宇宙を知らない火星人、ロケット開発して宇宙を目指す

水神コウキ

第001話 あの時の一言

 火星の中心部に位置する大都市『シェル』では、宇宙へ行くための試験が行われていた。その試験が先ほど、終了し、中からは受験生たちが出てきた。レクスもその1人だ。毎日、勉強に勤しんで……というなら、まだ応援できたのだが勉強をまともにせず遊んでばかりの少年なのだ。


 両親からは、勉強をするよう言われているのだが、後でやる……というばかりで全く手をつけない。学校の宿題は面倒くさいと言いながら、問題を解いていく。しかし、授業中は居眠りばかりしているため内容がわからない。そのためいつも魔術書こたえをみながらやっている。

 レクスは自分の部屋があるため、両親にバレる心配もない。


「この試験、受かってなかったらまた学校だよ……。勉強やろうとしても、なんか手が動かないんだよなぁ……。KASETENDO KASETTIも没収になっちゃうし……」


 頭を抱えながら帰路に着く。どうして毎日、勉強をしなかったんだと過去の自分を責めているとうずくまっている人を見つけた。

 橋の下にいる。下には段ボールをひいて、小汚い格好をしている。見るからに、ホームレスだった。自分には関係のないことだと、レクスはその場を通り過ぎようとしたが、心のどこかに眠っていた彼の道徳心がそれを許さなかった。


 話しかけたところで、迷惑になるかもしれない……とも、思ったが聞いてみない限り何も起こらないのである。レクスは勇気を出して橋の下へ行く。うずくまっているのは1人の男性だった。髪がボサボサで、爪も汚れているし何年も切っていないようだ。近づくだけでツンとする匂いが、レクスの鼻に襲いかかる。


「あのぉ大丈夫ですか?」


「けっ! お前も試験会場から出てきたんだろ! このエリートが! あっちいけ!」


 突然のことにレクスは固まってしまった。心配して声をかけただけなのに、唾を吐きかけられその上、罵倒されてしまった。どこかにある道徳心は、怒りの鬼へと姿を変え始めたが、面倒ごとはごめんだ。と言って駐車場へ向かう。


 レクスの家は、大都市シェルから程遠い辺境の田舎村に位置している。人口も少なく、今にも壊滅しそうな村だ。しかし、レクスはそこを気に入っていた。とても静かで落ち着ける場所だし、うるさい人もいない。


 大都市ならば、警備が厳しく自由なこともそうそうできないが田舎では比較的、自由が効くのだ。どこに穴を掘っても怒られないし、自分だけの秘密基地だって作ることができる。小さい頃から、友達がいないのが唯一の残念点だが、本人はそんなこと気にしていない。


 流石に、そこまで歩いて帰るのは体力的に不可能なので迎えにきてもらうようお願いしていた。約束の駐車場まで来ると、彼の父親がタバコを吸いながら待っていた。レクスは思わず、ヤニの匂いにむせてしまった。

 父親はサングラスを外すと、レクスを見つめた。


「試験はどうだったんだ? 問題は全部、解けたのか?」


「う、うん。多分大丈夫だと思うよ……(そんなに自信、ないけど……)」


 父親はにっこりと笑い、車の扉を開けた。レクスの父親は、それなりの金持ちで火星では最新の車に乗っている。完全浮遊型で、地面と接触しない。つまり、小動物などを轢き殺す可能性がないということなのだ。

 この車は結構お高く、一般人では手がつけられない代物だ。火星でこの車を所持しているのは、大統領とレクスの父親はたまたどこかの大富豪くらいだろう


「どれくらい待った?」


「そうだな……5分くらいだ。せっかく、大都市に来たんだから大きめの本屋に行ってきた」


「フゥン」


 読書好きの父親は、暇さえあれば本を読んでいる。対するレクスは読書嫌いで、少し文字を見るだけで眠くなってしまう。学校の国語の授業はほとんど寝ているのだ。まぁ体育を例外として、すべての授業を睡眠時間に使っている彼にとってはあまり興味のない話。

 遠ざかっていく、試験会場を横目に母親の言葉を思い出した。


「あんた! この試験、合格できなかったらゲームも全部没収だからね? 火星で宇宙に行けないことなんて、世界中の恥なんだから!」


 彼の母親は、世間の目を気にするタイプでそんな母親にレクスは嫌気がさしていた。父親も苦手なようだ。母親もそれなりに、金持ちの家で生まれた。愛なんて関係ない、政略結婚なのだ。


 お見合い当日までは、相手の名前やスペックなど何も教えられていない。

 初対面で、結婚を断ることができず半ば強制的に結婚式が執り行われた。


 しかし、母親は昔からレクスに勉強しろ、とは言っていなかった。どうしてそんなことを言うようになったのか……それはレクスの幼い頃のたった一言が原因だった。


「僕も宇宙に言ってみたい! 広い宇宙を見てみたい!」


「そうなの!? じゃあ、お母さん応援するわ。勉強も頑張らないとね」


 この言葉を言った日は、本人も忘れていない。会話の中でいった、小さい出来事なのにどうしてこんなに応援するんだ。


「応援してくれるのは嬉しいのに、どうしてそこまで……」


「この火星で、宇宙の仕事をしないのは食品工場や、いろいろな工業の人たちだ。宇宙で仕事をするのは、とても誇らしくてまぁエリートってことだよな」


「うん……」


「母さんは期待しているんだよ。幼い頃から宇宙を夢見てきたお前に……そりゃ、荷が重いだろうけど、父さんは応援することしかできない」


「じゃあ僕も頑張るよ……」


 俯きながら、そう話した。その様子をルームミラーで見た父親は頑張れよ……という笑みで見つめていた。


* * *


 家に着くと、レクスは一番に台所へ向かった。いい匂いがしてきたからだ。母親はうるさいが、料理上手で評判がある。昔、両親の高級料亭の手伝いをしていたらしいが、そのおかげだろうか。

 レクスは、母親の手料理が楽しみで仕方がない。今日は、試験を頑張ってきたレクスのために、奮発して『ケブーの丸焼き』を作ってくれると言うのだ。


「おかえり、レクス。試験はどうだった? 緊張したでしょ」


「うん。でも頑張れたと思う。それより早く食べたいんだけど……」


「そうね。お夕飯までまだ時間あるし、遊んできてもいいわよ?」


「本当に? やったあ!」


 レクスは自分の部屋から、サッカーボールを持ってきて勢いよく家を飛び出した。

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宇宙を知らない火星人、ロケット開発して宇宙を目指す 水神コウキ @Suijin_dayo

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