人生は絶対に死ぬ瞬間まで諦めない

十夢

人生は絶対に死ぬ瞬間まで諦めない



登山道にて


 今朝は、友達と語らう夢を見ていた。何やら手順的なことで相互に話をしている。その内容には触れないのだが、起床して目覚めてからは友達にメッセージを送っていた。”夢に出て来たよ。何か話したいことがある?”


 友達からは特に気にした事もなかった様子で返事が来る。


”また、山に行こうか?””天狗山に行きたい””いいね。天気が良ければいつでも行けそう””じゃあ、今日は?””今日か(笑) いいよ!””OK”


 こんな感じで軽快に始まった登山ツアー。お目当ての山裾にある神社で待ち合わせをする。 予定通りに駐車場で顔を合わせれば、その足でまずは、神社へ参拝をした。この時期は、出雲地方は神在祭の季節だ。出雲大社では、2025年は11月29日に稲佐の浜にて神迎祭が行われる。その夜から12月6日の神去出祭まで出雲大社にいらっしゃるということになる。この時期、近隣の神社でも同様に神在祭の時期となる。


 無事に神社にて参拝を済ませる。そこで地図を再確認して、この神社の本宮跡へと登山道を登り始めた。 登山道は民家を抜けて、林道へとつながっている。そこからようやく登山道入り口の目印へ。そこでこれまでの道と大きく様変わりをする。舗装は無くなり、石と岩、落ち葉と木の根の道。それは、ほぼ獣道の状態で。道道には獣たちの新しいフンも見られた。 道が狭く険しくなるにつれ、川を流れる水の音が聞こえて来る。サラサラと流れるその音は、少しずつ細く小さくなった。それにつれて、道の勾配は急になり、足の置き場さえも困難になって行く。掴まるところも無い中で、杖を頼りに歩いて行く。道案内は途中途中に結ばれたリボンだけ。これを見つけながら歩いて行く。 始まりは、会話もあった登山道。そのうち、段々と無口になった。手と足だけが黙々と体を運んで行く。 時折、聞こえて来る鳥たちの声に励まされる。また、フワッと現れては行く先へと勇気づけてくれる蝶の動き。山の中では要所要所で生き物たちが助けてくれた。 ここで登る天狗山は標高610メートルの山だった。下山してみれば10km近い走行距離だった。数字にしてみればそれほどには見えないのだが、実際に歩くと大変な道だった。正直、何度も諦めたくなる程には。


山から下りて来た言葉たち


 辛い道にもめげずに山頂を目指して歩く道。山頂の手前には、お目当ての斎場跡と磐座。そして、遥拝所。ここが、本宮だった場所。いまでも、ここでは、神官による祭事が行われるよう。その時には、子供達も一緒に登って来るようだ。 子供達が遠足で来るには、とても似つかわしい登山道だった。けれども、この道の清々しさは、この道を行かなければ知る事も出来ない。川の源流に至っては、水道水とはまったく異なる感覚に触れた。水に触れただけで、この水が水道水とは異なると知ることが出来た。活きた水は手触りさえも違っている。 どんなに疲れていても、清い水に触れるとそれだけで体力と気力が回復できる。口に含めば体の芯から命が湧き出るようにも感じた。それだけで、一気に回復が出来る。山歩きは、これがあるから奥深い山道でも歩き続けられる。 清らかな水、岩肌、土の香り、木々の葉の紅葉、山肌を滑る陽の光……。これらに包まれて下りる山道で、私の中から一つの言葉が漲った。


 ”死ぬ瞬間まで諦めない” ”諦めるのは死んでからで充分だ” ”絶対に死ぬまでは諦めない”


 何を諦めるのか? 何を諦めないのか?


 そう言った具体的な話では無い。これは、ただの心算。自分にとっては、人生は、死ぬ瞬間まで諦めることの無い時間になったのだ。だから、歳を重ねようとも、それが衰えになる訳では無いのだ。どの瞬間を取っても、諦めを見ようとしない心は若い。どんなことがあっても挫けない心は若いのだと。


何歳からでも夢のような物語を語ろう


 今日は、友達とこんな夢を語った。別に夢物語にしたい訳では無い。ただ、一般的な常識に照らせば、48歳の女性が語るストーリーでも無いだろう。それは、きっと、夢物語だと笑われる。それでも、自分には、現実にしたい物語。


 ”英語を勉強するなら学びたいことを見つけよう” ”弁理士の仕事は、まだ諦めていない” ”弁理士の試験は、唯一、条約もその範囲に含まれている” ”イグノーベル賞の表彰式に行ってみたい。そこで、日本で特許を取りたい人に出会いたい” ”アメリカの友達に会いに行くなら、条約を学ぶ機会があること”


 こんな具合に、思いついたままに話した。それは、自由すぎる内容で、現実に篭りがちな現代から見れば夢を語るような話だろう。 けれども、これは、行動に移すのなら現実に出来る話。この世のことは、こうやって言葉に出来たところから、やがて、行動に移す。そうして人は、生きて来た。


こどもおみくじ


 登山から帰って、神社へ参拝。帰りがけに子供用のおみくじを引いた。おみくじに書いてあった番号は”第一番”。


 ”いつも あかるい げんきな よいこ。”


 そう、人間の基本は、 ”いつも あかるい げんきな よいこ。” これで、間違ってはいないはず。どんな大人になったとしても、原点はここにある。どんな道でも、どんな大人でも、ここから始まって、ここから大きく外れては行かない筈。それでも、もし、大きく外れてしまったと思うのなら、その時は、”絶対に諦めない。死ぬ瞬間まで諦めない。諦めるのは死んだ後で充分だ”。

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