第43話 開発者の告白

 病室を出ると、非常階段で、一階まで降りると、正面エントランスから、脱出した。正面エントランスの目の前にある、複数のバス停から、府中駅行きのバスの列に並んだ。

 ほどなくして、バスがやって来た。バスに乗り込むと、左手で吊り革を握って立ちながら、右手でスマートフォンを操作し、電車の乗り換えを検索した。バスが発進した。


 タクシーの中で、《英雄の逆襲》の公式アカウントの投稿を見た時から、行き先は、溜池山王にある《桜空ラボ》と決めていた。


 七瀬の号泣していた姿が、目に焼き付いたままだ。最後に、一つ、刑事としてではなく、城ケ崎玲子として、問い質さなければならない内容が、残っている。


 バスが府中駅に着くと、電車の乗り換えを繰り返した。京王線で笹塚まで行き、都営新宿線に乗り換えて、市ヶ谷まで行き、東京メトロ南北線に乗り換えた。

 東京メトロ南北線が、溜池山王駅に着いた。降車すると、目的地まで、歩き始めた。


 繰り返し訪れたロビーに到着すると、ロビーのソファーに腰掛けた。前回、ロビーのソファーに座った時は、変装していた、と思い出した。一週間ほど前の出来事に過ぎないが、遠い昔の記憶に思えた。


 腕時計を確認した。昼の十一時五十五分。《桜空ラボ》の定時を知らないが、いつまでも待つ心積もりだった。

 二十六階を経由するエレベーターから、人が出ては、新しく人が入っていく様を、眺め続けた。何処どこからか、視線を感じた。視線を辿ると、昨日、ゲートを突破した時に、悲鳴を上げた受付嬢がいた。にっこりと微笑むと、受付嬢が、歪な笑顔を返した。


 エレベーターに視線を戻すと、大きなリュックを背負った、目当ての人物が、エレベーター・ホールにいた。ゲートを潜ると、受付嬢に、何かを手渡していた。

 私は、ソファーから立ち上がると、近付いて行った。


「澄川さん、これからランチに向かわれるんですか。それにしては、大きなリュックを背負われていますね」


 澄川が、振り返った。喉に巻かれた包帯が、痛々しかった。この場から逃れたい意思が顔に刻まれている、受付嬢を無視した。


「いえ、退勤するんです。本日が最終出社日となりましたので、会社に持ち込んでいた、全ての荷物を持ち帰ります。入館証も受付嬢に押し付けましたし。これで、私も、自由の身です」


 澄川は、山頂で澄んだ空気を胸一杯に吸い込むように、都心の濁った空気を、大きく吸った。息を吐いた澄川は、年相応の隙のある笑顔を見せた。

 澄川の背負ったリュックは、見るからに、重そうだった。深夜一時まで働き詰めていた澄川は、二十六階の機密エリアで、生活していたようなものだったんだろう。


「そして、機密エリアからは、誰もいなくなった、といった感じですか」


「そうですね。風野も逮捕されましたし。私の知ったことでは、ありませんが」


「退職するに当たって、事前に通告する期限が設定されていると思いますが」


「とっくの昔から、退職願を出し続けていましたよ。誰も受理してくれませんでしたけど。埒が明かないので、退職代行を利用する、と決めたんです」


 澄川の目が、濁っていった。澄川の目の奥に、深淵が見えた。


「《英雄の逆襲》を開発していなければ、すぐに受理されたはずです。《英雄の逆襲》を開発すべきではなかったかもしれませんね。最悪の顛末を迎えて、《英雄の逆襲》は、雑魚ゲームになりましたし」


「冗談でも、貴女は、そんなことを言わないで下さい!」


 勢いで出た大声が、自分自身の耳を傷めた。澄川が、目を大きくした。


「《英雄の逆襲》から犯罪が生まれたから、私にも罪がある、とおっしゃるんですか。聞かれる前にお答えしますが、先ほど、警視庁で、開発部門のパソコンを初期化した人物は、風野、とお伝えしました。開発部門のパソコンが初期化されていなかった理由は、風野の目を盗んで、私が復元したからです。社内の人間が全て敵に思える状況だったので、通報しなかった、とも話しました」


 澄川の声は、徐々に、大きくなった。澄川が言葉を叩き付けた。


「私だって、汚れた会社に溺れないように、必死に抗って、毎日を過ごしたんです」


 澄川は、肩を激しく上下させた。

 孤独な戦いを続けた澄川を見ると、胸が痛くなってきた。


「大変失礼致しました。《英雄の逆襲》を愛していたので、開発者の貴女に、《英雄の逆襲》を開発しなければ良かった、と言われたくなかっただけです。警察としてではなく、個人として、本音が出てしまいました。恥ずかしい限りです」


 澄川の顔を見られなくなった。穴があれば、入りたい。澄川から視線をらし、うつむいた。

 虫の音のような、か細い声が、喉から出た。


「《英雄の逆襲》のファンとして、伺いたい内容があるのですが、お聞きしても良いでしょうか」


「貴女は、《英雄の逆襲》から生まれた犯罪を取り締まる側の人間ですよね。何故、頭を悩ます羽目になった《英雄の逆襲》を好きだ、と言えるんですか」


 降り掛かって来た澄川の声には、戸惑いが滲んでいた。

 澄川を見た。澄川の顔には、嬉しさと罪悪感が、入り混じっていた。


「警察も人間ですよ。趣味くらい、あります」


「《英雄の逆襲》に止めを刺した刑事さんは、私に何を聞きたいんですか」


「刺のある言い方ですね。白起の最期についてです」


 澄川が、まばたきをした。予想していなかった方向から言葉の矢が飛んで来たように、澄川は、私の言葉を飲み込めていないようだった。


「今月は、英雄の味方が、イベントで全勝していました。本来ならば、白起は、幸せな最期を迎えられたはずです。サーバーを破壊する前に、最後のイベントを長平の戦いに切り替えた理由は、分かる気がします。白起の名が広まった、最大の原因の戦ですから」


「貴女は、嘘偽りなく、《英雄の逆襲》が好きだったんですね。捜査で苦しめられただろうに、私に聞きたい内容が、白起のエピローグ映像の謎だなんて」


 澄川の顔に、淡い笑みが浮かんだ。

 澄川が、二十六階に続くエレベーターを見た。澄川の顔から、笑みが消え去った。


「風野は、開発者の私にすら、チート・ツールの開発を依頼してきたんですよ。お前が、一番ゲームの特徴を分かっているだろう、と言って。《桜空ラボ》の社員は、言い訳ばかりでした。闇に飲み込まれていった、皆がやっていた、と言い訳ばかりしそうです」


 澄川は、私に視線を移した。澄川の目には、熱意が籠(こも)っていた。


「貴女は、目の前に、自分を心の底から恨んでいる四十万人の捕虜がいたら、どうしますか。分け与える食料はありません。連行する体力も残っていません。さあ、貴女は、どうしますか」


 澄川の言葉を、一つ一つ吟味した。私自身、今月の英雄が白起になってから、何度も思考に上った。だが、私の回答は、我ながら、情けなかった。


「……分かりません。捕虜を解放すれば良いとも、考えました。飢えた捕虜が自分を殺める体力が残っているとは、思えませんから。でも、捕虜には自分の国に帰るまでの体力も残っていないでしょう。結局、捕虜は生き埋めにしなくても、死にます」


「私も、どうすべきだったか、分かりません。現代でも、戦争は続いているのに、分からないんです」


 澄川は、私を直視した。澄川の目は、どこまでも透き通って見えた。


「世間で評価は分かれていますが、私は、白起が好きです。紀元前からの伝承に過ぎませんが、死ぬ間際に、軍人が、自分が殺めた人々を思い出し、自身の罪を認める。軍人は、ある意味、人殺しが仕事ですよ。でも、罪を認め、自身の宿命を受け入れたんです」


 純真無垢な澄川の目に、吸い込まれそうになった。


「私は、白起のハッピーエンドを幾つも考えましたが、史実に負けました。死ぬ前に、自身の罪を認められる。常人が逃げ出したい思考に、向き合った。その白起の姿勢以上に、幸せな最期は、考えられませんでした」


「退職代行を利用する機会は、これまでも、あったはずです。貴女は、白起のエピローグ映像を流してから、《英雄の逆襲》に別れを告げ、《桜空ラボ》を去りたかったんですね」


 私の口元に、笑みが浮かんだ。


「何しろ、ストレスが限界を突破しても、貴女は、戦い続けたんですから」


 澄川が、言葉に詰まった。次の瞬間、澄川は、少女のように、悪戯っぽく、笑った。


「刑事さんは、忙しくて、なかなか、推し活する時間が、ないのでは?」


「残念ながら、おっしゃる通りですね。貴女が、態々わざわざ、「リーダー」を利用して、警察に悪事を悟らせよう、とした理由も、全て、理解しました。私たちは、貴女の掌の中で転がされていたようですね」


「警察は、何処どこまで、調べているんですか。確かに、共に働いている社員たちの目が気になり、「リーダー」を利用しました。「リーダー」には、申し訳なかった、と思っています。スマホゲーム内での立ち位置が悪化したようですので」


 突然、私と澄川の隣を、小柄な女性が走っていった。女性は、受付嬢に食って懸かった。


「《桜空ラボ》に連絡して下さい。何故、《英雄の逆襲》のサービスを終了させたのか、納得できる理由を話さない限り、許しません。私は、昼休み中に勤務先に戻らないと、いけないんです。早く、《桜空ラボ》に取り次いで下さい」


 聞き覚えのある声に、見覚えのある後ろ姿。


 七瀬が、《桜空ラボ》に乗り込もうとしていた。

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2026年1月16日 20:00
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課金戦争 影山さくら @sakura-sak

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