戦闘描写を「キンキンキン」で表現するのはけしからんと聞いたので戦闘描写を「キンキンキン」で表現してみた短編(百合)

三枝零一

鳴剣

 みそぎを済ませて離宮りきゅうの中庭に出ると、姫様はすでに身支度を整えておいででした。

 私は降り積もった桃の花びらの上にひざまずき、拱手きょうしゅして深くこうべを垂れました。


「お待たせをいたしました」

「まあ! いいのよ春華シュンカ。わたしが無理を言ってお願いしたのですもの」


 姫様は私の手を取り、そっと立ち上がらせてくださいます。

 よわい十六、成人の儀を終えられたばかりのお体はまろみを帯びて、羽化する寸前の蝶のさなぎのよう。

 透き通る薄絹を折り重ねた奉納舞の装束から、白梅の香がほのかにかおります。


「ごめんなさいね。あなたにも支度したくがあるでしょうに。荷造りはもう済んでいて?」

「はい。つつがなく」


 もとより、故郷に持ち帰るべき物など数えるばかり。

 女官として姫様のお側にお仕えしてはや十年。身軽に過ごすことを第一と心得て参りましたから、宝といえばせいぜいが拝領の髪飾りが二つと、後は腰の鞘に収めた一振りのみです。

 

「姫様こそ、よろしいのですか? 明日は朝早くの御出立ごしゅったつと伺っておりますが」

「ええ。だから、どうしても今晩のうちに済ませなきゃいけないの」

 

 姫様は私にくるりと背を向け、大きな桃の木にトントンと駆け寄ります。軽やかな足取りは童女のようで、初めてお会いした日のことが思い出されます。

 

「こんな月の夜でございましたね」

「そうよ。せっかく離宮を抜け出してお祭りに行こうと思っていたのに、春華ったら私より木登りが上手なんですもの」


 振り返った姫様が、懐かしそうに目を細めます。

 どうして私の考えがお分かりになったのでしょう。

 気恥ずかしさに顔を伏せる私に、姫様はくすりと微笑み、


「──さ、始めましょう?」


 薄絹をたなびかせて優雅に一礼。

 白磁のように滑らかな指が、腰の鞘からすらりと剣を引き抜きます。


 私も同じく一礼し、柄に指を絡めて一息に剣を抜き放ちます。

 たなびく薄絹は姫様と同じ奉納舞の装束。

 互いにゆっくりと歩み寄り、まず一つ、刃と刃を触れ合わせます。


 ──キン──


 高く澄んだ音が、夜更けを過ぎた離宮の庭に響きます。

「鳴剣」と呼ばれるこの剣は、武器であると同時に楽器であり、祭具でもあります。


「良い音……。しばらく修練をお休みしていたけど、腕は鈍っていないわよね?」

「おたわむれを。姫様に剣をお教えしたのが誰だとお思いです」


 姫様と顔を見合わせてくすりと笑い、互いに踏み込みざま剣を水平に軽く振り抜きます。


 ──キン──


 ぶつかり合った刃の先端が、まず高い音を一つ。


 ──キン──


 返す刀で翻った刃が、互いの根元を打ち合わせて低い音を一つ。


 ──キン──


 弧を描いた刃が、中ほどを打ち合わせてもう一つ。

 特殊な製法で鍛え上げられた神鋼の刃は、触れ合う部位と力加減によって実に様々な音色を奏でます。


 秋の収穫祭に奉納舞を披露するのは諸国に共通のならわしであり、生誕の日に託宣をたまわられた姫様の務めでもありました。

 田舎貴族の末娘であった私は、生まれながらの剣才と、何より姫様と歳が近い点を見そめられて、御指南役として十歳とおの時にお側にお仕えすることになりました。

 それから十年、姫様は強く、何より美しく成長なさいました。これほど見事な鳴剣の使い手は、大陸広しといえどもそうはいないでしょう。


 けれど、そのうるわしい舞も今日で見納め。

 姫様は明日、西国の王太子の元に嫁がれます。


「ありがとうね、春華。わたしのわがままに付き合ってくれて」

 姫様は剣の切先で流麗な軌跡を描き、

「婚礼の儀ではね、私が舞を披露するの。王太子殿下は大変な剣の名手だそうだけど、気に入っていただけるかしら」

「さて、どうでしょう。姫様は『型稽古は地味で嫌い』などと我儘わがままおっしゃられますから、いささか心配です」

「言ったわね。なら、試してみなさい!」


 姫様は刃をくるりと翻し、私の喉元めがけて水平の斬撃を見舞います。

 触れれば首など容易く落ちる一撃ですが、これは定められた型通りの動き。

 私は神速の刃を髪の毛一筋の間で受け止め、返す刀で同じく姫様の喉元へと刃を走らせます。


 ──キン、キン──


 煌めく銀色の刃がぶつかり合い、鈴を鳴らすような澄んだ音を二つ。


 ──キン、キン、キン──


 続いて姫様の三連撃。右手、左足、胸を狙う必殺の突きを弾くたび、しなる刃が玄妙な音色を奏でます。

 奉納舞はただの剣舞ではありません。刃のどの部分とどの部分を触れ合わせ、それによってどのような高さ、どのような質感の音を奏でるか。それを舞手まいて同士が常に考え、一つの楽曲を成り立たせなければなりません。


 頭上に迫る振り下ろしの斬撃に、すくい上げるような一撃を合わせて高く一つ。


 ──キン──


 のたうつ蛇のように懐に潜り込む突きに、逆手に握り変えた剣の柄元を沿わせて低く一つ。


 ──キン──


 そこから互いに相手の背後へと回り込みつつ、瞬きのうちに六度の応手。


 ──キンキンキンキンキンキン──


 高く、低く、心地よく。二振りの鳴剣が弾むような音階を奏でます。遊ぶように、踊るように。輝く刃は月明かりの下に冴え冴えとした螺旋を描きます。


 昨年の秋祭りを思い出します。

 長く姫様にお仕えした功を認められ、私は初めて、奉納舞の相手役を仰せつかりました。

 輝く太陽の光の下、天女の羽衣のような薄絹をたなびかせた姫様のお姿は本当に美しくて、どこかはかなくて、私は──


「……寂しくなるわね」

「え」


 思ってもみない言葉に、危うく剣を受け止め損ねそうになります。

 音律がわずかに乱れてしまい、私は慌てて呼吸を整えます。

 

「まあ、驚いた。あなたらしくないわね、春華」

「驚いたのは私の方です。何をことを仰られますか」


 自由で闊達、明るく朗らか。春の陽だまりのような姫様です。

 父王様に見も知らぬ隣国へと嫁ぐように命じられた日も、楽しみね、と笑っておいででした。


「ご心配なさらずとも、西国にも良い舞手はおります」


 私は彼の国までお供することは叶いません。

 いかに姫様の剣の師とはいえ、所詮は下級貴族の末娘。

 姫様が嫁がれた後は他の多くの女官と同様に暇を出され、蓬山のはるかないただきを越えて故郷に帰ります。


 ──キン──


 ですから、今宵は今生の別れ。

 姫様と共に過ごす、最後のひと時なのです。


 ──キン──


「ねえ、春華」

「いかがなさいましたか? 他にも心配事が?」


 ──キン、キン、キン──


「そういうわけではないのだけれど……あなた、故郷に帰ったら許嫁の元に嫁ぐというのは本当?」


 ──ギンッ──


 耳障りな音が、夜の庭園に響き渡ります。

 やってしまいました。

 私は思わず剣を引き、片膝をついて首を垂れます。


「ご無礼を」

「こ、ごめんなさい! おかしなことを聞いてしまったわね」


 姫様は駆け寄って立ち上がるように促してくださいますが、私は顔を上げることができません。

 古来より、鳴剣の音色は心の有りようを映すと申します。

 であれば、今の音こそが私のまこと

 胸の奥に秘めたこのよこしまな想いを、姫様にだけは、知られるわけには参りません。


 私はもう二十はたち。故郷のしきたりで言えば、いささか婚期を過ぎております。

 早く暇乞いをして故郷に戻り祝言を上げろ、という両親からの再三の文を断り続けたのは私自身。

 せめて姫様が成人なされるまでは、という私のわがままを、あの方は許してくださいました。


 我が家などとは比べ物にならない武門の名家の跡取りで、剣にも軍学にも秀でたお方です。

 涼やかな細面ほそおもてのあの方が、早く祝言をと先走る私の両親を説得してくださったのだと聞いています。

 いつまでも待つよ、と送ってくださったかんざしは、今、私の髪を飾っています。

 良い方なのです。

 本当に、私にはもったいない方なのです。


 ──キン、キン、キンキンキン──


 舞は決められた型を正しくなぞる「定型律」から、流れのままに刃を交える「自由律」へと移ります。

 一つの間違いが命取りになりかねない、危険な舞です。

 けれども、姫様の一挙手一投足には、一分の隙も狂いもありません。


 ──キンキン、キンキン──


 二振りの刃が弧を描き、流れるように跳ね返ります。音は高く、低く、また高く、降り積もった花びらをざわめかせます。

 小さく、幼く、柄の握り方も知らなかった姫様は、こんなに強く美しくなられました。

 私の全てを費やして育て上げた、私だけの花。

 その美しさを私だけのものにするには、どうすれば良いのでしょう。

 たとえば今、この瞬間にこの手を止めて、あなたの剣に心臓を貫かれたなら。

 そうしたなら、私は姫様のお心の中に永遠に住まわせていただくことができるのでしょうか。


「春華──!」


 鋭い叫びに我に返ります。気がついた時には姫様の愕然としたお顔が目の前にあって、鋭い切先が真っ直ぐ私の胸に吸い込まれようとしています。

 息を呑み、必死に体を逸らします。

 姫様のお手を血で汚そうなどと。

 私はなんと恐れ多いことを。


 どう、と強い衝撃。紙一重で剣を逸らした姫様が、私の胸に飛び込んでこられます。

 ふわりと薫る、白梅の香り。

 そのまま互いにもつれ合うようにして、降り積もった桃の花びらの上に倒れ込んでしまいます。

 

「春華、大丈夫? 春華!」

「姫……様」


 震える声を絞り出します。恥ずかしくて、お顔を真っ直ぐに見ることができません。

 と、良かった、とかすかな呟き。

 姫様は白磁のような手を私の頬に添え、細い指で耳をなぞります。


「姫様……?」

 

 ぼんやりと問う私に笑みを返し、姫様はゆっくりと顔を近づけます。桃の花びらのような可憐な唇が、そっと私の頬に触れます。


「姫様……」

「何も言わないで、春華」


 天女の衣のような薄絹がするりと音を立てます。

 姫様の細い腕に強く抱きしめられて、私は動けなくなってしまいます。

 触れ合った互いの胸の奥には、強い鼓動。

 二つの音が溶け合って、剣戟のように鳴り響いています。


「奏でましょう。お別れに相応しい、最高の音色を。……たとえ今生の別れでも、この時、この音は、わたしとあなただけのものよ」

「……はい」


 どちらからともなく抱擁を解き、立ち上がって三歩の距離を取ります。

 互いに鳴剣を構えて、優雅に一礼。


「では、参ります。姫様」

「ええ。かかっていらっしゃらい」


 ──キン──


 くすりという笑みに、刃鳴りの音が重なります。

 これは夢。朝には露と消える、一夜の幻。

 されば、今宵はこの身、この技の全てをもって奏でてご覧に入れましょう。

 西国のいかなる名手であろうとも決して届かぬ、至高の調べを。


 ──キン、キン、キン、キン、キン、キン──



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