺さんなのに面白いし強いよな」
「うん!──
その後は戦隊モノやゲームの話、漫画の話などをした。
少しづつ友達、そのまた友達と話す人が増えていって、学校に行くのが毎日楽しみになった。
遊びに誘われることも増え、神社に行くことは無くなってしまった。
ある週の日曜日、ドロロンジャーを見ていた。
シルバーが、助けた子供の頭を撫でるシーンがあった。
それを見ると、あの神社の爺さんを急に思い出して会いたくなり、自転車で急いで向かった。
爺さんは居なかった。桜の下のベンチや賽銭箱の裏、もちろん賽銭箱の中まで探したが見つからなかった。翌日も、そのまた翌日も。
夕暮れになって、誰も居ない境内の、賽銭箱の前に立ち尽くす。
爺さんはどこかへ行ってしまったのか。もう会えないのか。
喉の奥が熱く重くなる。大粒の涙が何度もまぶたを乗り越えて、境内の石畳に落ちた。
その時、神社の本殿のほうから
「ハァッッ!!」
と声が聞こえ、同時におでこを、優しい手のひらに撫でられた気がした。
ゆうたはハッとして自分のおでこに手を当て、キョロキョロと周りを見回す。
何も見つからなかったが。
でも確かに、爺さんと過ごした思い出がこの境内のいたるところにあることに気づいた。
ゆうたは賽銭箱に向き直る。そして、ポケットをガサゴソしたあと100円を投げ込む。
チャリンと音がして、賽銭箱に入っていった。100円は、ゆうたの一月のお小遣いの5分の1にあたった。
ゆうたは手を合わせ目をつむる。
爺さん。ありがとう。
目を開けたあと、5円玉も賽銭箱に投げる。
今度はすんなりと賽銭箱に吸い込まれていった。
それを見て満足したゆうたは、夕暮れを背に帰り道を走っていった。
賽銭投げたら神に当たった。 @iroiro-sukidayo
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